ゲームその4 『白雪姫と毒リンゴ』第5話

「まずはわしからふるぞ」


 大臣がサイコロをふります。出た目は4でした。そのあとルージュもふり、5を出しました。ワオンの顔が青ざめます。


 ――まずいぞ、これ……。おいら以外の人が、大きな目を出したら、もしかしたらまたさっきみたいに、白雪姫カードと小人カードをめくることになっちゃうかもだ! 責任重大だぞ――


 黒いサイコロをぎゅっとにぎりしめて、祈るように手をかかげて、ワオンはついにサイコロをふりました。コロコロと転がっていき、サイコロはグラグラとゆれます。4、5、6と、三つの面でぐらりぐらりとゆれ、そしてついに……。


「やったぁっ!」


 サイコロの目は6で止まったのです。思わずガッツポーズするワオンを、ルージュもうれしそうに見あげています。これで生き残ったのです。ワオンはウキウキ気分で大臣のカードをめくりました。白雪姫カードです。そしてルージュのカードをめくりました。


「毒リン……えっ、なんで!」


 思わず声をあげるワオン。ルドルフ大臣も怒りで顔を真っ赤にしています。対照的に、ルージュはまゆ一つ動かさずに、優雅な笑顔を浮かべています。


「この小娘が! なぜ毒リンゴカードを出さんのだ!」


 大臣がつばをまき散らしてどなりつけました。ワオンも信じられないといった様子で、ルージュをじっと見つめています。ルージュの出した小人カードと、ルージュの顔を交互に見て、口をパクパクさせる大臣でしたが、突然封印の間に、苦しそうなうめき声が響きわたったのです。


「ウググ、グゥゥゥッ……!」


 三人はビクッと身を震わせて、急いで声がしたほうに顔を向けます。ピシピシッといういやな音とともに、黒魔女の像にひびが入っていったのです。ひびが入るたびに、身をよじるようなうめき声が聞こえます。ルージュが鋭い目でルドルフ大臣を射抜きます。


「この声、やっぱり黒魔女ね! すごい苦しそうなうめき声あげてるじゃない。……これじゃあ復活どころか、封印されちゃいそうね」


 ルージュの言葉を聞いて、ルドルフ大臣はうぐぐっと言葉を飲みこみます。対照的に、ルージュは冷ややかな視線を大臣に向けたまま、静かにたずねたのです。


「ルドルフ大臣、あなたがさっきいっていた、白雪姫と小人が出会ったら、黒魔女が復活するっていうの……あれ、うそでしょう?」

「えっ、うそ?」


 ワオンが口をぱっくり開けて、まん丸い目をぱちぱちさせます。大臣はグッとくちびるをかみしめ、そのまま顔をそむけます。


「なんのことだね? このわしがうそをつくはずがないだろう?」


 言葉とは裏腹に、大臣の額は汗びっしりでした。口ひげを指でいじりながら、それでも大臣はしらばっくれます。


「とにかくわしは知らん。ルールはさっき教えた通りだ。とにかく白雪姫カードと小人カードが三回そろうと、黒魔女様が封印……じゃない、復活されるのだ」

「今、封印するっていいかけたでしょ? やっぱりそのルール、本当は敗北条件じゃなくて、勝利条件だったんじゃないの? そして本当は、白雪姫カードと毒リンゴカードがそろったら、黒魔女が復活しちゃうんじゃないの?」


 ゴホゴホッとせきこむ大臣を、ルージュはふんっと鼻を鳴らしてさらに追いつめます。


「とにかくわたしたちはもうやらないわ。反逆罪に問いたいならご自由にどうぞ。でも、その前にわたしだって、女王様に全部お伝えするから。大臣が白雪姫カードと毒リンゴカードをそろえるようにいっていたって。女王様なら、正しいルールを知っているはずよね?」

「ままま、待て、それは……」


 あわてて引き止めようとする大臣を見て、ルージュはうふふっと笑いました。


「どうして待たないといけないの? もしそれが正しいルールだったら、別にいいじゃないの。……それともやましいことでもあるのかしらね?」

「ぐぅ……、この、小娘が……!」


 大臣は歯ぎしりしながらも、突然くくくと低い声で笑い始めたのです。これにはさすがのルージュもわずかにまゆをひそめます。


「くくく……くく、くははははっ! ふん、そこまでいうならいいだろう、教えてやる! そうさ、お前のいう通り、白雪姫カードと毒リンゴカードがそろうと敗北するのだ! ……お前たちがな!」

「お前たち? あなたもじゃないの?」


 けげんそうな顔で聞くルージュに、ルドルフ大臣は得意げに説明し始めたのです。


「いいや、わしは違うのだ! そもそもこの儀式は、黒魔女様を愚かにも封印していく儀式だったのだが、わしは魔導書を読みあさっているうちに、黒魔女様を封印から解放する儀式の存在を知ったのだ! それから研究の日々の始まりだった。わしは儀式について調べていくうちに、偶然にも黒魔女様のたましいと会話することができた。そしてわしは取引を申し出たのだ。……封印から解放する代わりに、わしに永遠の命を授けてくれと」


 ルージュの顔が、だんだんと険しく引きつっていきます。ワオンも怒りで牙をむき出しにします。


「ふん、そんな顔をしたところでムダだ。この封印の間から出るためには、儀式に成功するか、失敗するかしなければならないのだ。途中で逃げ出すことなどできんぞ! ……つまり、わしがここでお前たちを出し抜き、白雪姫カードと毒リンゴカードをそろえさえすれば、いくらお前たちが秘密を知ろうと関係ないということだ!」

「でも、出し抜けるのかしら? わたしたちは白雪姫カードと小人カードをそろえるだけで勝てるのよ。対してあなたは、白雪姫カードと毒リンゴカード、どちらも1枚ずつしかないカードをそろえなくては勝てないわ」


 冷静な口調でいうルージュでしたが、大臣は目をギラギラさせてどなりかえします。


「生意気な口をきくな、小娘が! 大臣であるわしが、貴様らガキどもに負けるはずがあるまい! ……貴様らこそ、逃げ出すことができぬと聞いて内心ふるえておるんだろう? なんせ、負けたら黒魔女様の生贄にされてしまうんだからな」


 意地の悪いいいかたをする大臣でしたが、ワオンはぶるるっと身を震わせます。大臣は思わず笑ってしまいました。


「ハハハハハ、どうしたどうした、そっちのオオカミはずいぶん正直だな。お前ひとりが気をはったところで、オオカミがそのザマならどうにもならないんじゃないか、ん?」


 ルージュはなにも答えずに、静かにルドルフ大臣を見すえます。その視線の迫力に、大臣はうっとあとずさりしますが、すぐにドカッといすにすわったのです。


「とにかくすわりなさい。ゲームを続けようじゃないか」

「……いいわ、絶対に黒魔女を復活なんてさせないから!」


 ルージュがすばやくワオンと目配せしました。その目の強さに、ワオンのふるえがぴたりと止まります。ルージュが軽くうなずき、ワオンもそれに答えました。

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