第74話 僕らに足りないもの

 家に帰った鶫はベルを呼び出し、神妙な面持ちで経緯を説明した。


「――という訳なんだけど、どうしたらいいと思う?」


 鶫が事情を告げると、ベルは呆れた様にため息を吐いた。


「馬鹿め。慣れないことを安請け合いするからそういう事になるのだ」


「ごもっともです……」


「それにしても、ドレスか。……あの胸と背で似合うものがあるのか?」


「あー、やっぱり問題はそれだよなぁ」


 そう言って鶫は大きなため息を吐いた。


――『葉隠桜』の最大の欠点。それは肉付きの悪さである。

 同年代の女性の平均より薄い胸と、百七十センチ近い高めの身長。伸びた手足はすらりとして華奢な印象を受けるが、着る服によっては少し貧相に見えてしまう。スレンダーと称すなら聞こえはいいが、どう受け取るかは人によって異なるだろう。


 普段は露出を控えたデザインの服を身に纏っているのであまり気にならなかったが、一般的なドレス――体のラインが良く分かるものだと、その欠点が浮き彫りになってしまうに違いない。


……やはりスーツではダメだろうか。スーツなら男装の麗人のように見えるので、見栄えの点では何の問題もなかったのに。


「なんかこう、変身の応用で体型を一時的にいじったりとかは出来ないのか?」


 鶫がベルにそう問いかけると、ベルは首を横に振った。


「無理だな。『葉隠桜』の姿は、あくまでも貴様が『女として生まれた場合の可能性』を元に体を変質させている。下手に弄ると、実際の体に影響が出るぞ」


「……よし、さっきの案は却下ということで」


 鶫はあっさりと自身が出した提案を切り捨てた。

――元の体に悪影響が出るのは困る。ただでさえラドン戦で無理をした副作用が出ているのに、これ以上身体が変質していくのは流石に嫌だったのだ。


「だが、随分と見栄えを気にするのだな。貴様はあまり外見に頓着する方ではないと思っていたが」


 ベルが不思議そうな顔をしてそう言った。

 確かに鶫が自分の外見――葉隠桜がどう見られるかを気にするのはかなり珍しい。なにせ普段は戦闘用の服のデザインや、政府に出向く時の服選びすらベルに丸投げしているのだ。ベルが不思議がるのも仕方がないだろう。


 そんなベルに対し、鶫はバツが悪そうな顔をしていった。


「だって、一応は国の顔の一人としてパーティーに参加するんだろう? ――そんな下らないことで馬鹿にされたら、腹が立つじゃないか」


 別に鶫は、胸がないことや肉付きが悪いこと自体を気に病んでいるわけではない。ただ、体型という自分ではどうすることも出来ないものをあげつらって馬鹿にされるのは、腹立たしいと思ったのだ。

 それに加え、あまり変な格好をしていたら、葉隠桜はおろか十華にも批難が向いてしまう可能性がある。


――今回のパーティーの本当の目的は、和やかな懇談ではなく、もっと狡猾でドロドロした腹の探り合いだ。参加者の誰もかれもが、人の弱みを握ろうと悪意を塗りたくったナイフを心の中に隠している。


 それ故に、些細なことですら嘲笑の対象になりかねないのだ。葉隠桜が十華としてパーティーに参加する以上、完璧とまではいかずとも、真面に見えるように取り繕わなくてはならない。


「俺には政治のことなんてよく分からないけど、今回に限っては、弱みを見せない様に気を付けなくちゃいけない事くらいは理解できるよ。……それに俺のせいで、十華全体が悪く言われるのは嫌だから」


 鶫がそう告げると、ベルは呆れたように肩を竦めながら、テーブルの上にどっかりと座った。


「……なんだ貴様。もしや悪い物でも食べたのか?」


「何をいきなり。そんなの食べてないけど……」


 鶫が怪訝そうに聞き返すと、ベルは皮肉気に笑いながら口を開いた。


「いや、大した忠義だと思ってな。ふん。天照の奴は、よほど上手く民の教育を行っているようだ」


……どうやらベルは、鶫が政府に協力的なことが不満らしい。というよりも、ベルは元から政府そのものが嫌いである。ただそれは在り方や方針などの問題ではなく、単純に彼らから指図される事が気に食わないからだろう。


 そもそもこの国の政府というのは、言ってしまえば天照直属の行政組織と言っても過言ではない。つまり政府からの指示というのは、穿った目で見れば天照からの命令とも取れる。

 プライドの高いベルにとっては、仮とはいえ極東の神の下に甘んじる――その辺りのことも納得がいっていないのかもしれない。


……その辺の神様事情は鶫には解決できないので、何とか折り合いはつけて欲しいところだ。


 そんなことを考えつつも、鶫は苦笑しながら口を開いた。


「天照様は行政にはそんなに関わってないと思うけどなぁ。でも、確かに政府は魔法少女のことに関しては軽く洗脳じみた教育を行っている節があるけど、それ以外は割と真っ当だと思うぞ? なんだかんだで、一般市民は毎日平和に過ごせてるしさ」


 確かに定期的に魔獣の襲来――命の危機はある上に、一部の少女達は過酷な戦いを強いられている。政府だって手放しで信用できるわけではないし、色々と納得できないことも多い。けれど、それでもこの国はまさしく『楽園』と呼ぶに相応しいと鶫は考えていた。


 国は主神である天照によって守られ、現代の戦乙女ヴァルキリーである魔法少女達は古今東西の神様の手を取って敵に挑む。それはまさに、神話の再現の様だ。


――他の国では古き神話でしか語られない神様達が、この閉じた小さな島国にだけ存在している。そう思うだけで、鶫は胸が高鳴るのを感じたのだ。


 確かにこの国は、他の国から見たら歪で奇妙で不可思議かもしれない。悪魔の国と誹りを受けても仕方ない部分も存在している。魔法少女関連の洗脳じみた教育がいい例だ。だけどそれでも、鶫はこの国のことを嫌いにはなれなかった。


「それに、この国に生まれてなければベル様とも出会えなかったからね。悪いことばかりじゃないよ」


 鶫がそう告げると、ベルは胡乱気な顔で鶫のことを見つめた。


「ふん。そんな調子のいい言葉で我が誤魔化されると思うなよ」


「あはは。でもまあ、政府に協力するのはそこまで悪いことじゃないと思うよ。今は、世界の情勢も変わってきてるみたいだし」


 そんなことを口にしながら、柩に渡されたファイルに入っていた書類を一枚取り出し、ベルに向かって差し出した。


「今日の会議でも話題になったけど、ここ数年の間、外国でも魔獣が現れるようになってきているらしい。まだ小規模な被害しか出ていないみたいだけど、大災害クラスの被害が出るのは時間の問題だと思う。……そうなってしまえば、既存の魔法少女達は今以上に他国から狙われるようになる。今後のことも考えたら、政府に対してはそれなりに従順にしていた方が得策だと思うけど」


 政府に対しては、柩の様に理不尽を強いられている時はきちんと文句を言うべきだろうが、それ以外の部分では協力的に振る舞っていた方が無難だろう。つかず離れず、くらいの距離間の方がちょうどいい。


――若い世代はあまり意識はしていないが、日本が事実上の壊滅状態になってから、まだ三十年程度の時間しか経っていない。魔獣に蹂躙された後、たった十年で生活基盤を立て直した政府の手腕は、きちんと評価されてしかるべきだ。


 だが、問題が全て消えたわけではない。魔獣の核を用いたエネルギー変換システムが確立され、国内で生活に必要な物がすべて賄えるようになり、輸入に頼らずとも何不自由なく暮らしていけるようになった。


――けれど、そんなこの国の姿を見て、諸外国は一体何を思ったのだろうか。


 表向きは悪魔が集う国と詰り、年若い少女を魔獣と戦わせることを人道に反していると言って、彼らは日本に対し批判を繰り返している。だがその一方で、資源問題を完璧に解決してみせた日本を妬ましく思っているのは明白だった。


 それに加え、外国での魔獣出現数の増加問題もある。どう考えても、波乱の展開になるとしか思えなかった。


「まあ今回に限っては、壁際で静かに微笑んでいればいいだけだから気が楽だよ。誰も葉隠桜に政治的な話なんて期待してないだろうし。……ドレスに関しては、政府お抱えの服屋っていうのがあるらしいからそこで相談してみようと思う。プロに聞けば、体型を誤魔化せる服だって用意できるだろうし」


 女物の服について相談するのは少し恥ずかしいものがあるが、背に腹は代えられない。

 そして鶫が、リストアップされていた中から良さそうな服屋を選んでいると、バン、と大きな音を立ててリビングの扉が開いた。


 びくりと肩を揺らして、鶫が扉の方を見つめる。すると、そこには白くて丸い毛玉――シロが仁王立ちをしていた。そしてシロはくいっと顔を上げ、予想外の言葉を言い放った。


「話は聞かせてもらった。服は私に任せるといい」


「……ええ?」


 訳が分からず鶫が首を捻ると、ぽてぽてと歩いてきたシロが鶫の膝によじ登りながら、自信満々な声で言った。


「以前から可愛い妹に似合うと思って用意していた服がある。それを着るといい」


「……色々と突っ込みたいことはあるけど、俺はあくまでも兄さんの『弟』であって、妹ではないんだけど。なあベル様。こういう場合はどうしたら――」


 鶫は困惑の表情を浮かべながらベルに助けを求めたが、ベルは悍ましいモノを見る目でシロを見やると、小さく首を振ってそっぽを向いてしまった。どうやら関わる気は全くないらしい。


――ええ、嘘だろ? この状況で見捨てるとか……。


 鶫が心の中でショックを受けていると、膝の上に乗っているシロが大きめの冊子をどこからか取り出し、そっと鶫の前へ差し出した。


「別に強制をしているわけではないぞ。――これを見て、気に入ったらならば後で私を呼ぶといい。では、また後でな」


 その冊子を鶫が受けとると、シロは眩い光になってその場から消えてしまった。あっという間の出来事に、動揺が隠せない。


「……一体、いつから話を聞いてたんだろうな」


 鶫が呆然としながらそう呟くと、ベルが大きな舌打ちをしながら、ダン、と尻尾を苛立たしげに机に叩きつけた。


「恐らくは最初からだろう。――本当に、ふざけた真似をしてくれる」


 怒りで毛を逆立たせながら、ベルはそう言った。

……こうして二柱が顔を合わせた所を見たのは初めてだが、やはり相性は悪いらしい。以前に彼らの間でどんなやり取りがあったのかは分からないが、間に挟まれるこちらの気持ちも少しは考えて欲しかった。


――それにしても、兄さんは一体何を考えているのだろうか。この数か月一緒に過ごしてきたが、いまいち彼の思考回路が良く分からない。天然で少し空気の読めない所があるとは思っていたが、ここまでだとは鶫も思っていなかった。


 あの口ぶりだと、何故かもう既に服は用意されているようだったが、シロは何を思ってそんな物を用意していたのか。……というよりも、どうして彼は葉隠桜の服のサイズを把握しているのだろう。……深く考えたら負けなのかもしれない。


 鶫はキリキリする胃をそっと押さえながら、シロから受けとった冊子をそっと開いた。別に特に期待しているわけではないが、一応は目を通しておいた方がいいだろう。


 だがそこに描かれていた物は、予想に反して鶫の希望にピッタリと添っていた。構造が分からなかったのであえて選択肢には入れていなかったが、これ・・ならば葉隠桜の欠点もほぼカバーできるかもしれない。


「――これは、悔しいけど悪くはないな」


 そう小さく呟きながら、鶫はちらりとベルの方を見つめた。……今回の最大の課題は、ベルの説得なのかもしれない。


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