前世

犬神弥太郎

前世

  よくある占いだ。


 前世を当てるだのなんだのというもの。


 時たま流行っては廃れるこの手の占いは飽々している。


 しかし、時たま本格的に占いの勉強を始めるのもいて、実験台にされるのは勘弁して欲しい。


 自分はよく見る夢がある。


 その夢をみると、必ずと言って良いほど寝起きが悪い。


 起きた時に気分が最悪なのだ。


 その夢の中では、自分はどこかの兵士だ。


 ごっつい甲冑を着てるわけでもなく、安物の鎧に刃がこぼれた剣。


 中世だろうか。その時代に興味はない。


 そこは戦場で、自分はそれなりに戦えている状況。


 ボロボロの刃は鋭さを失ったものの、叩きつけて引くことでノコギリのように敵を切り裂く。


 慣れればそれなりに使える。


 どうせ鋭く研いでも、2,3人も倒せば血糊で切れ味は落ちる。


 剣と剣を交えれば、また刃が欠ける。


 重装甲じゃない代わりに、走り回れる。


 最初は一人倒した時に吐いた。


 人を斬る。時代劇やファンタジーではよくある光景だ。だが、実際には違う。


 斬った後に噴き出るのは血だけではない。


 斬った敵の返り血を浴び、内臓がこぼれ落ち、それを踏み潰して次の敵に向かう。


 とんでもない光景に思えるが、それが戦場だ。


 それが人と人が斬り合う場所だ。


 何十人と斬っただろう。


 何百人と斬っただろう。


 戦場となれば、敵を切る。


 人が死んでいく時にどんな顔をするか。


 殺される相手にどんな言葉を投げつけるか。


 そして、死んでなお故郷に手を伸ばす敵を踏みつける感触。


 夢であるのに、凄まじいリアルさ。


 一度だけ、その夢を話してしまったことがある。


 そんな夢をみた。程度にだ。


 しかし、前世占いとやらは、夢に出るとかでしつこく付きまとわれた。


 またそんな時期かと諦めつつも、なるべく関わらないようにしている。


 前世がなんであろうと、自分は自分だ。


 それ以前に前世とかが信じられない。


 そんなものがあるなら、古代の研究者の知識を持った人が生まれてきてもおかしくない。


 天才はまた天才のまま産まれ、凡才は凡才のまま生まれることになる。


 不条理だ。


 仮に信じるとすれば、自分は人殺しをして生まれ変わったことになる。


 天国や地獄の話をする人の説だと、自分は地獄にいってるはずだ。


 生まれ変わりなんてものはない。そう感じる。


 大体、記憶なんてものは脳の中のシナプスの結びつきだとかってテレビで見た。


 それが昔の無関係の人の記憶をもっている事自体がおかしい。


 もし前世があっても、記憶は伝わらないだろう。


 だから、前世があろうとなかろうと関係ないし、占いも迷惑だ。


 だが自分が口を滑らせたおかげで、自分が前世を覚えてる人間扱いされてる。


 知ったことじゃない。人を殺した夢を見続けさせられるのは、拷問に近い。


 それがいつもだ。


 寝るたびに、誰かを踏みつけている。


 寝るたびに、返り血を浴びている。


 寝るたびに、誰かを殺している。


 そんな前世を、記憶を誰が喜ぶのか。


 だいたい、その夢では誰を守っているのか、何を攻めているのかさえわからない。


 ただ戦場の中で、人を殺してる自分がいる。


 それが自分の前世ならば、コレ以上の悪夢はない。


 ただの悪夢であってほしい。


 前世など無い。だから、ただの悪夢でしか無い。


 だが夢でスプラッタが毎日展開されるせいで、グロいものには慣れている。


 そして、自分が受ける痛み、相手に与える痛みもわかっている。


 子供は喧嘩で自分が痛い事を知り、相手の痛みを知る。


 自分には関係ないことだった。


 物心付いた頃からの夢が、それ以上の命のやり取りを語っている。


 なんでこんな夢を見続けているのか。


 ファンタジーなお話なら、お姫様を守るとか、魔王を倒すとか、色々とあるんだろう。


 だが、夢に出る光景は自分の目の前にいる敵を斬りつけ、殺し、怨嗟の声の中を進むだけ。


 夢や希望などはない。


 有るとすれば、生き残りさえすれば、次の敵までは生きられる。それだけだ。


 何もない。ただ、生き続ける。殺し続ける。


 そんな夢が子供の頃から続いている。


 我ながら、よくうつにならないものだと思う。


 心は既に折れているのかもしれない。ただ、折れたまま、自分では気づいていないだけだろうか。


 冷めてる奴。そう言われるのは、そういう理由かもしれない。


 そしてまた、妙な占いが流行っている。


 そして興味が自分に向く。


 前世を夢に見る男。


 それだけで、高校生程度なら面白がる。


 中学なら中二病とか言われるところだろうな。夢の実際を語れば、誰も寄ってこなくなるかもしれない。だが、語るのもめんどくさいし、それでまた話を広げられても面倒だ。


 何もない日常に、戦場を夢で見たという事実が美味そうに思えるんだろう。


 自分が実際になっていないから言えること。


 それで夢判断したいとか言い出してくるのもいる。


 何度かは付き合ってやった。


 話を少しするだけで、相手は顔面蒼白になる。


 夢で見た一端を話しただけで、だ。


 あまりにもリアルで、あまりにも壮絶で、あまりにも現状と違いすぎる。


 いや、現状と違うのは、ここが日本だからかもしれない。


 剣が銃に変わるなど、武器が変わるだけで人の死に様は変わっていない。


 ただ、夢と比べるのならば、今の武器なら即死だろう。怨嗟の声を聞くこともなく、肉を裂く手応えもない。ただ引き金を引く、スイッチを押す。それだけで敵を殺す。価値観が薄らぐんだろう。


 夢を見た後、必ずと言っていいほど自分の手を見てしまう。


 握っていた剣から伝わる肉を引き裂く感覚、敵を突き刺し、抜く感触。全てが残っている。


 気持ち悪いったらありゃしない。


 前世はないという思いに変わりはないだろう。しかし、体験したことのない記憶を感触を、この身に感じるのは何なのかが説明出来ない。


 子供の頃は普通にマンガやアニメだ。こんな生々しい描写のものを見た覚えもない。


 悪い冗談であって欲しい。


 恐らくは今夜もまた、あの悪夢を見るだろう。


 良い加減、精神科医に行くかカウンセラーにでも相談するのがいいかもしれない。


 ただ、そういったものも、なんとなく信用出来ない。


 はぁ……。


 一日に何度も付いてしまうため息。


 そして占い。


 前世を占い、今後の生き様を予測するとかなんとか。


 何度も流行った雑誌の表になっていたりするものでもなく、ネットで名前を入れれば簡単に出てくるものでもない。妙に細かく情報を入れさせるタイプのものを試せと言われた。


 もちろん、断る。


 なんでそんなもんに個人情報を垂れ流さないといけないんだ。


 もちろん安全意識に欠けていて、情報を入れて「俺の前世は将軍だったー!」とか喜んでるのもいる。


 前世が将軍か。本当だったとして記憶ももっていれば、埋蔵金でも掘れるんだろう。だが、将軍だったと解っただけなら、それでおしまい。


 前世がどうのは信じていないが、前世がわかるというなら前世で味わった幸せや苦痛も思い出させろ。


 大事なのは今だろう。


 その今が、妙な悪夢で侵され、そして前世がどうのと言われると気分が悪い。


「お前の前世、騎士らしいぞ」


 いきなり言われた。


 自分の情報なんてたかがしれてる。そしてソレは周知の事実。


 それで勝手に占ったらしい。


 呆れながらも「それで?」と聞く。


「貴方の前世は騎士です。フランスの農民の出で、あまたの戦場を生き抜き、そして叙勲されて騎士の地位を得ました。貴方は昔は紅い悪魔と呼ばれ、返り血で身を染めながら戦場で敵を倒していました。悪魔と呼ばれるほどの冷酷無比な殺し方は敵からも味方からも恐れられ、そして、領主は貴方の持つ恐怖を使おうと騎士にしたのです。貴方の前世での殺戮は、今の世界では異端です。罰は今も続いています。……だってさ」


 何だこの占いは。


 声に出して読んだ友人も絶句している。


 読むんじゃ無かったという顔だ。


 他の友人には笑うのもいれば、言葉に詰まる者もいる。


 特に最後の一文だ。まるで、悪夢のことを指してるかの様。


 だが、お約束の一文でもある。宗教的なものだと、最後に悔い改めなさいとかは定番だ。


 あの悪夢は罰なわけね。まあ、前世は無いと思うが。


 なんかこう、罰なら罰で、さっさと終わらせて欲しいものだ。


 今夜見るであろう悪夢を想像すると、気が滅入る。


 先に希望もない、さがる退路もない。進むしか無い道。そして進む先には敵。


 殺さなければ殺される。


 そういう世界で、ただ剣を振り回し、自分が生きるために他を殺し続ける世界。


「なあ、前世占いってなんなんだろうな」


 口を開くのをためらってた友人が、ようやく言葉を発した。


 人類は爆発的な増加をしている。そういった中で前世。微生物や野生動物が減り人間が増えている。もしかしたら地球上の姓名の数自体は普遍なのかもしれない。


 全ての物に命が宿っているなら、命がリサイクルされててもおかしくはない。


 それこそ、命というものの定義がおかしくなりそうな話だ。


 前世がもしあって、それが蟻や蝉、牛や馬かもしれない。人間とは限らない。命は命だ。


 人間とわずかな生物だけだろう。生きるために他の生物を狩るのではなく、欲求のために他を歯牙にかけるのは。


 だからといって、夢に出られるのは迷惑だ。


 前世は信じない。


 だが、思うところはある。


 将来は、誰かを生かす仕事に就こう。


 誰かのために命を使える仕事に就こう。


 誰かの命を絶つのでは無く、救える仕事に就こう。


 夢であっても誰かを死なせ続けてる、俺の自己満足。僅かな贖罪だ。




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前世 犬神弥太郎 @zeruverioss

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