『まいご』

やましん(テンパー)

『まいご』

 お断り………このお話は、自分が小さいころ(たぶん、三歳か四歳あたりですが、なぜだか、そこだけ記憶に残っております。)、迷子になったという事実から、妄想したものです。かつて、空襲があったこと、暗くなったなか、向かいのおじさんが探しに来たこと、以外は、すべて、フィクションであり、現実とは、一切関係ありません。


 しかし、自分が過ごした子供時代が、戦争の時代から、たいして、隔たっては、いなかったことは、間違いないことです。



      🚒



 こどもというものは、大人たちが考えるよりも、ずっと広い活動範囲を、ふいに、もつことがあります。


 それは、冒険旅行でもあり、ある種のノスタルジーでもあります。


 こどもだから、そんなに遠くまでは、行かないだろうとは、言い切れないのです。


       🌇


 ある夕方、ぼくは、散歩に出たものの、いったい、なぜ、なにを目指したか覚えていないのですが、夕日がしずしずと沈みかけた中を、高台にある街から、東京湾側の工場地帯に向かって、ひたすら、歩いていました。


 自宅からは、もう、かなり離れていました。


 ちょうど、右側は、なにかの古い工場のような、大きな建物が、どす黒い固まりになっていて、全ての窓には、鉄格子がはめてありました。でも、電灯は、なにも灯っていなかったので、真っ暗だったのです。


 だから、なおさら暗くなると、かなり、不気味な雰囲気がありましたし、もちろん、普段、遊ぶ場所では、ありませんでした。


 そこから、首都までは、それほど、遠くでは、なかったし、それなりの、街の中でした。


 しかし、父親は、『会社からの帰りに、タヌキに化かされて、なかなか、帰れなかったんだ。』とか、母に話したりしていたようですが、まあ、実際は、駅前で飲んでいたのでしょうけれど、そういう話が、まだ、通る時代でもあったのです。


 実際は、そこが、どこだったのかというのは、後日、探したことはありますが、今は、もう、わからないです。


 反対側に、なにがあったのかも、覚えてはおりませんが、何らかの建物があったはずです。


 学校だったかもしれません。


 道は、海岸に向かって、長い下り坂になっておりました。


 ぼくは、そこで、少女がひとり、ぽつんと、立っているのに出会いました。


 夕日は、もうすでに落ちて、その少女はシルエットのように浮かび上がっていて、背の高さから、自分よりも、たぶん、年上なんだろう、くらいしかわかりません。


 なんだか、あまり、見かけない格好です。


 頭には、薄い座布団みたいなものを、被っていたのです。


 『あなた、まいご?』


 ぼくは、そう、尋ねられたのです。


 実際、ぼくは、もう、道が分かってはいなかったのですが。


 『じゃあ、連れていってあげる。』


 少女は、ぼくの手をとり、自分の方に、強く、引っ張りました。


 なんだか、冷たい手です。


 すると、周囲の景色が、微妙に変わりました。


 気味悪い建物は、まだ、そこにありましたが、なぜか、内部には明かりがありました。


 働いているらしき人の姿も見えたのですが、なんだか、あまり見かけない、みな少女と良く似た感じの、同じような、裾の方が、だぶついているような、暗い色の服装で、三角巾みたいなものを、頭に被っているようでした。


 もともと、まだ自家用車を持っている人などは少ない時代でしたが、県庁から駅に向かうバスは、かなり頻繁に走っている経路だったのです。

 

 当時は、ボンネット型バスが、まだ、現役で走ってはいましたが、頭が平らな、新しいスタイルのバスが、段々と、出始めていた頃でした。


 だから、向こう側から、古いボンネットバスが上がってきたこと自体には、そう、違和感はなかったのです。


 左側のバスのお耳が、ピんっと立って、なんだか、ピコピコしました。


 しかし、バス停で降りてきた人の姿は、少女や、先ほど見えた人と同じような、つまり、あとから思えば、もんぺ・スタイルだったのです。

 

 ぼくは、少女に、手を引かれながら、坂を下りかけました。


 すると、なにやら、ぶあー、と、聞いたことがないような音が、そこらあたりに、響きました。


 それは、空襲警報の、サイレンだったらしいのです。


 頭の上には、たくさんの暗い影が、飛んでいるようです。


 やがて、街の中心あたりから、真っ赤な火のてが上がりました。


 びっくりして、立ち尽くすぼくを、少女は、無理やりに、引っ張りました。


 『おいで。あそこに、帰らなくては。』


 彼女の、冷たい手が、なんだか、あつぼったくなりました。


 えっ!


 と思い、ふと見上げると、少女の頭が、燃え上がっているのです。


 頭だけでなく、肩や、腕も、火を吹いています。


 さらに、周り全体が、燃え始めたようでした。


 あつい、と、思い、手を振り払おうとしましたが、がっちり握られてはなれません。


 しかも、その手は、すでに、骨だけのように見えたのです。


 ぼくは、自分も燃えそうに感じました。



    ・・・・・・・・・・・



 『おーい。』


 突然、背後から、声がしました。


 それは、向かいのパーマやさん(いまは、美容院と呼びます。)のおじさんでした。


 探しに来てくれていたのです。


 すると、少女の姿は消えていなくなり、火の手も、さっぱりと、なくなりました。


 あたりは、すっかり、真っ暗になってしまっていたのです。


 どうやら、いつの間にか、かなり、遅い時間になってしまったようでした。


 『なんと、ここまで来たか。良かった、帰ろう、お母さんが心配しているよ。』


 どうやら、近所、みんなで、探していたらしいのです。

 

 おじさんは、少女の代わりに、ぼくの手を捕りました。


 暖かい、大きな手でした。


 バイクに乗せられたかもしれません。


 それで、ぼくの冒険は終わりになり、自宅に帰ったと思いますが、そのさきのことは、覚えていません。


 

 ・・・・・・・・・・・・・・・



 今は、すでに、両親も、向かいのおじさんも亡くなり、ぼくは、他の街で、ひとりぼっちでいます。


 当時の、おじさんの年齢も、もう、越えています。


 あとから考えると、その日は、その15年くらい前に、深夜、空襲があった日あたり、だったようです。


 終戦よりも、一月少し、前のことです。


 だから、当時の、周囲の大人たち、まだ若かった学校の先生たちも、大概は、みな、その空襲や、戦地を、知っている、人たちだったはずです。


 いまでは、戦争や、空襲を直に知る人たちは、もう、少ないでしょうし、もちろん、ぼく自身が、知らないことだったのですが。


 まして、あの少女が誰なのかも含めて、はっきりしたことは、もはや、分かりません。

 

 たくさんの、空襲で亡くなった方たちの、集合体だったのかもしれません。

 

 二度と、空襲などは、起こらないようにしたいものです。

 

 

       ✈️

 

 


 


 


 

 


 


 



 


 


 


 


 


 

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『まいご』 やましん(テンパー) @yamashin-2

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