明日の行方。

玉山真三

第1話 序章

目の前で不貞腐れる息子を見ながら、名のある歌手が昔歌っていた曲の中に「半人前が一丁前に」なんて歌っていたのを思い出した。


8月初旬の夏真っ盛りで通常ならプールなどレジャーに連れ出すところだが、昨年から急に出現した新型ウイルスの影響で仕方なく家で過ごすことにした。夕方からは夏休みの宿題をすると約束をして、昼間は一緒に敵をなぎ倒していくテレビゲームを一緒にして上機嫌だった小学5年生の次男が目の前で、涙を流しながらこちらをまさしく敵のように睨みつけてくる。


「僕は本当は自由研究がしたかったと!」


私と次男、二人のただならぬ空気感を感じた妻が様子を伺いに部屋に入ってきた途端にそんな言葉を発する。


外出自粛の状況を考えたのか、学校側も夏休みの宿題プリントの他に、課題を指定せず自由研究または工作、そして読書感想文の中から一つ選んでしてくるようにとお知らせがあり、本を読むのが好きな次男から夏休み序盤に「読書感想文を書きたいけんお父さん色々教えてね」と言われていたのでゲーム後に一緒に取り組もうと思っていたのだ。手際よく作文をすすめるために、書いていく上で大事なポイントをわざわざ仕事の合間にまとめていたというのに、どうしてこんなことになったのだろう。

あらすじばかりを書こうとしている点を注意したせいだろうか。事実と感想と意見は違うんだよと小学生にはわかりにくい言葉で説明したせいだろうか。


「本当は最初から自由研究で何か調べたかったとよ!でもお父さんが読書感想文書けって言ってきたけん、僕はそうしたったい!」


確かに読書感想文にチャレンジしてみたらとは言ったが、強要はしていない。むしろ本人が上手に書けたらクラスで褒めてもらえるかもと乗り気だったではないか。


自分を心配してくれる母親が来てくれたせいか、自分があたかも父親に強要された悲劇の主人公であるかのごとく、涙を拭こうともせずさらに私を睨みつけてくる。その涙は自分の武器だと思ってる様子でずいぶんとあざとい性格だが、妻は気づかない。

あげくには次男と一緒になって「厳しくしすぎじゃない?」と非難の目をこちらに向けてくる。以前から木を見て森を見らずの典型な妻は、目に映る事だけを信じてその裏に隠れている事があるなんて全く考えない。以前私が駅で女性とぶつかって知らぬ間に付着したファンデーションがついたシャツを見て、浮気したに違いないと今でも思い出したかのようにつぶやく妻は、まさしく事情というものを鑑みない。

私は言い返すこともせず、ただただ次男と妻の顔を交互に眺めた。


幼少期に厳しく育てすぎた5つ歳の離れた中学三年生の長男と違って、次男はのびのび叱らず褒めて育てたいと妻は私に言い、私も確かに厳しすぎたかもしれないと反省して了承した経緯があるため「甘やかしすぎた」など言えない。

長男はもちろん可愛かったのだが、それにもまして5つ離れて産まれてきた赤ちゃんを見て夫婦でこんなにも赤ちゃんって可愛いのかと笑い合ったものだ。


受験生となり塾に通う長男がこの場面にいれば助かったかもしれない。

厳しく育てた影響か感情をコントロールできるようになり、物事を色んな角度から見ることができる長男がここにいれば、次男のあざとさに気づいて助け舟をだしてくれたに違いない。この時ばかりは塾になんて行かせるんじゃなかったと後悔する。


こんな風に「たら・れば」が頭に浮かぶ時にいつも思うのは「今までの選択は正解だったのだろうか」ということばかりだ。

これまで42年生きてきて、様々な決断の場面を体験してきた。それらの決断が繋がり「今」があるのだが、いつも過去の決断や選択ばかり思い返してしまう。

今の自分や環境に不満はない。自分の選んだきた道で、それなりに楽しく生きていると思っている。ただ、「あの時違う選択していたらどうなっていただろう」と考えてしまうことだけはやめられない。よくアスリートが「たら・ればをいってもしょうがないんで・・・」と耳にするが、それでも「たら・れば」を考えずにはいられない。




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明日の行方。 玉山真三 @tasogare40

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