時計

犬神弥太郎

第1話

  電話が鳴った。


 見れば、後輩からの電話。


 久しぶりだと出ると、相変わらずの元気な声。


「先輩、お疲れ様でーす。今度キャンプいきませんか?」


 気のおけない後輩からの、いつものように遊びのお誘い。


 軽くOKして、いつものように道具のメンテだ。


 キャンプ道具はいつも自分のを使う。というか、後輩もそれを期待しているんだろう。


 バーベキューのグリルやテント、ライトや小型のバーナー等、いつもキャンプに行ってるから一通り揃っている。


 下手に後輩たちに貸しても、使い方がめんどくさい。特にコレ、ガソリンのは扱いが慣れてないと危ない。


 そういえば、他に誰が来るのか聞くの忘れたな。


 そんなことを思いながら、どうせいつものメンバーだろうと用意をした。


 流石にいつもの人数だとテントに入りきれない。しかし、後輩もテントや道具を揃え出してると言ってたから大丈夫だろう。


 取り敢えず自分が用意出来るものだけを用意し、準備を終えた。


 車にしっかりと道具を詰め込み、いつでも行けるようにしておいたが一向に連絡がない。


 連絡はマメな後輩なのになと不思議に思いながら電話をすると、連絡がつかない。


 珍しい事もあるものだ。


 交流範囲が広い奴なのに、留守電も設定されてない。


 何度かけても圏外のアナウンスばかりで、一向につながらない。


 妙だなあと思いながらも数日すると、その後輩から電話が来た。


 妙な事に電話は常に圏内で、しかも、着信履歴は無いとか。


 番号を間違えたわけでもなし、なんだろう。


 特にそれ以上気にすることもなく、キャンプの日時と場所を聞く。


 人数の話になり、テントの話や食材を何処で買うかとかの話などとりとめなく。


 気づけばだいぶ時間も過ぎ、電話を終えた。


 なんでこの間はつながらなかったのかな。


 正月とか、おめでとうコールで混雑してる時みたいな事でもあったっけ?


 そんなことを思いながらも、やはり、それ以上は気にならなかった。


 そして、キャンプ当日。


 車は3台。10人程のメンバーだ。


「今回は、新しい場所探しませんか?」


 後輩の提案でいつもの公営キャンプ場ではなく、どこか川べりでキャンプが出来る場所を探すことに。


 とりあえず、広い河原で綺麗なところ。


 ある程度騒いでも周りの迷惑にならないところ。


 キャンプ場への道をはずれ山道に進む。


 新緑に溢れ、昼でまだ涼しい渓谷。


 初夏になりかけているというのに、ひんやりとした風が窓から吹き込んでくる。


 いつもよりも山の奥に入り込み、渓谷の奥へと進む。


 コンクリートで出来た橋にさしかかり、先頭の車が止まった。


 後続も止まり、みんなで橋の下を覗きこむ。


 橋は山からの小さい滝が作る小川にかけられたものだった。


 橋自体も古いが、小さい滝にしては妙に迫力がある。


 滝からの流れが清流に合流する場所に、結構な広さの河原がある。


 キャンプ場でもなさそうだし、誰かの敷地でもなさそうだ。


 誰が言うでもなく、そこでキャンプをすることになった。


 幸いなことに、川まで車が降りれるほどの道もある。


 車を降ろし、テントを人数が入れるほどに張ると流石に手狭だが、まだバーベキューをするくらいの場所はある。


 いろいろと準備し、そして、いろいろと遊ぶ。


 しかし山で出来る遊び等たかが知れている。すぐにバーベキューと酒盛りになった。


「そういえば、昼間にちらっと見えたよな」


 そう言いながら指差した先は、今はもうまっ暗だ。


 夕方をちょっと過ぎただけだが、日は落ちている。


 こちらが「なにが?」という問いに「墓だよ、墓。ちょっと見にいかね?」とイタズラっぽい笑いで答えてくる。


 バチが当たるぞと思いながらも、しかし、怖いもの見たさに足を向けてしまう。


 墓が見えたという場所はどこなのだろう。滝の側を登っていく道はあれど、ひどく荒れている。


 こんなところに墓があるのか?と思いながらも進んで行くと、先頭から驚く声が聞こえた。


「ひどいな、これ……」


 まるで子供が積み木を蹴飛ばしたかのように倒れた墓石が、そこら中に散らばっている。


 雑草の中に転がった墓石で、進みようがない。


 ライトに照らされだした、朽ちかけた墓石が妙に怖い。


 誰が言うでもなく引き返す。誰も声も無い。


 今思えば、手でも合わせておけばよかっただろうか。


 河原に戻ると感想を聞かれたが、誰もが言葉を濁す。


 荒れてるだけならいい。しかし、あの倒れ方は凄まじい。


 無秩序に倒された様な墓石は、まるで誰かが暴れたようだった。


 自分たちが今度は行くと言うのを制止し、飲もうと誘う。


 自分たちだけと言われたが、逆だ。あんなのを見るのは自分たちだけでいい。


 だいぶ時間も遅くなり、そろそろ腹も膨れた時、何か音が聞こえた気がした。


 なんだろう。聞こえるのは水音と自分たちの話し声。それだけのはず。


 なんだろう。聞こえる先は滝の方。


 思わず足が向いた。


 どうしたと問われても、何故か気になる。


 滝からの小川の中央。そこに大きな石。


 なんで今まで気づかなかったんだろうか、その石の、いや、岩の上に腕時計が置いてある。


「なにそれ」


 壊れているのか止まっているアナログ時計。


 そんなに高価なものという感じはしない。


「誰かの忘れ物かな」


 後輩が手を伸ばす。


「やめ……」


 後輩が手にした途端、時計が動き出した。


 嫌な予感しかしない。


「先輩、これ動いてますよ。あー、けど安物だなぁ……」


 戻しておこうと言うと、さすがに安物なだけに誰も欲しいとは言わない。


 それに、なんか気持ち悪い。


 時計は最初に見た時、止まっていた。しかし、聞こえた音はなんだろう。


 腕時計の音が聞こえるはずもない。しかし、聞こえた気がする。


 見に行く途中で止まったのか、それとも止まっていたのか。


 気持ち悪い。気持ち悪い。胃の辺りが、いや、体全体に違和感がある。


 吐きそうだ。


 時計を見てから気分が悪い。


 顔面蒼白なのを見てか、車のリアシートをベッドにしてもらって寝た。


 体調がひどい。まるで病人だ。


 その夜は、眠ってはうなされて起きる、の繰り返しだった。


 翌朝、結局ほとんど眠れずに車から出ると、もの凄く寒かった。


「涼しいっすねー」


 後輩達には涼しい程度らしいが、まるで冬だ。


 寒い。


 そして時計が気になる。


 あまりの寒さにパーカーを出し着込んでも寒い。


「先輩、大丈夫っすか?」


 後輩の言葉に苦笑いで応える。


 時計が気になっている事がわかったのだろう、後輩の視線が時計のある岩に向かう。


「あれ?」


 後輩がトコトコと岩へと近づく。


「時計、無くなってますよ」


 不気味さに声が出ない。


 なんか気味が悪い。


 ダメだ。立っていられない。


 そして、意識が途切れた。




 健康診断。


 今年も言われた。心臓がおかしいと。


 いろんな検査をしたが、ただ、弱っているとだけ。


 最新の検査でも病気としては診断されない。


 ただ、ただ、弱っていってる。


 まるで、時計が止まりかけているかのようだと…。


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時計 犬神弥太郎 @zeruverioss

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