第3話 五月中旬の昼下がり その2
「佑凛、最近食べる量が増えたけど、なにか部活でも始めたの?」
「いや、とくになにもしていないよ。部活は入学してすぐに入部した読書部だよ」
「その割にはいっぱい食べているわ。いまだって土曜日のお昼ごはん、どんぶり飯よ」
「成長期だからじゃない?」
「成長期ねぇ」
「あと五センチ背を伸ばして、百六十センチにしたいなと」
「背を伸ばす努力もいいけど、もう少し体を鍛えたら」
ごもっともです、お母様。
「この前、駅の改札付近で見かけたけど、女の子かと思ったくらいよ」
「ストレートすぎますよ、お母様……」
「だって本当なんだもの。スカート履いて、三つ編みのウィッグを付けたら女子になれるわ」
「なぜに三つ編みのウィッグなんです?」
「おっとりした性格にぴったりじゃない?」
否定、できないです。
「でも、その中性的な顔立ちはパパさんに似てかわいいと思うわ」
「それは、どう
「素直に、喜んでいいのよ。かわいい男の子っていいじゃない」
女子にも見える中性的な顔立ち、僕はあまり好きじゃない。
小さい頃、姉と二人して遊んでいると、よく姉妹に間違われた。
駅の男子トイレに入ろうとしたら姉と一緒に女子トイレに入るようにうながされ、それは何度もあった。
「ご飯をいっぱい食べて、中肉中背くらいになるといいわね」
「はい……」
ご飯をたくさん食べる理由、首筋に噛みつくアレが原因だと思う。
彼女に取り憑かれたのが半月前。
首筋に『カプッ』って噛みつかれて『ナニカ』を吸われ出したのももちろん半月前。
うーん、両親には絶対に言えない。
「佑凛、パパさんは来月の上旬に帰ってくるそうよ。台風もなく航海は順調だって。で、なにをおねだりするのか、もう決めた?」
「うーん、とくにまだ決めていないなぁ」
「お姉ちゃんは、もう決めたそうよ。以前言っていた女子大の寮に入りたいって話」
「そうなんだ。でも来月だと、ママがロンドンへ赴任する頃じゃないの?」
「その辺りは、なんとでもなるわ」
「了解ー」
僕はそう言ってキッチンを後にし、廊下に出て二階へ続く階段に向かった。
豪華客船の副船長を勤める父と、総合商社に勤め海外赴任が多い母は、自慢の両親。
ともに頭が良くやさしく、若々しい。
そして稼ぎもいい。
おかげで僕は『ニートになっても食っていける!』っていう謎の自信に満ちあふれた高校一年生。
僕の家では父が無事に帰ってきたら、なにか一つ好きなものを買ってくれるという、ボーナスチャンスがある。
お姉ちゃんは今年から県外の女子大に通い始め、適当に選んだマンションがどうもハズレだったみたいで、引っ越しを検討していたところに父が無事に帰国できる予定となり、すんなり寮への入寮許可が決まったみたい。
「なにをおねだりしようかなー。スキップで階段を上がっちゃうぞー」
「ずいぶん御機嫌ですね、佑凛さん」
背後から、いきなり彼女の声。
やばい。
ひたすら焦る僕。
階段下に視線と耳を集中してみるも、なにも反応がない。
小声で「気づかれちゃうよ」そう言いながら彼女の手を引っ張り、自分の部屋へと入った。
ドアを閉め、鍵をかけ、照明を点灯させず薄明かりのなか、彼女をベッドに座らせ少し強い口調で言った。
バレたらいろいろと面倒なことになってしまうと。
「面倒。そう、あたしは邪魔で、面倒な存在なのですね……」
「いや、そういうことではなくて」
「ではどういうことです?」
「だから、邪魔なんて言っていないし」
「邪魔は否定しても、面倒は否定しないのですね」
「だーかーらー……」
言葉に詰まった僕の態度を見て彼女は、肩を震わせ、顔を下に向け、なにも言わない。
「桃乃さーん、誤解デスヨー」
「……」
サァーッと、なにか混じり合ったような冷気が流れはじめる。
これは、やばいパターンに突入しそう。
一日に二回の栄養補給はキツイ。
「ちっ違うよ、君のことを邪魔で面倒な存在だなんて思っていないよ。だってほら、その証拠に君は透けていないし、幽霊なのに温かいし、ねっ?」
僕との関係性が彼女の体に影響し、透明度の変化と、温かみが体現するらしいと。
「……」
「そうだ、次の土曜日に桃乃さんが行きたがっていたお買い物に行きましょう。美味しいケーキ屋さんを見つけました」
その言葉にピクリと反応する彼女。
「君の好きなチーズケーキなどいかがでしょう?」
またもピクリと反応する。
もう一押しかな!?
「……お買い物、チーズケーキ、約束ですよ、佑凛さん!」
彼女はそう言うと顔を上げ、そこには満面の笑みで『してやったり!』という雰囲気を隠すことなくさらけ出し、さらに僕の両手を手に取り、強引に引っ張り僕をベッドの上に倒しにきた。
僕の体の下に、小さな彼女の体。
どうみても襲われている一人の女の子と、襲う男のシチュエーション。
ブカブカのジャージの上からでもわかる彼女の体はすごく華奢で、非力な僕でも腕力で圧倒できそうな雰囲気。
背徳感が僕を襲う。
第三者にいまの状況を見られたら、確実に社会的死を意味する。
鬼の形相で家族は、僕を捨てるだろう。
もちろん縁は切られ、絶縁状を書くことになるかもしれない。
「佑凛さん、大丈夫ですよ。誰も階段を上がってくる気配はありませんから」
読まれる僕の心。
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