ありがちシチュエーション! ~ようこそ萌え四コマ漫画の世界へ~

水乃戸あみ

第1話 カラオケ

「カラオケネタって、もうこれからの時代通用しなくなってくると思わない?」


 シャッシャッと、それまで一人原稿用紙にペンを走らせていた西蓮寺咲夜(さいれんじさくや)の言葉によって、唐突に部室の沈黙は破られた。

「……はい?」

 数秒の沈黙の後、誰も応えなかったのを確認し、仕方なく俺は応える。これは駄目だ。長くなるパターンだ。引き返せと思いつつも、テーマが気になって聞き返さずにはいられない。

 だって俺がたった今、読んでいた萌え四コマ漫画がちょうどカラオケ回だったから。

『さーくる☆がーるず』第二巻。

 主人公の内気な少女、ミハルが初めて出来た友達と来たカラオケ店で『わあー! どうしようどうしようどんな歌を歌おう? みんなが知ってる曲みんなが知ってる曲。知ってる曲を歌わないと……』と、悩むというなんともほんわかするエピソード。そうして、初めて学校で出来た友達のモエハがそんなミハルの悩む姿を見て察し、彼女が好みそうな曲をリクエストで入れる。そんなモエハの図らいにミハルは気づいて、やっとの思いでおずおずと歌い出し、二人はデュエット。交流を深めていくことになる。

 萌え四コマ漫画の定番みたいな回。

 アニメなんかでもあるかもしれない。

 それを或ろうことか、通用しなくなるとは何事か。

「いや、だって考えてもみなさいよ。香苗(かなえ)のレパートリーでここにいるみんなが知ってる曲ってある?」

 髪は漫画を描く時邪魔になるからという理由で今はポニーテールになっていた。セーラー服に茶色のカーディガンを合わせている。胸元のリボンは一年生を示す赤。口端を持ち上げこちらを小馬鹿にするような小生意気な表情を見る度に俺は反論したくなってしまう。幼馴染故、そう染み付いていた。オーソッドクス、普遍的、お約束、ありふれた日常という言葉を何より愛する俺にとってこいつの言葉は毎度聞き逃せないのだ。

「あ? レパートリーだ? あるぞ、勿論。ていうか咲夜も聴いたことあるだろ? 俺の十八番。ミセスアダルトの名無しの歌に、ちょっと古いかもしれないがウエストリバーサイドの大好きエミリーに」

「そう、それ!」

「どれだよ」

 俺が気持ちよく持ち歌を披露してたのに咲夜がビシッと指差して中断してきた。いいから最後まで言わせろ。

 いつの間にか原稿用紙は咲夜の脇に追いやられている。その原稿用紙は四コマ用に縁取られていた。学生服を着た美少女キャラクターが二人描かれている。おさげ髪の少女がマイクを手に眉を八の字にしていた。

 成程。カラオケ回を描いていたのか。

 西蓮寺咲夜は萌え四コマ漫画を愛している。

 萌え四コマ漫画とは、ここ十年から二十年くらいの間に定着してきた漫画のジャンルの一つである。登場人物の大半は美少女キャラクター。絵は萌え系。も少し詳しく言うと顔面積の中で目がでかめに描かれているやつ。作風としては色々あるが、美少女キャラクターの日常を描いたゆるい雰囲気のものが多い。傾向的に深夜アニメとの相性が非常に良く、近年萌え四コマ漫画の代表的な漫画が次々とアニメ化され、ヒットを飛ばしている。萌え四コマ漫画専門の雑誌なども有るし、最近では少年漫画雑誌などでも一つや二つ、萌え絵の四コマ漫画が載っている。

 人によっては、ジャンルとして認識していなくても、作品として知っている漫画は結構あるんじゃないだろうか。

 咲夜は萌え四コマ漫画を描いて日々ネットに上げており、時折SNS等でバズるくらいには絵も上手く、フォロワーもいる。この前も萌え四コマ雑誌に投稿をしたと言っていた。俺の知る限りこれまで落選は二回。今度こそ入賞して欲しいと思う。

 が、こいつのネタはちょっと過激で難しいだろうなあ受けにくいだろうなあと、いう気もしている。俺が好きな萌え四コマとは似て非なるというか。え? どうしてその展開でそっちに行っちゃうの? みたいなのを好んで描くというか。落選原因もそこにあるんじゃないかとは思うが、咲夜は頑なにそれを変えようとしなかった。

「いがーい。香苗ってアニソンばっかり歌ってそうなのに」

 狭苦しい部室に置かれた向かい合わせでくっつけられた二つの長机。

 咲夜が扉から一番奥。俺がその正面。今話しかけてきたのは、咲夜の隣に座るちっちゃい先輩だった。

 薄紅林檎(うすべにりんご)。

 毛先に軽いウェーブをかけたゆるふわボブカット。大人っぽく見られたくてこの髪型にしてるのだとか。ボブウェーブ大人の関連性がわからん。憧れのタレントか何かの真似だろう。そのうち変わってそうだ。彼女は飽きやすい。

 六限目が体育だったということでそのまま運動着を着用している。入学時に身長が伸びるのを見越して買った運動着だそうで袖が余ってぶかぶか。俺はこの学校でこの先輩より小さい人を見たことがない。初めて見た時「先輩、小さいですね!」と思わず言ってしまって、涙目で睨まれた。

「いやあ、アニソン歌いたいのは山々なんですけど……」

「?」

 首を傾げる。かわいい。

 その先輩が持っているのは今年映画化予定のミステリ小説。この前は今年話題になった少年漫画で、そのさらに前は芸人が書いてベストセラーになった自伝だった。ミーハーである。

「で? どれがあれでそれだって?」

「私も香苗が挙げた曲はテレビでやってた名曲特集とかで耳にしたことはあったわよ? 香苗とカラオケ行った後に、改めてテレビで流れた時に、ああ、これ香苗が歌ってた曲ねって意識したくらいだけど」

 俺の当てつけのような指示語の数々を気にも留めない。

「聴いとけよ。名曲だぞ」

「聴いたわよ。私は良いと思った。でももっと他に良い曲がいっぱいあったわ。アルバム曲の方が良いわね。あの人たち」

 そこまで聴いたのか。律儀だな。

「話を戻すわ。つまりね? これからの時代、香苗が挙げたみたいな誰もが知ってる普遍的な名曲が無くなっていくでしょ? って、私は言いたいの」

「うん? ……どういうことだ?」

 話が飛び飛びになったせいで、咲夜の言った言葉の意味を図り兼ねた。

 名曲は無くならんだろう。どんな悲しい世の中だ。

「ああ、成程。つまり、咲夜さんの描いているカラオケ回の苦悩そのものが読者に伝わりにくくなっていくんじゃないのか? と、危惧しているわけですね」

 今度は俺の横から大御所ミステリ作家のエッセイを読んでいた男が口を挟んできた。

 津毬宝来(つまりほうらい)。同級生。どっかのイケメン事務所かよってくらいにキメッキメの染め上げられた長髪。街でモデルにスカウトされたこともあるらしい。さぞかしモテるんだろうなあ、と彼を見たら誰もが思うだろう。

 が、彼の素性を知っている女子たちには、こいつは地雷としか認識されていない。たまに飛び出す言動の数々がその主原因である。

「わからん」

「そう宝来。そういうこと。香苗は相変わらず察しが悪いわねー。そうねー……みか先輩は今香苗が挙げた曲知ってました?」

 咲夜がそれまで薄紅先輩の隣で、ちまちまとノートに落書きしていた御神楽(みかぐら)みか先輩に話を振った。

「……え? え? 香苗くんの? う、うーん。ごめんなさい。わたし、あんまり昔の曲詳しくなくて……テレビもそんなに見ないし……」

 御神楽みか。薄紅先輩と同じく二年生で胸元のリボンは二年生を示す緑色。セーラー服に灰色のセーター。この中の誰よりスタイルが良い。それでいて気配りができて、お優しい、この部活の女神みたいな存在である。漫画部の先輩とは言っても、彼女がすることと言えば、創作とも言えない有名作品の落書きをスケッチブックにしているくらいしかこの部室では見たことがないけれど。

 この中では誰よりもアニメ、漫画方面の知識は豊富。見た目に反し、生粋のオタク。俺のような萌え四コマオタクの狭い領域の話にも難なく付いてこれる人。話していて楽しい先輩。創作には興味がないのだろうか? 

「じゃあ、御神楽先輩は誰の曲を聴くんですか?」

 なんとなく彼女がどんな曲を聴くのか興味を持ったので訊いてみる。

「えっと……特定の好きなアーティストがいるってわけじゃ……わたし、ストリーミングで適当にその日の気分で流してるだけだし。もちろん、好きな曲はあるけど……アーティストとかはあんまり意識したことないかなあ……興味もそんなに。ごめんね、盛り下げるようなこと言っちゃって」

 ストリーミングサービス。月額定額制で何千万曲が聴き放題という昨今やっと世間に浸透してきたサービス。インターネット環境さえ有れば月額千円前後でそれが可能。ちょっと前までは二曲入りのシングルCDが千円越え、十数曲入ったアルバムが三千円ちょいという時代だったのにな。世の中変わるもんだ。

 俺は未だにCD買ってしまうし、好きなアーティストだっている。何千万曲有ろうが自分の好きでも無い、興味も持てそうに無い曲がサービスのほぼ大半を占めているストリーミングに金を出す気にはいまいちなれないというか……買って応援したいって気持ちも強い。

「はあー。そんなもんなんですかねえ」

「そうそう。こういうのがこれから当たり前になってくるのよ! そうすると、どうなると思う? はい、香苗答えて」

 先輩をこういうの呼ばわりするなよ。

「わかった。つまり漫画においてカラオケ回がこれからの世の中無くなるってことだな」

 まあ、幼馴染だからな。ツーと言えばカーと言うくらいにこいつの言いたいことは分かるつもりだ。と、思っていたのだが、何故か冷めた瞳で睨まれた。

「違うわよ。馬鹿ね。私はね? 何もカラオケ回そのものが無くなるって言ってるわけじゃないのよ。私が言ってるのはカラオケ回で描かれるような煩悶が読者に伝わりにくくなっていくんじゃないのか? ってこと。それを問題視しているの!」

「問題視ってどの立場から言ってんだよ」

「漫画家であり、一読者としての立場よ。おせっかいかもしれないけれど、自分が描いているものが知らず知らずのうちに読者に伝わりにくい世の中になってましたーとか怖すぎるにも程があるってもんでしょ?」

 自分が普遍的だと思っていた物が知らないうちに読者に伝わらない世の中になってましたってか。

 確かに怖いかもしれない。世代差と言われればそれまでだが。

 ――うん?

「いや、待てよ。まだわからんぞ。さっきから漫画論に行ったり、カラオケの十八番に話が行ったり、好きなアーティストに行ったり来たりしているせいで、結局何が言いたいのかさっぱりわからん」

「ごめん、咲夜。あたしもわかんない。どゆこと?」

 薄紅先輩が読んでいた本を置いて机に突っ伏しながら訊いた。

「つまりね? 今の時代っていうか今の子供たちって、娯楽に対しての選択肢の幅がものっすごい多いじゃない? 私は好きな番組もあるからテレビは見るわ。歌番組もまあ、流れてれば見るわ。そこで昔のヒットソングとか今のヒットソングとかを知るわけでしょう? けれど、みか先輩みたいにテレビなんて全く見ない人も今はいるわけよ。そして、みか先輩みたいなのが今は普通と言っていい。

 で。当時はテレビで毎週毎週ヒットチャートとか、話題のバンドとかの曲がひっきりなしに流れてて、テレビさえ見ておけば、今の世の中どんな曲が流行ってるかなんて一目瞭然だったわけでしょ? でも今って若い人たちはそもそもテレビ見ないじゃない? 歌番組もそんなにやってないし。それに、曲を聴くにしてもストリーミングサービスとか動画サイトで個々人が好きな曲を流しっぱなしだったり、波に乗るように色んな曲を聴いてるわけね。それも、みか先輩のようにジャンル問わず。そうなって来ると、結果的に皆の共通認識としての流行歌そのものが無くなっていかない?」

 だんだん言いたいことがわかってきたが……。

「そうなると、どうなると思う? 私が今書いてたこのカラオケ回や、今香苗が読んでるカラオケ回。何の歌を悩もうかな? 皆が知ってる曲を歌わないとな。っていうよくある、あるあるな悩みを描いていたって、それ以前に、そもそも皆が知ってる曲事態が今後どんどん少なくなって来るわけ。例えば、今香苗が読んでる月刊らららの『さーくる☆がーるず』……良かったわねー。私、今月の回は――って、違った違った。じゃなくって。ええっと、つまり……、さーくる☆がーるずのモエハはリア充よね?」

 途中脱線しそうになって遠い目をしだしたのを無理やりに軌道修正。そんな咲夜の様子を部室の面々はまるで微笑ましい動物でも見るようにしていた。咲夜の四コマ漫画への愛情の深さは部室の皆が知ってるからだ。俺も語りそうになるのを必死にこらえて咲夜に応える。

「リア充だが、それがどうかしたか?」

「つまり、リア充のモエハだって、皆が知ってる流行歌なんて当然知らないわけよ。自分が好きな曲をカラオケで入れてるだけ。今月の話じゃないわよ? 例えばの話ね?」

「ああ。それで?」

「で、主人公のミハルもそんなことは承知なわけよ。結局みんな自分の好きな曲適当にバンバン入れてるだけだって。すると、その部屋の中はどうなると思う? みんながみんな自分の好きな曲を入れてる。誰が歌っていても、みんな何の曲を歌ってるのかわかんないって状態になる」

 まあ、意見としては分かる……近い将来そうなって行く……のかもしれない……が。

「それの何が悪いんだ?」

 べつにどうでもいいだろう。

「あ。わたし、分かってきちゃった。だからわたし、カラオケって苦手。歌ってるの聴いてても、知ってる曲が全然なくて。わたし歌ってもみんな知ってるような曲歌わなくちゃって気使っちゃうし。けどあんまりわからないし。そっかあ、でもそういう世の中になったらカラオケ事態無くなっていきそうだし、わたしとしてはちょっぴり安心かも」

「えー、無くなるのはやだなあ」

 咲夜は勿論のこと、御神楽先輩も薄紅先輩も結論を急ぎすぎてるんじゃないか。

 まあ、一人カラオケ、通称ヒトカラは今の世の中一般的になったし、御神楽先輩みたいな人でも楽しめる方法はある。

 言いたいことは分かってきた。

「あーあーあーあーなるほどなるほど。つまり、そんな世の中になっていく――というよりも、もう既にそうなって来ている中で、カラオケに行った時のあるある話や、今月の『さーくる☆がーるず』のミハルやモエハの言ってるような事、思っている事を漫画を描いたって、近い将来、読者に伝わらなくなるんじゃないか? って、お前は言いたいわけだ」

「そう! それ! 萌え四コマと言えども、日常を切り取って描くわけよ。作者があるある話書いてるつもりなのに、読者にさっぱり伝わってないとか悲し過ぎると思わない?」

「読者からしてみれば『ああ、この作者はこう伝えたいつもりなんだろうなあ……でも、実際今、カラオケなんて行ってもみんな知らない曲ばっかり歌うからこれパッと読んだだけじゃ伝わらないよなあ……』なんて、生暖かい目で見られるかもしれないってわけですね」

「いやー!」

 宝来の呟きに、咲夜がぞわぞわと身震いした。自分から言い出しておいて……まあ、日常を描いているのに、読者からある日、今こんなネタ伝わらないですよなんて言われた日には応えるだろうな。

「そうよ! 終いにはこの作者、カラオケ行ったことないんだろうなあ――とか思われちゃう日が来るかもしれないわよ! こっちは! あんたよりも! 行ってるっちゅうに!」

 咲夜は一人ヒートアップして歯を食いしばって机をばんばん叩く。

「あはは……咲夜ちゃん、流石にそれは思い込みが激しすぎだと思うよ……いくらなんでもそこまでネタが伝わらないってことないかと思うし……。それにほら! 最近なら、わたしでも知ってる流行ってる曲あるよ?」

「……言ってみて下さい」

「剣(つるぎ)の舞のオープニングとか、龍穏寺玲奈の生きる道のエンディングとか」

 御神楽先輩が挙げた曲は去年から今年に掛けて大ヒットしたアニメの主題歌だった。

「ああ、たしかにアニソンなら盛り上がるかもしれませんね」

「香苗くんもそう思うでしょ? この辺のアニメだったら結構見てる人も友達に多いし。わたしも聴いてて楽しいし」

 アニソンならアップテンポな曲も多いし、カラオケの機種によっては、アニメ映像が流れたりもする。アニソンからアニメの話題など、話の種にもなるし、選曲としてはかなり良いんじゃないか。流石です御神楽先輩。アニメ好きなだけある。隣で宝来がうんうん頷いているのは鬱陶しいが。

 そんな俺達の盛り上がりを頬杖を突きながらぽけーっと眺める咲夜。

「なんだ。気に入らないことでもあるのか?」

「香苗。あんたそれ歌えるの?」

「もちろん。歌詞はかんぺ……あー」

「? どうしたの?」御神楽先輩が首を傾げる。

「みか先輩はその二曲歌えるんですか?」

 咲夜が訊いた。

「え? 実際にカラオケで歌ったことはないけど……でも知ってるよ?」

「みか先輩には釈迦に説法って感じですけど……その二曲とも――っていうより、最近のアニソンって基本的にキー高いんですよね。これ、男性ボーカル、女性ボーカル両方にその傾向があるんですけど」

 そういえば、今さっき薄紅先輩とそんな会話したばっかりだった。失念していた。

 そうなんだよなあ。歌いたくても歌えないのだ。ていうか最近の男性ボーカルバンド声高過ぎでは? なんであんなに高いの? 前世はオペラ歌手だったの?

「キー?」

「声の高さ」

「あっ確かに。でもカラオケってそれ下げられるよね?」

 カラオケの機種には曲のキーを上げ下げできる機能が備わっている。歌いにくい時や、一オクターブ上に挑戦したい時などに使う機能だ。

「うーん……どうなのかしら? 香苗って歌う時にキー下げたりする?」

 俺は首を振る。

「いいや。女性ボーカルでも男性ボーカルでもとりあえず入れてみる。そんで、歌ってみて駄目ならもういいやってキャンセルして次行くな。なんていうか別にそこまでして歌いたくないってのもあるし、キーを下げるってなんか負けた気がするし、それに、最初歌う時はそんなんわからんし。そこまでカラオケ行く方でもないからな。正直言って、キーを下げるべき曲も入れる前だと分からん」

「あんたもめんどい性格してるわねー」

 お前にだけは言われたくないよ。

 まあ、女性ボーカルの曲はあまり入れないようにもしているが。

「キーが高い曲を無理して歌われると、聴いてるこちらも聴くに堪えませんからね。無理して歌って、歌えなくて途中でキャンセルされると、盛り下がりますし、いきなり順番がやって来るものだから、え? もう次ですか? といった感じになりますよね。あれ困ります」

 宝来がうんうん頷く。なんだ? 俺への当てつけか? でも俺も経験あるなあ。前の奴がキャンセルしたもんだから、トイレから帰って来たらもう俺の入れた曲が始まってたとかそんな経験。

 こんなカラオケあるあるネタ、俺、萌え四コマで読みたくないわ……。

「あっ。でもでも! だったら、昔のアニソンとかは盛り上がるんじゃない?」

「御神楽先輩。そこで最初に言ったことに繋がるんです。でも、その曲、みんなが知ってますか? 私たちの世代だったら良いでしょう。キーが高くなくて、みんなが歌えそうな、人気の有るアニソンは一応まだありました。でもこれからの世代は?」

「あっ。そういうこと……。咲夜ちゃんの言いたいこと、やっとわかってきたかも」

 成程。

 みんなが知っていそうな今流行のアニメのオープニングやエンディングは昔のアニソンに比べると、キーが高すぎていまいち歌いにくい。勿論、そこは人によりけりだろうが、歌いやすく、且つみんなが盛り上がる曲が減っていってるのは確かだろう。

 それは女性ボーカルが当たり前になってしまったことも要因の一つだ。

 野太……くなくてもいいが、男ボーカルが歌うアニメのオープニングエンディングって最近見ないからなあ。俺が知らんだけかもしれないが。

 そもそもテレビを視聴しやすい時間帯におけるアニメの放送数事態が激減してる上に、娯楽が多様化し、子供たちが自ら選択し、見たい物を見る時代。大人だってそうだ。

 俺たちの世代ならまだカラオケで歌う曲に悩んでも、『とりあえずこのアニソンなら皆が知ってるか』という曲があった。しかし、これからはそういう曲が無くなっていく――とまでは言い切れないが、確実に少なくなっていく。

 何もアニソンに限ったことじゃない。

 邦楽、洋楽、全てに言える。

 だから咲夜はカラオケネタがこれからの時代、通用しなくなるかも、と言ったのだ。

「皮肉ね。SNSで他人と好きな物を共有して分かち合う――そういうのが当たり前になった時代。けれど娯楽が多様化したせいで、皆と共有出来る、万人が知ってる名曲がどんどん少なくなっていく。懐古主義だろうと何と言われようとこれから数十年後の私たちって、今の大人たちみたいにあの頃を懐かしめるような国民的な名曲が無い世代なのよ。それもそれで悲しいわね……どう? 萌え四コマ漫画でこのネタいけると思う?」

「やめとけ。今までの話の説明、四コマで足りると思うのか? 一話丸々割いたって萌え四コマ漫画には需要無いと思うぞ。せいぜい地方新聞の片隅のコラムがお似合いだな」

 社会派萌え四コマ漫画……駄目だ。流行る気がしない。

 だいたいその為にSNSがあるんだろ。万人とは言わずとも小さなコミュニティの中で盛り上がっていればいい。ま、手軽に見えて繋がるのも繋がるので色んな苦労があるし、そう簡単に共通の趣味の相手と繋がれるとも限らないんだがな。

 めんどくさい世の中だよ、全く。

「しかしなんだな。その言い方でいくと、学校での共有する話題とかにも話は及ぶな」

「……どういうこと?」

 カラオケとSNSで思いついたので言ってみる。

「萌え四コマ漫画に限らず、学園物全般で登場するが、学校で友達と話すネタの為に人気のテレビや漫画を抑えておかなくっちゃ、みたいな描写があるだろ? スクールカースト物のラノベなんかでもたまに見るよな。リア充グループに属している一人がよくやってるリア充なりの努力。これって、ちょっと前までは人気のテレビドラマや話題の漫画ぐらいで良かったかもしれないけど、今はそうもいかないぜ。咲夜の言うように娯楽の選択肢が圧倒的に増えたんもんだから。

 テレビや漫画は言うに及ばず、ゲームにソシャゲ、動画サイトならゲーム実況に、今だと∨チューバーか? でもその日だけ流しているテレビドラマや、巻数が限られている漫画と違って、ソシャゲなんかは終わりがないだろ? 動画サイトなんかはアーカイブでいつでも見られるし。それこそテレビみたいに、番組時間の制限ってものが無い。

 するとどうなる? 個人で視聴出来る時間なんてどうしたって限られて来るし、学生なんだから勉強や部活だってこなさなきゃならない。そんな中でそうそう皆と共有出来る話題なんてピンポイントで見つかるもんかね?」

「難しい……かも……最も、好きでもないのに、話すネタ作りの為だけにコンテンツを視聴するとかそんな浅い人間関係、決して長くは続かないんでしょうけど。でも香苗が言いたいのはそんなことじゃなくって――」

「そう。俺と咲夜くらいディープに盛り上がれる――萌え四コマ漫画みたいなネタ――を見つけられればいいが、そんな深いところまで明かすってのも、人間、結構難しいと思うんだ。

 学校での人間関係描くだけでかなり神経使うんじゃないか? 少なくとも俺がもし創作者だったら、今日、こんな話をしてしまったせいで、今を生きる学生の描写に悩んじまいそうだな。自分なりにリアルに描いていても、咲夜風に言うなら、読者にとってピンと来ないことが多くなりそうだ」

「『昨日の○○見たー?』『見た見たー!』なんて、リア充グループ描写する時によくあるけど、それ自体使いにくくなるかもしれないわね……うっわ。やなこと聞いたわ。聞かなきゃよかった。なんかめっちゃこの先漫画描きにくくなりそう。ていうか人間関係構築すんのも大変そうね、今の学生って。皆どうしてるの?」

「……咲夜、自分の胸に聞いてみたら?」

 薄紅先輩が呆れて言った。薄紅先輩なんかはそんなこと気にせず自分のキャラだけでやっていけそうだよな。今までも、これからも。

 さて。話が逸れてしまった。カラオケの話だったな。

 そうして俺がどうしたもんかなと首を撫でていると、ふと宝来が呟きを零した。

「ま、僕としては、萌え四コマや日常漫画におけるカラオケ回ってアニメ化が決定した際に、編集から無理やりキャラソン売るのを見越して入れられた回だって思ってますけどね。読者からしてみれば全く必要無い回と言いますか――本人たちの歌なんて聞こえてこないわけですし。そこでドラマを繰り広げられても、ねえ、という感じですよ。他に行くべき場所だってあるでしょうに。なんだってカラオケなんですか? 他で代替出来るじゃないですか。まあ、アニメ化せずともカラオケに行く漫画はありますけど、これなんかはもう何がしたいんだかさらに意味不明ですね。なんで、僕も咲夜さんのカラオケネタがこれからの時代に通用しなくなるって意見にはどちらかというと賛成ですね。通用しなくなるというよりも、今そういう時代になって来ている以上、もう無くなっても良いんじゃないですか? といった意見ですが」

「……」

「……」

 俺と薄紅先輩が黙り、御神楽先輩が、

「あはー」

 と、気まずそうな笑顔で固まった。

 空気が凍る。

 宝来。お前は今、漫画でカラオケ回が好きな俺や咲夜を敵に廻したぞ。

 言いたいことや言ってる意味はわかる。わかるが、それを他人に同意を求めるな。特にネガティブな意見の場合、本人の捉え方がズレていたら今みたいな気まずい沈黙に陥ってしまう。宝来の意見に同意するのはなんか違うし。

 ――こういうところなんだよなあ。良い奴ではあるんだが、空気が読めないというか、いっそ端的に阿呆というか。

 だが、それまで議論が行き詰まっていたのは確かだ。

 カラオケネタが通用しなくなってくるかもしれない。結局のところその議論における正解はなんなのか? このまま「まあ、そういう時代だってことで割り切るしかないですよねえ。それでも描くかどうかは作者本人次第」なんて、終わるのもどこかしっくりと来ないし。

 それに――このままもやもやを残したまま帰宅して、例えば今月の『さーくる☆がーるず』を再読した際に、今日して来たような議論が頭でちらつくのもなんか嫌なのだ(俺は萌え四コマ漫画は何度も何度も繰り返し読む派だ)。

 萌え四コマ漫画は頭からっぽにして読みたいのだ。

 俺的には。

 だから、どうせならすっきり終わりたいし、終わらせたい。

 さっきから咲夜が押し黙ったままだ。流石に怒ったか。どうしたんだろうと視線をやると、

「ふんふん」

 と、腕組してしきりに頷いていた。

 そして、ぐるりとみんなを見て言う。

「よし。じゃあこれから漫画部全員でカラオケに行くわよ」

「みんなでカラオケ!? 行くーっ!!」

 薄紅先輩が勢いよく手を挙げた。

「ええー……わたしもー?」

 御神楽先輩はカラオケ苦手だと言っていたな。

「だからです。私が今描いてる引っ込み思案主人公がカラオケに行く話の例としてうってつけの存在なんです。来てください。行きましょう」

「えー……」

 心底嫌そうな顔。本当に苦手なんだろう。

「成程。遂に僕の生歌をみなさんに披露する時が来ましたか」

「宝来は死んどけ」

「ふむ。酷い」

「まあいいわ。行くわよ……あんたも来るのよね?」

「実地調査だろ。いいよ。付き合うよ」

 そうして、咲夜はにかっと笑った。




 それから俺たちは部室の片付けをしてから、近くのカラオケ店に五人で向かった。

 時刻としては部活の後ということもあり、あまり時間は無かったが、明日が土曜で休みということもあり、みんなで目一杯に歌って遊んだ。

「あーっ、楽しかった」

 終始最近の流行歌を歌っていた薄紅先輩は心底満足そうだ。

「……ふう。そうだね。思ったよりも楽しかったかも……?」

 来る前まではカラオケを苦手そうにしていた御神楽先輩も今は笑顔だった。最初、隅に縮こまって歌わなかったのを、無理やり咲夜がデュエットに持っていったのだ。そうしてだんだんと歌うようになった。

 宝来は描写するのもめんどくさい。いつも通りにジャ○ーズ系みたいな顔でビジュアル系をキメッキメに歌っていて大変満足そうだったとだけ。ラ○クとル○シーの連続は流石に辟易したぜ。

 今はみんなで駅前のカラオケ店を退店し、帰るところ。五人バラバラになるまでのほんの一時の帰り道。

 そうして得た咲夜の結論は――。

「うん。あれね。別に知ってる曲だろうが、知らない曲だろうが、カラオケって他人の曲真剣に聴いてるのって最初だけよね? 後の方になると自分が歌うのに夢中になっちゃうし。そもそも知ってる曲を歌わないと――なんて悩み、割と最初の方だけだと思うのよ。後はもうみんな趣味に走っちゃうでしょ?」

「……ああ。それで?」

 人によるだろ。まあ、分かるけどさ。

「引っ込み思案だろうが、最初のハードル越えて歌っちゃえば後はもう流れで歌っちゃうし――この辺のカラオケ終盤におけるぐだぐだ感を描けば読者に受けると思わない?」

「思わんな」

 見たいか? それ。

 キャラの絡みが無くなっていくじゃねーか。

 しかし、そんな俺の声は咲夜にはさっぱり聞こえていないようだった。

「いや、いける気がするのよね……引っ込み思案で隅で固まっていた主人公も最後の方ではソファでだらけて、来た順番で何も考えずに適当に好きな曲入れて『これなんの曲?』『○○の……』『ふうん』みたいなだらーっとした雰囲気……」

 今後の漫画の構想らしきものを呟いてるが、俺にはさっぱり面白そうだと思えない……。

 いや、真面目系な少女がそういう一面を見せてくれたりするのは有りか……終盤のぐだぐだ感もカラオケ序盤のハイテンションとの落差を描いておけば緩急付いてて結構面白そうだ。

「それに分かったことがあるわ」

「言ってみ」

「気を許せる仲間と来たら結局のところ楽しい場所よね。

 カラオケって」

「……」

 そうして、咲夜はにかっと笑った。

 本日二度目の心の底からの笑顔。

 それを見て、俺は今日の議論がどうでもよくなる。


 つまり、綺麗さっぱり忘れ去って、なんにも無い、脳みそ空っぽ、頭からっぽの状態で、今月のさーくる☆がーるずの再々々々読をできそうだってこと。


「頑張れよ、漫画」

 と、俺は咲夜に言う。

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