第1章 - 1 平成十年 春(3)
1 平成十年 春(3)
そこは国立病院玄関口の裏っかわ。急患入り口やちょっとした広場があって、地図にはそんな場所を赤いペンでしっかり四角く囲んであった。
この赤い線から出てはいけない。きっとそんな意味だろう……ちょうどコンクリートで舗装されているところを、手書きの地図は示しているようだ。
しかしこんなさびしい場所に一時間いて、どんな意味があるというのか?
入ろうと思えば誰だって裏門から入れるし、ここまでなら入ったからってなんの問題もない筈だ。いくら考えても答えは出ずに、彼はただただじっとそこに居続けた。
――こんなことぐらいならいくらでもしてやる! でも、ワケわかんねんよ!
ってな感じで、最初はどうってことないと思っていたのだ。
ところがいざやってみると、時間がぜんぜん進んでくれない。
――え!? まだ十分かよ!
思わずそう驚いて、今度こそ三十分は経ったろうと腕時計を見れば、さらに五分しか経ってなかった。それまで何もせずに立っていた彼は、そこから辺りをうろうろ歩き回ったり、ラジオ体操をしてみたりと、常に身体を動かし時間の過ぎるのを待ったのだった。
しかし三十分が過ぎた頃にはそれにも飽きて、彼はコンクリート地面に寝転がってしまうのだ。それでも眠ってしまうことはなく、脚を組んでみたりバタつかせたりと、常に落ち着きのない印象が付きまとっていた。
初日がそんなだったから、翌日は少年誌を手にして現れる。
初日、家に帰ってみれば、「ちゃんと、一時間いたらしいじゃない」なんて真弓が声にして、となれば誰かが見張っていたに違いない。だから〝バックレる〟わけにはいかないし、雑誌でも読んでいればあっという間だなんて思ったのだった。
ところがそうは問屋が卸さない。
小説なんかと比べれば、漫画の文字数は圧倒的に少ないのだ。
もちろんだから絵があるのだが、文字と違ってパッと眺めりゃ理解できる。だからあっという間に読み終わり、
――なんでだよ! もう終わり?
などと思った時には、時計の分針はちょうど真下を向いていた。
それから残された三十分を、彼はやっぱり地べたに寝転び、空を見上げて過ごすのだ。そうして三日目、涼太は丸椅子を両手で抱え、その台座部分と顎の間に単行本を挟んで現れる。
――その場所に居続ければ、何をしていても構わない。
大声を出すなど、人の迷惑になるようなことさえしなければ、何をしてたっていいと言われていて、となれば椅子に座ってたって構わない筈だ。
だから彼は、兄の部屋にあった漫画を十数冊持ち込んで、早速椅子に腰掛け一巻から順に読み始めた。
するとこの二日間が嘘だったように、あっという間に時間が過ぎる。「どうせ、まだだろう」なんて思いながら時計を見ると、とっくに一時間が過ぎ去っているのだ。
漫画は確かに面白かったが、実際、いつまでもこんな場所では読みたかない。
だから慌てて椅子の上に漫画を重ねて、逃げるようにその場から去った。
その時偶然、最後に読んでいた一冊が、地面に置かれたままになっている。
もちろんそのままだったとしても、翌日には涼太が見つけることになるだろう。
ところがその後十分くらいで、若い看護師がフラッと裏庭に現れた。彼女は辺りをキョロキョロと見回し、すぐに一冊の漫画本に気が付く。そのまま本のところに歩み寄り、その場にちょこんとしゃがみ込んで、拾い上げた本のページをパラパラっとめくった。
しかしさほど興味がわかないのだろう……すぐに表紙を閉じて、彼女は大儀そうに立ち上がる。
それからチラッと上を見上げ、本を手にしたまま病院内へ消え去ってしまった。
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