第129話 裏方の苦悩
――ちょうど鶫が夢路を運んでいる頃、政府では蜂の巣を突いたような騒ぎが起こっていた。
「九州支部より連絡! 非番の魔法少女三名、一般人六名が被害にあい病院に運ばれました!」
「同じく東北支部より連絡。こちらは魔法少女の被害は無いそうですが、複数の一般人が被害にあっているようです」
「北海道でもかなり被害が出てますー! でも範囲が広くて被害者の回収に時間が掛かるかもしれません! 医療ヘリの手配をしてもいいですか!?」
職員から次々と上げられる被害報告に、魔獣対策室の室長――因幡はギリッと唇を噛んだ。
「天照様の感知結界をすり抜けるほど気配が小さい魔獣……。想定していなかったわけではないけど、それにしたって
――そう、一体や二体くらいならまだ仕方がないことだと納得できた。だが確認された魔獣の数は、有に
「魔獣についての報告は来ているか」
因幡が苛立ちを抑えながらそう問いかけると、過去のデータを確認していた職員が声を上げた。
「現場に居合わせた魔法少女からの報告によると、敵は手のひらほどの大きさの花型の魔獣の様です。植え付けた種から根を伸ばすことによって対象者から力を奪う寄生型ですね。以前にE級で報告があったヤドリギ型の魔獣にも似ていますが……」
「その種は破壊できないのか?」
「先んじて被害にあった魔法少女が痛みに堪えかねて破壊を試みたそうですが、種を破壊した瞬間根が暴れまわり、全身にショック症状を起こし意識を失ったそうです。医者が言うには、下手をしたらそのまま心臓が止まってもおかしくなかったみたいですね。……今は容体は安定しているそうですが、流石に一般人相手にその方法を取るのは危険です。被害者には幼い子供も多いですから体が持ちません」
「……そうか。なら根をどうにかするアプローチを考えるしかないな」
そう忌々しそうに告げて因幡が別の資料を見直している時、対策室の扉が開いた。
「――すみません。緊急招集と聞いてやってきたのですが」
そう言って、対策室の扉を開けて二人の少女たちが中に入ってきた。因幡は小さく息を吐き、口調を切り替えて口を開いた。
「
因幡が恭しく礼を言って頭を下げると、薔薇は困ったように言った。
「緊急事態ですから、そんなに気にしないで下さい。それに私の力が役に立つかどうかはまだ分かりませんし……」
不安そうに顔を曇らせる薔薇に、因幡は首を横に振って言った。
「いえ、今回のイレギュラーは花型の魔獣ですから。――植物を操る貴女の力が必要なんです」
因幡がそう告げると、今まで不安そうだった薔薇の表情が一転し、感情を削ぎ落したような無表情になった。そして心の底から忌々しいとでも言いたげに、苛立ちが混じった声で話し始めた。
「……そうですか。
そうまるで人が変わったように話し出す薔薇に、いつ見てもこれは慣れないな、と思いながら因幡は心の中でため息を吐いた。
――薔薇の契約神は、花を司る女神である。それ故に薔薇は花を愛し、花を害するモノをひどく嫌っている。どうやら花型の魔獣も薔薇の中では嫌悪の対象に入るらしい。
……少々不穏な様子だがやる気を出してくれたなら重畳だ、と思いながら因幡はもう一人の少女の方へと向き直った。
「壬生さんも来てくれてありがとうございます。――
「うん、傷ひとつないぞ! それに狙われてたのは私じゃなくて、前を歩いてた子達だからなぁ。咄嗟だったけど守れて良かったよ」
元気よく笑いながら壬生がそう答えた。
……事前に届いていた報告によると、壬生は前を歩いている子達が魔獣に狙われていることを本能的に察知し、種が打ち出された瞬間に刀を抜いて種を切り刻んだらしい。普通の人間には到底できない芸当だ。
「流石壬生さんですね。……壬生さんから見て、その魔獣に何か変わったことはありませんでしたか? 例えば、変な気配をしていたとか」
――今回壬生を呼んだのは、魔獣と直接対峙した感想を聞きたかったからだ。壬生は雪野の様な理論派とは違い、直感に優れた魔法少女だ。彼女が感じた事の中に、何か打開策が転がっているかもしれない。そう思っての呼び出しだった。
因幡がそう問いかけると、壬生は考え込むような仕草を見せ、ふと思いついたかのように口を開いた。
「そうだな……。しいて言うなら、
「蜂、ですか?」
「うん。動きがどうにも機械的というか、魔獣特有の『苦しめてやる!』って感じの気配がほとんどなかった。アレには個々の意志があるというより、蜂みたいに女王――指示を出す者がいそうな、そんな感じだったかな」
「なるほど……」
それも一理ある、と思いながら因幡は頷いた。
今まで自分達は、気配の小さな魔獣が大量に降りてきたのだとばかり思っていたのだが、もしかしたらこの花は壬生が言う様に群体の一種なのかもしれない。
――いや、むしろその方がこちらとしても都合がいい。頭を倒せばそれで済むなら、それが一番早く解決できる。種を一つずつどうにかするには、あまりにも時間が足りなさすぎるのだ。そう思い、因幡は右手を強く握りしめた。
宿主に寄生した種は刻一刻と体力を奪い、弱らせていく。最後に待つのは衰弱死だ。被害者には幼い子供も少なくはない。……医者の経過報告から考えると、持ったとしても数時間が限界だろう。――それまでに、どんなに困難だとしても打開策を見つけなくてはいけない。
だが因幡としても、この手探りの状態で死者を一人も出さないのは難しいと心の隅では思っていた。けれど、それでもそうならない様に努力するのが因幡たち魔獣対策室の仕事でもある。出来る出来ないは問題ではない。やらなければいけないのだ。
「因幡さん。その花か種の現物は手に入らないのですか? 植物のくくりであるなら、私のスキルで解析が出来るかもしれません」
そう問いかけてきた薔薇に、因幡は小さく首を横に振った。
「現場に人をやって何度か回収を試みましたが、どれも失敗に終わりました。花は種を吐き出した時点であっという間に枯れて砂になり、人に当たらなかった種は数分ほどで空気に溶けて消えてしまいました。……一度体内に入った物であれば宿主の力が干渉して消えない可能性もあるのですが、人道的にそれは試せないですし……」
体内に入り込んだ種を破壊するだけで、普通の人より痛みに強い魔法少女が死にかけたのだ。簡単に許可することは出来ない。
そして最悪なことに、先ほど入った病院からの報告によると種は時間経過で形を変え、楔の様な形に変わって重要な臓器に絡みつくらしい。そうなると、もう物理的に引き抜くことは出来ない。
つまり撃たれてすぐに種を取り出した人物がいなければ、種を入手することは絶対に出来ないというわけだ。どう考えても無理難題である。
……対象の部分転移が出来る魔法少女がいないこともないが、残念なことにその魔法少女は現在別の魔獣と戦闘中である。少なくとも、あと数時間は戻ってこれないだろう。あまりのタイミングの悪さに苛立ちが募るが、不運を責めても仕方がない。
「そうですか……。対象のモノさえあれば気配を追えるかと思ったのですが」
「試しに病院に行って被害者と会ってみますか? 直接種に触れなくても何か分かることがあるかもしれませんし」
因幡がそう薔薇にそう提案したすぐ後に、壬生がぴくりと肩を動かし警戒するように扉の方を見つめた。
「壬生さん? どうかしましたか?」
薔薇が不思議そうにそう問いかけるが、壬生は腰の刀に手をかけたまま扉から目を離さない。そして静かな声で「来る」と小さく告げた。
何事かと思い、因幡がつられるように扉の方を向いた瞬間――扉の前の空間が揺らいだ。
ぱちん、と空気が弾けるようにその場に一人の人間が出現する。その姿に、部屋名の中にいた者は思わず息をのんだ。
「急にお邪魔してしまってすみません。――花の魔獣の件でお話があります」
そう言って困惑した空気を気にも留めず、乱入者――葉隠桜は真剣な顔をして因幡を見つめた。
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