tveir

 ハウクルは妖精だ。この草原からアイスランドを見守る、永遠の妖精。彼からそう告げられたのは、アルニが七歳になった時だった。

「最近さ、『妖精遺産保護法』ってのができたんだって。先生が言ってた」

「そうか……」

 ホットドッグを食べ終えたアルニは、広々とした草原で大きく寝転がった。ハウクルは彼の隣で、美しい姿勢で座っている。

「『妖精の言い伝えが残る場所を、積極的に保護する法律』らしいよ。多分、ここも保護の対象になるんじゃないかな?」

「……そうか」

 ハウクルがこの地に立ってから、気の遠くなるような年月が過ぎた。時に追われ、時に畏怖され。今度は彼が保護される時代が来たのだ。

「きっとみんな、ハウクルたちを守ろうとしているんだよ。だから……」

「……」

 初等教育修了を間近に控えた彼は、早くも十六歳になった。こうやって気軽に口を聞けるのも、長い長い付き合いだからだ。

「……この草原を飛び出して、もっと遠くに行ってもいいと思うんだ。俺と一緒に、色んなアイスランドを見に行こうよ」

 ……頑なな妖精を動かそうとしたのは、これで何回目だろうか。アルニにはもう、その回数は分からなかった。だが、結果はいつも同じ。おそらく、今回も――。

「……悪いな、アルニ。俺には無理だ」

 ――断られるだろうと、彼には分かっていた。

「そうだよね、うん。分かってるよ」

 諦めたように頷き、彼は静かに目を伏せる。耳を澄ませると、羊の鳴き声が聞こえて来た。

「ハウクルは、ここにいなくちゃいけないんだよね。この草原で、死んだ仲間のことを守らなきゃいけないんでしょ?」

「……すまない」

「謝らないでよ。わがままを言ってるのは、俺の方なんだからさ」

 そう言うと、アルニはガバッと起き上がった。髪についた草の切れが、はらはらと地面に落ちる。

「実はね……。今日は、お別れを言いに来たんだ。俺、もっと南の方に行くことになった。父さんの仕事の関係で」

 ……彼は笑っていた。切なさを胸に押し込めるように、小さく笑っていた。

「また、ここに遊びに来るから。絶対に帰って来るから。その時まで、ここで待ってて」

 何度も何度も、力強く。ハウクルのきれいな瞳を見つめながら、彼は短く別れを告げた。

「……じゃあね、ハウクル」

 ――言うや否や、アルニは前を向いて走り出した。全ての未練を断ち切るように、一切振り返らずに。だた、来た道を戻って行った。

「アルニ……」

 ハウクルにとっては、幾度となく繰り返された別れだった。人間の悲しそうな顔にも、もうとっくに慣れた。……それなのに、一体何をくすぶっているのだろうか。いくら考えても、その答えは分からなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

夏が燻る 中田もな @Nakata-Mona

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ