第4話 1次審査
審査員席の前に椅子が6脚用意されていた。審査員のテーブルの前にはそれぞれ名前が記されていたが、結希にはどこの誰なのか知る由もない。
席に着くと自分の意志とは関係なく足が小刻みに震えた。結希は震える膝をパチンと右手で叩いた。その音が部屋に響き渡るが、気が付いていない。ただ、審査員席の一番左端に座る年嵩の男性がにやりと微笑んでいた。
「では、310番から自己紹介をお願いします。持ち時間は1分。この時間を最大限に使って自分をアピールしてください」
進行役を務める男が6人に課題を与える。早速310番が立ち上がった。
「私は、篠田・・・」
名前を名乗ろうとした310番をさっきの進行役の男が制した。
「立たなくて結構です」
出鼻を挫かれた310番はあらためて名前を名乗り、16歳だと言った。あとは趣味・特技を説明するが、もはやグダグダだ。
「止めてください。次ぎ311番」
篠田昌美と名乗った高校2年生の彼女は俯いて涙目になっていた。
「はい。311番小山内キクと申します」
小山内キクと名乗った少女が自己紹介を始めると外野が急に騒がしくなった。部屋には5人の審査員と司会進行の男、さっきの呼び出しの女の他にも事務方が数人いた。また明かに見物の男女が数名部屋の脇に立っている。そこが外野だ。
「あれが、おキク様か・・・」
「確かに美形だな」
「学生演劇コンクールで特別賞だって。実力もあるってことだ」
そんな話し声が結希にも聞こえてくる。誰なんだろう・・・既に注目されている子って。結希は次が自分の番なのに気が散っていることに気が付いていない。
すると突然5番目の審査員が声を上げた、小山内キクのアピールタイムを遮って。
「外野、うるさいぞ」
それは思いも掛けぬ恫喝であった。
「噂話がしたければ外でやり給え。311番申し訳ない。最初からお願いしていいかな?」
男は穏やかな目に戻ると小山内キクを見て言った。
「はい。重森のおじさま」
キクはそう男に答えると、自己紹介をやり直した。進行役の男がスマホのストップウォッチをゼロに戻す。
キクという少女は流れるように話していった。だが、明確にアクセントを付けており皆との協力でコンクールで好成績が取れたこと、次はもっといい演技が出来ると言うことが結希にも伝わった。うまい。
結希は急に不安になってきたが、すぐに"Take it easy"と思い直した。今更どうしようもない。成るようにしか成らないし、結果は自分に責任はない。母が何と思おうと私のせいじゃない。
「次ぎ、312番」
結希の番が回ってきた。するとこのタイミングでおしゃべり外野数人が部屋を出て行く。声を上げるタイミングを外してしまう結希。重森は明らかに不満の表情を外野に向けたが落ち着き払った結希の顔を見て微笑んだ。
「えっと。ちょっと早廻しでしゃべりますね」
そう一声を上げた結希は5人の審査員の顔を順番に見ると5番目の重森ににっこりと微笑みかけた。
「私は宮島結希、H県N市青嵐中学の3年です。好きな教科は・・・どうでもいいですね。歌とピアノを習っています。母に押しつけられたんですが、やってみると楽しくて。それと母の影響なのか、青嵐歌劇団を観に行くのが大好きです。先日も『バラの絆』を観に行きました。ああいうダイナミックな舞台が大好きです」
ここで進行役がタイムアップを告げた。結希は後一言付け加えたかったが、それを飲み込んだ。冒頭の騒ぎがなければ、そう思ったがルールは守らなくてはならない。
313番、314番が続いたあと、315番にトラブルが起こった。極度の緊張から過呼吸に陥ったのだ。
すぐに待機していた看護師がやって来て、315番を連れて部屋を出て行った。
「こういうお仕事を目指すべきではないわ」
小山内キクが呟くようにこの光景を眺めながら言った。
「誰にでも起こることだわ。緊張感を味方に付けられるかどうかで全ては変わるのよ・・・。彼女には今回少しだけ運がなかった」
結希は思わず口に出してしまってから、慌てて口を押さえた。決してキクに向かって言ったわけではなかった。
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