第153話 不穏な女子会(前)

 ――時は少しだけ遡る。


 ちょうど鶫と遠野がグダグダと風呂についての話し合いをしていた頃、夕飯の食事を終えた二人の少女が、割り当てられた部屋へと入っていた。


 ――その少女達の名は、七瀬千鳥と鈴城蘭。奇しくも両方とも鶫と関係の深い少女達だった。


 ちなみにこの二人が同室になったのは、ただの偶然である。あえて理由を言うならば、戦える人間といざという時転移で逃げられる人間を組み合わせただけに過ぎない。


「ん~、疲れたぁ。外国って初めて来たけど、なんかどんよりとしてやな感じ。外にいる人達もジトッとした目で見てくるし。千鳥ちゃんもそう思うでしょ?」


 部屋に入ると、そう言って少女の片方――鈴城は窓際のベッドに腰かけた。


「まあ、基本的にイギリスは雨が多い国ですから。……でも、現地の人の目はあまり私も好きではないですね」


 千鳥はそう答えて苦笑した。


――日本からイギリスに来て早五時間。その間に視察の名目でロンドン近辺の都市を車で回ったが、鈴城の言うようにあまり楽しい道程とは言えなかった。

 信号で停まったり車を降りた際に向けられる、あの奇異と警戒の目。千鳥もその場では口に出さなかったものの、居心地の悪いものを感じていた。


 ――イギリスには魔法少女が存在しない。それ故に、特異な進化を遂げている日本人は彼らにとって奇妙に見えるのだろう。

 ……そう理屈では分かっているが、彼らの心境はいまいち理解できない、というのが千鳥の本音だった。


 外国人の彼らが魔法少女を知らないように、千鳥もまた魔法少女――ひいては力を貸してくれる神様が存在しない世界を知らない。ある意味分かり合えないのは当然のことだった。


 千鳥がそう答えると、鈴城は「だよね」と頷いた後に口を開いた。


「ま、本当に大変なのは明日戦うすみれちゃん達だしね。あの二人ならまず負けることはないと思うけど、普段と違ってあんまり街を破壊とかしちゃったらアレだし、面倒だよねー。うちが選ばれなくて良かったぁ。うちの能力だと、町への被害が半端ないし」


 そう言いながら、鈴城はケラケラと快活に笑った。


 千鳥もそれにつられるように笑みを浮かべたが、よくよく考えてみると鈴城の言うことはあまり笑えなかった。

 鈴城の主な能力は、毒と水だ。……万が一魔獣を害するレベルの毒が街に降り注げば、向こう数十年はロンドンは人が住めない危険区域になるに違いない。


 ただ力をひけらかすだけならば、それでも良かったのかもしれないが、別に日本はイギリスに喧嘩を売るつもりはなかった。今回はあくまでも、魔獣退治に手を貸すつもりで此処に来ているのだから。


 そう考えると、街を壊すことなく燃やす対象物を指定できる遠野と、能力を使っても環境被害を出さない葉隠は理想的な組み合わせなのかもしれない。


 千鳥は、明日はどんな戦いになるのだろうかと考えて、諦めた様に首を横に振った。……大きな魔獣との戦闘経験が無い千鳥では、あまり想像力が働かなかったのだ。


 千鳥はコホンと小さく咳ばらいをすると、鈴城に向かって話しかけた。


「たしか明日は五時までに支度を終えて、ホテルの広間に集合でしたよね。半数の人たちはその時点で日本に帰るそうですが、私たち残留組は戦いが終わるまでその場で待機なんですよね……。何かお手伝いできることがあればいいんですけど」


 そもそも千鳥の場合、イギリスの地に踏み入れた時点で目的――転移のマーキングはほぼ完了している。はっきり言って、これ以上何もやることがないのだ。


 物憂げに千鳥がそう告げると、鈴城は首を傾げながら呟くように言った。


「うちら後方部隊は戦いが終わったら即撤退だろうから、千鳥ちゃんはそれに備えておいた方がいいかも。ほら、上の人も言ってたけど、戦いが終わったら用済みだーって攻撃される可能性もあるみたいだし」


「……でも、本当にそんな不義理なことをする人がいるのでしょうか?」


「それはうちだって分かんないよ。でも気を付けろって言われたんだから、気を付けるしかないじゃん?」


 鈴城はそう言うと、面倒そうに首を横に振った。

 ――投げやりにも聞こえるが、鈴城の言うことにも一理ある。千鳥がどう考えようと、結局はなる様にしかならないのだ。それならば、ちゃんと自分の身を守れるように気を付けていた方が幾分マシだろう。


 そもそも千鳥が最後まで残ることになっているのは、いざ・・という時に転移の扉を使って多くの人を逃がすためだ。

 ……出来ることならそんな機会は来なければいいが、鈴城が言うように警戒はしておいた方がいいだろう。


 そんな話をしつつ、千鳥たちは交代で風呂に入り寝る準備を整えた。

 ちなみに今回千鳥たちが泊るこの部屋は、いたって普通のツインルームである。

 明日メインで戦いに出る十華の二人はもっと良い部屋に泊まっているらしいが、この後の大変さを考えると、そこまで羨ましいとは思わなかった。


 そうして明日も早いしそろそろ眠ろうかと千鳥が考え始めた時、ベッドの縁に座って髪を整えていた鈴城が、ふと思いついたように話し始めた。


「千鳥ちゃんもさぁ、敬語じゃなくて普通に話してくれていいのに。知らない仲じゃないし、鶫くんのお姉ちゃんならうちにとっても友達みたいなものだし」


「いえ、お気遣いはありがたいのですが、今は一応仕事中なので……」


 千鳥は礼儀正しくそう答えたが、内心は複雑だった。

 千鳥は正直、目の前で楽し気に話す少女――鈴城蘭のことが少しだけ苦手だったのだ。


 鈴城とは一度遊園地で顔を合わせ、その後病院で連絡先を交換したものの、千鳥はその後すぐに政府の転移管理部に所属が決まった為、立場の違いもあり千鳥から連絡を取ることはほぼなかった。


 それに元々遊園地の一件――鈴城と一緒に行動した鶫が危険な目に遭ったことから、あまり鈴城個人に対して良い印象がなかったのだ。


 ……その一方で、弟である鶫は何の気負いもなく鈴城と壬生と友人になっているというのだから、世間はよく分からない。

 鶫から聞いた話によると、今でも時々鈴城と壬生と三人で遊びに行くことがあるらしい。最近だと、みんなで水族館にペンギンを見に行ったと話していた。随分と可愛らしいお出掛けである。


 それでも本人たちが納得して付き合いを続けているならば別に構わないのだが、姉としては少しだけ複雑だった。

 ……いや、そもそも姉という大義名分を抜きにしても、自分の知らないところで鶫と仲良くしている女子という時点で、多少の不満があったのかもしれない。


 ――鶫が誰と仲良くしようと、誰と付き合おうとそれは鶫の自由だ。だが、それでも千鳥じぶんを優先してほしいと願ってしまうのは家族であるが故の甘えだろう。


 ……見るに堪えない執着だと分かっているが、この感情ばかりはもうどうしようもない。そんな複雑な心境もあり、千鳥は鈴城と一線を引いていた。


 だが、鈴城は千鳥の戸惑いなど何も知らずに言葉を続ける。


「千鳥ちゃんは真面目だね。もう後は休むだけなんだからそんなの気にしなくてもいいのに」


「……すみません。それに鈴城さんは十華の魔法少女ですから。いくら鶫から普段の話を聞かされていても、やっぱり少し緊張してしまって」


 千鳥が申し訳なさそうにそう言うと、鈴城は少しだけ気落ちしたように言った。


「うん、分かった。うちはあんまりそういうの気にしない性質なんだけど、人に強制するのは良くないもんね。でも、そのうち普通に話してくれると嬉しいかな!」


 そう言って明るく微笑んだ鈴城を見て、千鳥の良心が少しだけ痛んだ。……これではまるで、自分が意地悪を言っているみたいだ。


 そこまで考えて、千鳥はふっと肩の力を抜いた。

 結局のところ、鈴城自身は何も悪くはないのだ。むしろ、向こうは歩み寄りの姿勢を見せているのに、何時までも頑なに距離を置こうとしている千鳥の方に問題がある。


 ――これが学校だったら、もっと普通に振舞えるのに。

 そう思いながら、千鳥は心の中でため息を吐いた。どうにも、鶫が関係する事柄だと心が乱れてしまう。

 鶫との関係に不安を感じているのは確かだが、その所為で関係ない人に迷惑をかけてしまうのは本末転倒だろう。流石にこれは反省しなくてはいけない。


 千鳥は俯いて自嘲するように小さく笑った後、すっと顔を上げて鈴城に言った。


「徐々にだったら慣れていくと思うので、少しだけ時間をください。私も鈴城さんとは色々と話してみたいことがあるので。……その、鶫が皆さんにご迷惑をかけてないのかも気になりますし」


 そう言って、千鳥は恥ずかしそうに微笑んだ。

 すると鈴城はぽかんとした顔をすると、すぐに嬉しそうな笑みを浮かべ「うん!」と大きく頷いた。

 同い年なはずなのにどこか年下を思わせるその姿が、部活の後輩に重なった。少しだけ、苦手意識が薄くなる。


 ――ああ、やっぱり私が気にし過ぎていただけなんだ。

 そう思いながら、心の中で小さく鈴城に詫びる。けれど、ようやく心の整理がついたような気もした。


「寝る前に、少しだけ鶫の話を聞かせてもらってもいいですか? 私、家以外でのあの子の様子をあまり知らないので」


 千鳥がそう告げると、鈴城は納得したように頷いて言った。


「やっぱりお姉ちゃんだから弟のことは気になるよね。じゃあ、眠くなるまでちょっとだけ鶫くんの話をしよっか!」


「良いんですか?」


「もちろん! その代わり、普段の鶫くんの様子も聞かせてね」


 そう言って、鈴城は嬉しそうに笑った。




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