第2話 スミス夫妻
――何時間経ったのだろうか。
俺が
俺は必死に眼球をギョロギョロと動かすが、何も見えない。
当然だ。
俺はいま、手足を縛られ目隠しをされ、猿ぐつわをはめられて、どこかに固定され寝かされている。
まともに動くことはおろか、声を出すことも叶わない。
おそらく台のようなところで、寝かされているのだろう。それも全裸で。
色々とスースーする。
そして、そんな俺を待ち受けているのは、身を引き裂かれるような激しい――プレイ。
はじめて
これは放置プレイであると。
だが、なかなかやるな。
まさか、ここまで放置されるとは思わなかったが、その甲斐もあり、今の俺の期待と興奮度はマックスを軽く超えている。
しかし、俺にもこんな側面があったなんて……。
――ガチャリ。
扉が開くような音。
けど、実際には見てないし、確認するすべはない。
「
なんて軽口を叩きながら耳を澄ます。
コツン、コツン、コツン……。
革靴……なのだろうか?
硬そうな靴底が床を叩く音がする。
獣人でも靴なんて履くのか?
そういえばあのふたり、靴は履いてなかったよな……ということは、別人?
「
俺はそのままの体勢で、全身をうねうねとくねらせた。
聞いたことがある。
こういう場所では、呼び子をしている人と、実際に
かわいい子に釣られて行ってみて、蓋を開けたら怪物と怖いお兄さんがいたって。
……いや、待てよ?
獣人の怪物クラスって、むしろどんなのだろう?
人間のは大体想像がつくんだけど……。
――なんということだ。
この状況で、俺の
というか、獣人にも
ひとりひとり、じっくりと顔や体を見たわけではないので、何とも言えないが……少なくとも俺が見た限りでは、そして、あくまで俺の価値基準でだが、そういうのはひとりもいなかった。
もしかして、ゾウやサイといった重量級が出てくる場合も……?
ごくり。
思わず生唾を飲み込んでしまう俺。
ごそごそごそ……。
後頭部に感触。
どうやら、いよいよ始まるらしい。
俺はどうなってしまうのだろうか。
「
手で顔を覆い隠したいくらい恥ずかしい事を口走り、同時に、目隠しされていたことを忘れていた俺の視界に突然――
光が差す。
「
何時間ぶりかの光。
どうやらさきほどの
視界一面が真っ黒から真っ白になる。
ぼやけていた視界が、焦点が、徐々に定まっていく。
「
なんて、お決まりのセリフとともに俺の視界に入って来たのは――
「じょ、ジョセフィーヌちゃん!?」
町中で会った、あのジョセフィーヌちゃんだった。
俺に『三番街』とかなんとか言っていた、あのジョセフィーヌちゃんだった。
「すこし、じっとしていてくれ……」
「
ジョセフィーヌちゃんの顔が、いい声とともにぐんぐんと近づいてくる。
なんてこった。
俺のファーストインパクトがこんなおっさ……ジョセフィーヌちゃんになるなんて。
あの女神、絶対に許さな――
ガシャン!
ガシャン!
ガシャン!
ガシャン!
四度、金属音が鳴る。
俺の手足が支えを失い、体ごと床に落下する。
ごろんごろん……こてん。
勢いそのまま、俺は冷たく無機質な鉄の床の上を転がった。
「……さあ、起きるんだ」
ごつごつとした男らしい手で手首を腕を掴まれ、無理やりその場に立たされる。
「大丈夫かい? どこか、怪我をしていたりは……」
相変わらず渋い声で、俺に語りかけてくるジョセフィーヌちゃん。
なんとなく俺を気遣っているのはわかるけど、こっちはなにがなんだか……。
それに、今のこの状況――
四角い密室。
いかがわしい固定ベッド。
全裸の男が二人。
何も起こるはずがなく――
「うん? どうかしたのかい?」
「あ、いえ、なんでも……」
俺はジョセフィーヌちゃんの視線から逃れるように俯く。
――が、しかし、そこにはジョセフィーヌちゃんのジョニィがいた。
なんのこっちゃ。……いや、なんてこった。こんなの見たくなかったのに。
というか、それよりもジョセフィーヌちゃん全裸じゃなかった。革靴履いてた。
さっきの音はそれだったのか。すごくどうでもいいけど。
「やはり、すこし混乱しているようだね」
「すこしどころじゃないですけど……」
「そうか……無理もない」
ほとんどあなたのせいなんですけどね。
「……ところで、あなたは?」
「しっ」
ジョセフィーヌちゃんは自分の唇に人差し指を押し当て、俺の口を空いた手で塞いだ。
「死にたくなければ、静かにする事だ。会話をするときは、出来るだけ小さな声で……」
目の奥にある脳髄を刺し貫くような、鋭い視線。
こくこくこく。
俺は何度もうなずいてみせる。
「……数時間前、一度町のほうで会ったのを覚えていないかい?」
「お、覚えています。ジョセフィーヌちゃんという名前も」
「フ、あれは忘れてくれ……ボクも少々、はしゃいでいたのかもしれない」
ジョセフィーヌちゃんが口の端を持ち上げ、ニヒルな感じで吐き捨てる。
というか、一人称〝ボク〟なんだ。このジョセフィーヌちゃん。
いや、ジョセフィーヌちゃんではないのか。
……ていうか、よく考えてみたら当たり前だよな。
いままでそう呼んでたけど、ジョセフィーヌちゃんって顔じゃないし。
「けど、あの時、何をしていたのかまではわからなくて……」
「散歩だよ」
「散歩……?」
「あ、いや、違う。間違えた。潜入任務だ」
「潜入任務……ですか?」
ですよね。
「そうだ」
「いや、潜入って……じゃあ、ここはどういう場所……」
「……と、その前に自己紹介をしようか」
「あ、そうですよね」
「ボクの名前はジョセフィーヌちゃんではなく――」
「ジョセフィーヌちゃんではなく……」
「ウィリアムだ」
「うぃ、ウィリアムさん……」
めっちゃ邦人ぽい顔つきなのに……めっちゃ洋風ぽい名前なんだな。
けど、かえって変な名前よりもだいぶ呼びやすくて、覚えやすい。
潜入任務って言ってたし、おそらく本名じゃなくコードネームか何かだと思うけど――
「そう、ウィリアム・ブラ〇ドリー・ピット」
「は?」
「気軽にブラピとでも呼んでくれ」
うーむ。
なるほど。そうきたか。
俺の頭は思考を放棄した。
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