第3話 喫茶店

「みんなみんな? 見て見て。これ。昨日の夜、作ってきたの。よかったらみんなで食べて? ね?」

 そう言って机の上に差し出されたのは手作りクッキーの山だった。

 かすが零れないように丁寧にティッシュを敷き詰め、色とりどりのクッキーが盛られる。その際、御神楽先輩は前かがみになるものだから、我ら男子陣――特に席の配置的に俺――に、御神楽先輩の溢れんばかりの谷間が強調されて目が吸い寄せられる。

 うおおお。

 今日はツイてるなあ。いや、しかし、他の男子もこの谷間を……くそっ!

「わーいっ。みかの作ったクッキーだー! あたし、このチョコチップもーらいっ……もぐもぐ……けほっ」

 バッと取ってバッと口に運びいきなりむせる薄紅先輩。そんな先輩に御神楽先輩はすかさず鞄から水筒を取り出すと、横から口に運んだ。

 されるがままである。まるで母と子供だ。

「んぐ……ぷはあっ。ごめん、みか」

「焦っちゃ駄目だよ? ここに置いとくから二人で飲もうね? あっ、他のみんなは飲み物ありますよね?」

「ありますよ。それではありがたく頂戴致します」

 そう言って一枚スタンダードな普通のクッキーを手に取る宝来。宝来はあの一件から、二日に渡って御神楽先輩と薄紅先輩から口を利いてもらえなかった(勿論熱々おでんは実行された)が、二人が盗み聞きしてたのは事実なので、そのことを宝来も指摘すると、喧嘩両成敗みたいな形に収まった。

 お互い謝って今は元通りだ。言い出しっぺの咲夜は普通に宝来と接していた。気にもしていないらしい。

「美味しいです。やはり女性の手作りはいつ食べても良いものですね」

「そう。ありがとう……うん? いつ食べても? あっ香苗くんも。はい、あーん」

 宝来の発言には俺も引っかかりを覚えたが目の前の光景にすぐに忘れる。またにま!

「あーん?」

「うん。あーん」

 なぜかあーんされる俺。この人ナチュラルにやってくるんだよなあ。こういうこと。クラスの他の男子連中もやられているんだろうか。あー想像したくねーなー。最近想像してしまうのだ。この前の宝来に毒されてるなあ、俺。

 おのれ宝来。俺に妙な思考癖を植え付けやがって。

 まあ、拒否するのもどうかと思うので素直に頂いておく。

「……んぐ」

「どう?」

 じっくりと味わいながら咀嚼。口の中にほのかな甘みが広がる。甘すぎず、食べやすい。うん。これは進むな。

「もう一枚貰います。いいですよ。自分で食べれます」

「よかったあ。気に入ってくれたみたいで……咲夜ちゃん?」

 もう一枚あーんしてこようとしたので、流石に気恥ずかしくなって慌てて別のクッキーを手に取った。

 そんな俺たちのやりとりを仏頂面な半眼で眺めていた咲夜はやがていつもの腕組をし、おもむろに口を開いた。


「私、いきなり可愛い制服のある喫茶店でバイト始めるような子って、天性のビッチだと思うのよね」


 空気が凍った。



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