第73話 十華のお仕事
「外交官との懇談パーティー?」
「ええ。年に数回ですが、政府の要人と、この国に訪れている外交官とその家族、そしてランダムに選ばれた企業の方々が集まり、情報交換を兼ねたパーティーをしているの。葉隠さんには、今月末にあるそのパーティーに是非参加してもらいたいと思って」
五月の中旬のとある日。葉隠桜の姿に変身した鶫は、定例会議の後に柩に呼び出され、政府の中にあるカフェの個室に来ていた。
柩曰く、政府の上級の魔法少女は、要人の護衛も兼ねてその懇談パーティーに参加するのが通例らしい。人数は毎回十人ほどで、今までは六華と他のA級とB級の魔法少女で順番に回していたそうだ。
「パーティーですか……。仕事であれば別に構いませんが、どうして会議の場で話さなかったんですか?」
鶫がそう聞くと、柩は苦笑しながら答えた。
「あの場では少し話しにくくて。いつもであれば、最低二人は十華――六華だったメンバーから選出していたんだけど、そういった場には向いていない子が多いでしょう? 日向さん辺りは行きたがるだろうけど、あの子は他の子と問題を起こしやすいから……」
「……ああ、それは確かに」
柩の言った通り、日向は他の魔法少女と折り合いが悪い。そして鈴城と壬生は人間性は申し分ないが、そういった畏まった場は向いているようには見えない。そう考えると、彼らに頼みたくないという柩の気持ちも分からなくはない。
「雪野さんや遠野さんは立ち振る舞いには問題ないけど、彼らはあまり必要以上に人前に出るのは好まないから……。今回はとりあえず薔薇さんと貴女に声を掛けているの。もし大丈夫なら、受けてもらえると助かるのだけれど……」
そう言って、柩は申し訳なさそうに手を合わせた。
鶫は柩の言葉を反芻しながら、そっと考え込む様に口元に手を当てた。
――お偉いさんとの懇談パーティーか。心の底から行きたくないが、仕事ならば仕方がない。護衛という名目なら恐らくスーツの様な服装で大丈夫だろうし、特に問題はないだろう。
そして鶫は、つい、と視線を柩に向けた。本来であれば、この件は彼女ではなく、政府の人間が頭を下げる案件ではないだろうか。政府の人々は、年長者だからといって柩に仕事を振りすぎているようにも見える。それが、少しだけ疑問だった。
「――私は構いませんよ。魔法少女の場合は懇談よりも護衛がメインなのでしょう? あまり人とお話するのは得意ではありませんが、壁の花でいるなら私でもできそうですから」
鶫がそう答えると、柩はホッとしたように笑った。
「ありがとう。本当に助かるわ! ふふ、でも葉隠さんは人気者だから、大人しく壁の花でいることは出来ないと思うわよ?」
「そうでしょうか?」
要人たちが集う場だというのに、ただの魔法少女と話をする為に、わざわざ時間を割く価値はあるのだろうか。鶫には、あまり理解ができなかった。
カフェで注文した豆乳ラテを飲みつつ、鶫は柩に以前から思っていたことを質問した。
「柩さんは、どうしてそこまで政府に尽くすのですか?」
「え?」
「私が見た限りですが、貴女は政府からかなりの量の仕事を押し付けられているように思えます。嫌ではないのですか?」
今回の会議もそうだった。当たり前のように柩が進行役を務め、話を纏めていた。別に本人が納得しているなら構わないだろうが、無理やり押し付けられているのならば話は別だ。
柩は、他の魔法少女からの信頼も厚い優秀な魔法少女だ。あの日向からも慕われている。そんな彼女が政府から虐げられているのであれば、声を上げるべきだろう。
政府の信頼を得るために十華に入りはしたが、もし政府自体が腐っているならば、その計画は破綻する可能性が高い。いいように使われるくらいならば、計画を変更した方がずっとマシだ。
それにこういうことは政府側の魔法少女よりも、在野である鶫の方が、しがらみが無いので声は上げやすい。彼女が望むのなら、鶫は政府の事務方に直談判に向かうのもやぶさかではないと思っていた。
そして何よりも、鶫は柩に恩を感じていた。十華への就任以降、柩は事あるごとに『葉隠桜』のフォローをしてくれている。そんな優しい人が苦しんでいるのは、見ていて悲しい。
鶫が真剣にそう告げると、柩は困ったように笑い、首を振った。
「いいえ。確かに大変だけど、辛くはないの」
「本当に? 無理はしていませんか?」
「ええ。どうせあと数年の辛抱だから。それに引退をしたら、私はそのまま政府に勤める予定でいるの。下積みだと思えば耐えられるわ。――それに、十華は気難しい子が多いから。事務方が私に丸投げしたくなる気持ちは分かるわ」
そう言いながら、柩はアイスコーヒーを手に取った。
「心配してくれてありがとう。――でも、意外ね。葉隠さんはあまり他の魔法少女に関心がないと思っていたのだけれど。ああ、いえ、別に貶しているわけじゃないのよ?」
「いえ、確かに私はあまり他の人とは話をしませんから……」
魔法少女の中に親しい人物を作ると、誤魔化すのが難しくなる。それを避けるために、鶫は出来る限り他の魔法少女とは関わらない様にしていた。そう考えると、現段階で『葉隠桜』と一番親しくしているのは、柩藍莉だと言っても過言ではないだろう。
柩はくすりと笑いながら、口を開いた。
「――本当はね、意地みたいなものなの」
「意地ですか?」
「ええ。――このまま政府に勤めることになれば、出世コースに乗ることは間違いないわ。他の人達も、私がそれを望んでいると思っている。でもね、私自身はそこまで出世に興味はないの。だって、『魔法少女のサポートをする政府の職員になる』ことだけが、私の目標だから」
「なら、どうして。柩さんなら、正規のルートからだって政府に入れるでしょう? 無理をする必要なんてないじゃないですか」
鶫がそう問いかけると、柩は何かを懐かしむように笑った。
「昔、学校の後輩と約束したの。私は立派な魔法少女に、その子は政府の職員になって頑張っている魔法少女達をサポートするんだって。……でも、その約束は叶わなくなってしまった。――その子が、亡くなってしまったから」
「え……、それは、その」
柩の突然の告白に、鶫がどう答えていいか言葉に悩んでいると、柩は小さく首を振った。
「いいのよ。昔の話だから。でもね、私はその子の夢を代わりに叶えてあげたいと思ったの。それにどうせやるなら、上を目指した方がいいでしょう? だからこうして、私は今も頑張っている。――納得してくれたかしら?」
「……はい。その、辛いことを話させてしまってすみませんでした」
「気にしないで。気遣って貰えたことは、本当に嬉しかったから」
そして柩はバックから黒いファイル取り出し、鶫に手渡した。
「このファイルの中に懇談パーティーについての資料が纏められているわ。葉隠さんは多分マナーについては大丈夫でしょうけど、不安なら予習をしておいてね」
「あ、ありがとうございます……」
なぜ鶫のマナーが大丈夫だと思われているのか心底不思議だったが、取りあえず笑って礼をしておく。
そして話を終え、解散という運びになったのだが、柩は最後に爆弾を残していった。
「そうそう、懇談パーティーでの服装なんだけど」
「はい?」
「防犯や結界の関係上、服は魔力を編み込んだものはNGだからね? 多少は政府の経費で落ちるだろうけど、今後の為にも自前でドレスを用意しておくことをお勧めするわ」
そう言い残し、柩は個室を去っていった。
鶫は誰も居なくなった部屋でひとり、青い顔をして呟くように言った。
「ドレスを、用意? ……スーツとかじゃ駄目だったんだ」
――これは、かなりまずいことになったぞ。そんなことを考えながら、鶫はそっと頭を抱えた。
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