第128話 撃ち抜かれたのは

「一体なにが……!?」


 守るように鶫に抱きしめられながら、柩が驚いたように声を上げる。だが鶫には、それに答えてやる余裕はなかった。


――あの時に花がこちらに向いた瞬間、鶫は反射的に目の前のテーブルを蹴飛ばして横に倒し、柩を抱き込んでその背に庇った。避けるのは無理だと判断したからだ。一人ならば転移でどうとでもなったのだろうが、今それは言っても仕方がない。


 とっさの判断でテーブルを糸で補強して盾にしたが、それすらも貫通して何かが左の腕に被弾した。親指の爪ほどの物体――種か何かだろうか、それが腕の肉に食い込んで突き刺さっている。


 痛みに耐えながら無事な方の手で糸を操り花を攻撃したが、簡単に寸刻みになってしまい、どうにも手応えがない。……あまりにも脆すぎる。


 消化不良の思いのまま、傷口に糸を伸ばして種を絡めとるように囲むと、息を止めて一気に引き抜いた。ブチブチと何かが切れる音とともに、激痛が走る。


「ぐッ……、痛っ!?」


 神経をそのまま引きちぎられるような痛みに思わず声を上げ、抜き取った種を見ると、赤黒い太い糸のような根のような物が腕の中で暴れていた。だが、種と切り離された瞬間に力を失うのか、徐々に動きを止め、最後には淡い光になって消えていった。


……根が消えていくまでの数秒は地獄のような痛みを味わったのだが、その間の悲鳴はなんとか噛み殺した。もしかしなくても、あの一瞬の間に根を伸ばしていたのだろうか。早めに抜き取っておいて正解だった。


 鶫はおざなりに腕の傷を糸で塞いで立ち上がると、険しい顔をしながら口を開いた。


「変な花……恐らく魔獣に攻撃を受けました。怪我はありませんか?」


「わ、私は大丈夫です。葉隠さんが庇ってくれたので。……でも、貴女の腕が。ごめんなさい、私がとっさに反応できていれば葉隠さんが怪我をすることもなかったのに」


 そう言って、柩は辛そうな顔をして鶫の腕を見つめた。自分の不甲斐なさを責めているかのような、そんな表情だった。


――魔法少女を引退した者は、徐々に得た力を失っていく。以前のような超人的な身体能力はなくなり、体に馴染んでいたスキルも全く使えなくなる。そのあまりの喪失感に、鬱になる者も少なくはない。


 柩に限っていえばそんなことはまずないだろうが、攻撃がくることが分かっていても動けないというのは、今までずっと魔法少女として活動してきた柩には歯がゆいことなのかもしれない。


「気にしないで下さい、見た目ほど酷くはありませんから。……それよりも、浜辺にいる二人が心配です。私が迎えに行ってくるので、柩さんは室内で待っていて下さい」


――同じような個体がまだ近くにもいるかもしれない。早く二人を避難させた方がいいだろう。そう考え、鶫は虎杖たちがいる浜辺を見やった。――それが遅すぎた・・・・とも知らないで。


 思えばすでに予兆はあった。テラスでこれだけの騒ぎが起こっているというのに、彼らは声も上げず、近寄ってこなかったこと。そして記憶に残る弾丸の破裂音が、鶫の耳にはやや二重・・に聞こえていたこと。


 一人でしか戦うことしか出来ない魔法少女の特性故に、守る者がいる状況での判断への甘さ。


――言ってしまえば、鶫には人を守りながら戦う経験があまりにも足りていなかったのだ。



「なんで、どうして……?」


 鶫が彼らのいる場所にたどり着いた時、そう言って呻くように小さく響く声が波音と共に聞こえてきた。


 まず最初に目に入ったのは、肩と腹に二ヶ所の傷跡を作り死んだように倒れている少女と、それに縋り付くように泣く少女。考えていた中で最悪の光景に、鶫は思わず息をのんだ。


「どうして! なんで私を庇ったの!? ――だって、あんなに死にたくない・・・・・・って言ってたのに!!」


 そう叫ぶように声を出し、無事だった方の少女――虎杖は大粒の涙を零しながら嗚咽を漏らした。そのすぐ側には踏みつけられた二輪の花があり、おそらくそれに攻撃を受けたであろうことがよく分かった。


 そうして呆然としそうになる心を必死で叱責しながら、鶫は倒れこむ夢路の元へ駆け寄って跪いた。


「――夢路さん。意識はありますか」


 そう問いかけると、夢路は苦痛に顔を歪ませながら小さく頷いた。ヒュウヒュウと辛そうな呼吸音を漏らし、今にも気を失いそうな状態だった。


――油断した。近くにいたのに守れなかった……!!

 襲撃の際、もっと気を配るべきだった。狙いすましたように鶫たちを狙ったあの花が、近くにいた夢路たちを狙う事なんて簡単に予測できただろうに。鶫は心の中で舌打ちをしながら、自分の手を血が出るほど固く握りしめた。


 傷口は二ヵ所。出血は少ないが、ビクビクと全身が不自然な痙攣をしていることから、根はすでに全身に張めぐらされているのかもしれない。

 鶫は初期に種を取り除いたからそこまでの痛みはなかったが、この状態で種を取り除くとなると、夢路の体への負担が大きすぎる。


 けれど、これは医者に診せたところで何も解決はしない。急いで政府に連絡して専門の治療師を手配してもらわないといけないだろう。


――はたして間に合うだろうか。いや、絶対・・に間に合わせなくてはいけない。そう焦りながら、鶫はそっと夢路の体を抱き上げた。

……夢路ごと転移で政府に行くことが出来たら一番よかったのだが、鶫の転移ではそれは不可能だ。


「夢路さんを急いで政府系列の病院まで運びます。その間虎杖さんは柩さんと一緒に――」


「な、撫子ちゃんは私を庇ったのっ……! 変な花がこっちを向いた時、私のことを突き飛ばして……! ねえ、大丈夫ですよね、撫子ちゃんは助かるよね!?」


 鶫の言葉の途中で、虎杖がぼろぼろと涙を流しながらしゃくりあげる様にそう声を出した。それと同時に、腕の中にいる夢路が縋るような目で鶫を見上げた。この人ならば、きっと何があっても自分を助けてくれる――そんな信頼が彼女の目にはあった。


 現役の魔法少女に対する無垢な信頼。それが分かるからこそ、鶫はやるせない気持ちに襲われた。


 じくり、と胸の奥が痛む。鶫の能力では、夢路を直接助けることは出来ない。鶫にできるのは夢路を病院に運んで政府に対応をおもねることくらいで、それ以外にできることなんて何もないのだ。


 けれど、そんな鶫の感傷なんてどうでもいい。大事なのは、彼女達がいかに安心できる言葉を紡ぐかだ。安心して、心配しないで、きっとどうにかするから。そう口先だけの無責任な言葉を吐けばいい。


――でもそんな打算を無視するように、鶫の口は勝手に動いていた。


「――助けるよ。絶対に、何があっても君を助けてみせるから」


 そんな口調すらも取り繕われていない素の言葉が、いつの間にか口から出ていた。


 自分の出来ること、出来ないことは鶫自身が一番理解している。けれど、こんな自分にも力になれることはきっとある。ならば動くべきだ。政府で協力を申し出て、できることをしよう。後悔なんて――結局は後からやってくるのだから。


「葉隠さん!! 政府に連絡して救急車を呼びました! あと十分ほどでこちらまでくるので、道路の前まで彼女を運んでください!」


 遠くからそう叫ぶ柩の声が聞こえた。どうやらこちらの状況を察して事前に動いてくれていたらしい。柩の有能さをありがたく思いつつ、鶫は小さく息を吐いて二人の顔を見た。


「夢路さんを運び次第、私はその足で政府に向かいます。――こんな魔獣なんかに、人間は絶対に負けたりしません。だから、信じて待っていて」


 そうして夢路を通りまで運び柩に託した後、鶫はポケットに入れたままの血まみれの種を取り出し、ぽつりと呟くように言った。


「……この取り出した種が役に立つといいんだけど」


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