第41話


一ヶ月。


僕たちのクラン『紫苑の胡蝶』は、ダンジョン十階層のボス討伐のためにそれだけの期間を費やした。


ボスモンスター、トロールの弱点を調べ上げ、装備を整え、連携を強化した。


そして今日、クランメンバー五人全員で、万全の状態で僕たちはボス戦へと挑もうとしていた。


「行くぞ、みんな!準備はいいか?」


ボス部屋を前にして、クラン・リーダーの僕、優斗は仲間達を振り返る。


「おう!」


「行こうぜ!」


「やろう!」


「必ず勝つ!!」


メンバーたちからは気迫のある返事が返ってきた。


僕は彼らの自信に満ちた顔を見て、今日確実にボスモンスターを討伐するんだという決心を強める。


『紫苑の胡蝶』を結成して三ヶ月。


僕らのクランの現在の階級は中級。


個人的には、数ある中級クランの中ではかなり上位の実力を有していると思っている。


そんな中、十階層のボスモンスター討伐という功績を作れれば、探索者センターからの評価は確実に上がる。


上級クランへの昇級に王手をかけられるだろう。


「みんな!必ず勝って、上級クランヘ上がろう!僕たちはまだ上を目指せる!!」


「「「「おう!!」」」」


五人で拳を突き合わせ、武器を手に取った。


そしていよいよ、僕たちはボス部屋の入り口に手をかけて…


「ふぅ…いい運動になったな」


「「「「「…!?」」」」」


僕たちがボス部屋へ入ろうとした瞬間、ボス部屋の中から1人の男が出てきた。


その男は、制服の上から貸し出し装備であるアーマーを身につけていた。


手には同じく貸し出し装備である剣を握っており、うっすらと額に浮かんだ汗を拭いながら、ボス部屋から当たり前のように出てきた。


「「「「「…」」」」」


全く予想外の出来事に僕たちは瞠目する。


そんな中、男が僕たちの存在に気づいた。


「うおっ!びっくりした…た、探索者の方ですか?」


「「「「「…」」」」」


「あれ、反応がないな…ええと…あ、ひょっとしてクランかな?今からボス部屋に入ろうとしてました?」


「ぼ、僕たち、紫苑の胡蝶という探索者くらんですけど…」


我に返った僕は男に対してそう答えた。


「ああ。そうですか…ええと…ここへはどうして?」


「ぼ、ボス攻略に挑もうとしていたんです」


「あー、やっぱり…すみません」


男がペコリと頭を下げた。


「俺が倒しちゃいました、ボス。すぐにはリスポーンしないと思うので、今日の攻略は諦めた方が…」


ボスモンスターは、死ぬと別の場所ですぐさま生み出される他のモンスターとは違い、一度倒されれば、少なくとも三日はリスポンしない。


だから、一度ボスが倒されれば、数日の間はボス部屋はボスのいない空間となる。


つまり、僕らは今日ボスに挑めないということだ…


って、いやいや。


今重要なのはそこじゃなくて。


「も、もしかして1人で倒したんですか…?ボスモンスターを」


「はい。そうですけど」


済ました顔で男が言った。


僕は驚愕で絶句した。


ボスモンスターを1人で討伐する探索者なんて聞いたことがない。


何者なんだ、この男は。


「じょ、上級冒険者の方ですか?」


「いえ、中級冒険者ですけど」


「…っ…い、いつ頃から探索者を…?」


「ええと…数日前ですね」


「す、数日!?」


僕だけでなくクランメンバー全員が目を剥いた。


じゃあ、何か。


この男は探索者になってたった数日で、十階層へ到達し、ひとりでボスモンスターに挑んで、勝ったというのか…?


なんなんだ?


本当に人間なのか?


「あの…ボスを倒してしまったのはすみません。じゃあ、俺はもう行くので」


僕たちが口をあんぐり開ける中、男は急いだ様子で僕たちがきた方向へ向かって歩き出した。


「「「「「…」」」」」


僕たちは5人で、ぼんやりと夢でも見ているような気持ちでその背中を見送った。


しばらくして、我に返ったメンバーたちが口を開く。


「な、何者なんだあいつ…」


「ボスを1人で倒したって、まじか…?」


「どんな強力なスキルを持ってるんだ…?」


「な、中を確認してみよう…」


ボス不在の間、ボス部屋は開きっぱなしになる。


僕たちは恐る恐るボス部屋へと足を踏み入れた。


「「「「「あっ!!」」」」」


するとそこには、体の形を変えた、原型の止めていないトロールの死体があった。


まるでもっと巨大で力の強いモンスターに、何時間も殴られ続けたかのような死体だった。


またボス部屋のあちこちにも激しい戦闘痕が存在した。


…一体ここでどんな戦いが繰り広げられたというのだろうか。


「あいつ、本当に人間か…?」


誰かがポツリとつぶやいた。


僕たちが見守る中、トロールの死体はやがて空気に溶けるようにして消えていった。


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