第6章 - 1 変化

 1 変化




「またくるよ! 明日もくるから!」

 扉の取っ手をつかみ、再び振り返りそう声にする。

 しかし顔は向いていても、その目は何も見てなかった。

 あまりの興奮に、自分の脚が普通じゃないのも忘れてしまう。

 だから勢いよく走り出すが、二歩目の足が思うように出なかった。

 そのまま彼はつんのめって、本当であれば、床に向かってダイビングしていたはずなのだ。

 ところが運良く――か、運悪くなのか――そこにたまたま美穂がいた。

 ちょうど倒れ込もうとする場所いて、否が応にも彼を抱きかかえる体勢となる。

 驚いて大声を出し、

「あ! すみません!」

 慌てて美穂から離れたはいいが、涼太は完全に舞い上がってしまった。

「帰ります! 失礼します! あ! それ、すみませんでした!」

 美穂の手からこぼれ落ちた花束を指差し、後ずさりしながらそんな言葉を必死になって口にする。

「まったく、相変わらず不思議な子よね」

 病室に入るなりそう言って、美穂は愉快そうに笑うのだ。

 そんな母親の何気ない言葉に、優衣は一気に嬉しい気持ちになれた。

 最低最悪の不良――というのが、ちょっと前までの見立てだった。

 そんな称号から不思議な子――となれば、三段ぶち抜きでの昇段くらいに感じられる。

 ――良かった……。 

 そう思う優衣の顔に、美穂が目を向けてからすぐだった。

「ちょっと優衣、あなた、少し熱があるんじゃない?」

 顔を見つめながら近付いてきて、美穂は優衣のおでこに手を当てた。

「おかしいわね、でも、なんだかあなた、顔赤いわよ」

 熱はなさそうだと言いながらも、美穂は疑いの顔付きを崩さない。

「ナースステーションで体温計を借りてくるから、それまで大人しくしてなさいよ」

 そう言って病室を出て行く美穂へ、優衣は終始無反応のままだった。

 もしもうっかり声など出せば、上ずった声になってしまったに違いない。

 一人になって、自分の頬を両手で押さえ、その火照った熱を感じてみる。

 もし美穂が同じことをしていれば、間違いなく大騒ぎになっていたはずだ。

 そのくらいに優衣の頬は、その赤み以上に大いなる熱を含んでいた。

 ついさっきまで、この病室に涼太がいたのだ。

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