第2話 偽造硬貨事件
「うーん……ラース君。やっぱり君、上から命を狙われているね」
襲撃者を撃退した後、ラースの上司、ヘルメスは簡潔に言った。
とある凶悪犯罪組織の掃討作戦後の夜だった。
魔導師が所属する行政機関——魔導省第一本部特務課に、騎士団から協力を要請されたため、現場にラースとヘルメスの二人が派遣されたのだ。
魔導師は、ただその称号を与えられるわけではない。魔導師になること、即ち、自動的に行政機関である魔導省に所属することとなる。
要は、公僕だ。
魔術師としての最高栄誉とある程度の権限、そして安定した給料を与える代わりに、国のために働けということだった。
部署は人によって異なるが、ラースは研究職よりも、荒事を得意としていたため、犯罪者の取り締まりを担当する特務課へと配属された。
そうしていつも通り無事に作戦を完遂させ、二人が手配された宿泊施設に泊まっていたところだった。
従業員に扮した武装集団に、襲撃されたのだ。
任務後の魔力切れを狙った奇襲だったのだが、彼ら二人は魔導師。システィリア神国全ての魔術師の頂点に君臨する存在が、その程度でやられるはずがなかった。あっさりと襲撃者を返り討ちにし、気絶した彼らを部屋の端に積み重ね、山を築いていた。
襲撃者は全員で十二人であった。今年で五十となるヘルメスは、少々寂しくなった後頭部を撫でながら、彼らをマジマジと観察している。隣に立っているラースは、ローブにできた皺を直しながら、面倒臭そうに返事をした。
「あー……やっぱり、あの偽金の件でお偉方に目をつけられたか。今回の襲撃も、それの脅しってことか?」
ローブのフードを外し、ヘルメスに顔を向ける。ラースの顔の上半分は細長い布にぐるぐると覆われていた。何の変哲もない布のように見えるが、本人曰く、糸一本一本に特別な魔術を付与しているとのこと。ラースの愛用の魔道具だった。それは目隠しの役割も担っており、両目の上から包帯のように巻かれて使用されていたのだ。
これでは何も見えないのではないかと思うのだが、意外にも周囲の光景を認識できるようだ。ラースは襲撃者達を指差し、彼らの特徴を言い当てた。
「目玉を象ったピアスに、舌の先と根っこを繋げたような指輪、首には鋭い牙が連なったネックレス。んで、極め付けはそいつらの背中に掘られている、頭部が無い獅子の刺青。俺様が半月前に解体した組織、『顔が無い獅子』の残党ですよ、そいつら」
砕けた敬語を使いながら、ラースは髪や手袋に隠れていた部分どころか、見えないはずの襲撃者の服の下のことまで指摘する。ヘルメスは適当に一人の服を捲り、背中を見る。ラースが言った通り、襲撃者の背中には、頭部の無い獅子が刺青として掘られていた。見覚えのある
「しかも下っ端のチンピラときた。僕らの任務……機密情報を手に入れられるツテなんて持っているとは思えないね。上が情報を横流しして、ラース君を恨んでいる彼らに売ったってところかな」
「まどろこっしいな。今度は毒でも盛ってくるつもりか? 正面からかかってくればぶっ潰してやれるのによ」
ヘルメスはラースの物騒な発言を無視し、襲撃者の服を元に戻して彼に向き直った。
「どうやら、上も痛いところを突かれたようだね。囚人を材料にしていた時点で、噛んでいることは明らかだったけど」
ラースは呆れるように言った。
「加えて、事件の存在を隠している。全く、お偉方が考えることは難解すぎて理解できないぜ」
ラースは顔も知らない敵を嘲笑し、事の発端を思い出す。
彼が命を狙われる理由。それは、山奥の囚獄で起こった偽金騒動が原因であった。
事件が発覚したのは、二週間前。囚人の死亡率が高い施設を対象に、環境調査が行われている最中だった。騒動があった囚獄も調査対象に入り、監査委員会から役人が派遣された。そしてそこで、死体の解剖結果を不審に思った役人が調べた結果、囚獄内での人体実験が露になったという。
「売り物にならない鉄屑を生きた囚人のはらわたに入れ、一月ほどその状態を維持する。そのあと、金貨の重量や比率、装飾の情報が組み込まれた魔法陣を描き、死にかけの囚人に魔術をかける。すると、その腹から大量の金貨が出てくる。……よくまあ、こんなえげつない発想ができるもんだ。天才の俺様もドン引きだぜ」
ラースは提出された報告書の内容を話した。偽造硬貨の製造法だった。
現在の神国は、学問——特に、魔術を専門とした魔導学は、人道に反する研究は禁止されている。それに加え、従来の魔術では実現しなかった、鉄屑を全く別物資である金に変えられるときた。この事実に行政機関は大慌て。流通した偽造硬貨を洗い出すため、魔導省はラースを始めとする魔導師を引っ張り出し、すぐさま魔術の解析を始めさせたのだ。
残念なことに、詳しい原理は未だ解明されていない。だが、一つだけ明らかになったことはある。
それは、鉄屑から完全な黄金を作り出すということは、例え魔術を持ってしても不可能だということだった。
「今回の件は、色々と悪質だからね。特に、偽造硬貨は本物の金貨とほぼ同様の性質を示したところも厄介だ。ある一点を除けば、本物の金にしか見えない。だけど、その一点が大きい」
ヘルメスは人差し指を立てると、その上に仄かな光を漂わせた。
「それが、魔力の有無だ。どういう仕組みかは解析班の今後に期待しよう。とにかく、普通は目に見えることがない魔力を鉄屑に付与することで、本物そっくりな金貨を生み出した。だけど、完璧ではなかった。魔力がなくなると、金貨は鉄屑に戻ってしまうんだ」
「実際、本部で回収したのは戻っちまったしな。ある日突然、持っている貨幣がごみ同然になるかもしれないってことだ。さっさと回収した方が、お偉いさん方のためにもなると思うんだがねえ。」
ヘルメスの発言を引き継ぐようにラースは言った。そして、「人体実験でさえなければ、今回の発見は偉業だったのに」と呟き、残念がる素振りを見せた。
ラースが惜しむのも無理はない。通常、魔力は生命体にしか宿らないとされているのだ。そのため、魔道具の主な材料は植物や動物の皮などであり、無機物である水や鉱物の使用量は少ない。無機物の利点は魔力に影響を与えないかつ、受けないことにある。
例えば、
このように、魔力の影響を避けたい場合は無機物を用いるのが基本であり、硬貨の材料には貴金属が選ばれてきた。金属は無機物のため魔力の影響を受けず、また複雑な加工がしやすいため、偽造防止にも役立つためである。
もし、法に則った方法で、また目的が偽金製造でなかったなら、歴史に名を残す人物だったのかもしれないのに、とラースは思わざるを得なかった。
ヘルメスは部下の危うい発言に触れず、話を進める。
「この問題の厄介なところは、上が一枚噛んでいること。そして、現時点ではラース君しか偽造硬貨を見破れないこと。ああ、また過労で髪が薄くなりそうだよ……」
ヘルメスが後頭部を撫でて愚痴を漏らす。
彼が言った通り、今回の偽金騒動は大きな問題が二つあった。
一つは、明らかに国の上層部が関わっていること。当然だが、囚獄は国の管理下にある。まさか、囚人を使った人体実験なんて大掛かりなこと、個人程度の話で終わるわけがない。首謀者として捕まった看守長が牢屋で自殺したことも相まって、直轄の法務省はおろか、己が所属する魔導省ですら、ヘルメスは信用していなかった。今回の事件が発覚したのも、上層部同士の政権争いの結果ではないかと、彼は睨んでいる。
そして、もう一つの問題。それは、偽造硬貨の区別がつくのが、ラースしかいないことだった。
「今回の偽金は、魔力の有無でしか区別がつかねえ。ただでさえ前例のない無機物の魔力判別だ。それ専用の機械をつくるのにだって時間がかかる。そこで、一刻も早く流通ルートを割り出すために、俺様が大活躍ってわけだったんだが……どうやら、お偉方にとっては都合が悪いらしい」
ラースは上司の自虐を無視し、己が置かれている立場を明確に口にする。
「平民出身の俺様には碌な後ろ盾がねえ。国民の英雄的存在、魔導師様であっても、政治ではただのガキ。消すことなんだ造作もねえって判断されている。要は、舐められているってことだ」
気絶している襲撃者達を見下ろし、軽く足で蹴った。
「こいつらに情報を横流ししたのも、あいつらなりの脅しってことだろ。ここで手を引かなければ、今後も同様な目に、いや、もっと酷い目に合わせられるかもな」
ゆっくりと口角を上げ、ラースは笑った。
「面白えじゃねえか。全部返り討ちにして、あいつらに吠え面をかかせてやるよ。課長、今すぐ本部に帰って、偽金の流通ルートをもう一度調査——」
「うん。ダメ」
ヘルメスはラースの言葉を途中で遮り、命令した。
「ラース君は、一度この件から離れてもらうから。僕の知り合いのところにしばらく身を隠しておいて」
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