そこにあるもの

晴れ時々雨

🌟

101歳の誕生日を迎えた彼女は友人に支えられ宙に浮きながら階段を降りた。100年前と変わらぬ彼女は愛用の椅子に腰掛けると深く溜息を着く。私が彼女の乾燥した腕の皮膚を撫でると、彼女は息と一緒に言葉を吐いた。

「人を愛するってどんな気持ち?」

私は心の湖を見渡し、みなもに映る彼女を確かめてから今まで知り得た情報を元に所見を述べようとした。すると彼女は骨ばった手で私を制した。

「いいの言わなくって。わかってるから。ただいつも、たぶん産まれた時から絶えずこんな疑問が湧くものだから、たまに息に混ぜて言葉にしてやらないと、考えを編み出した器官が膨らんでどこか、行きたくもないところへ行ってしまいそうで、だから許してね」

と、柱時計が次の鐘を鳴らすまで途切れ途切れに喋り続けた。

私たちの周りにワインの香りが充満している。それは彼女自身と彼女の呼気から立ちこめる香りだった。今日は彼女のお祝いだから、お祭り騒ぎの興奮を引きずっていたのかもしれない。

「あなた、母になってくれるわね?」

私は乾いた手をとり頷いた。

彼女の母はたった一人で彼女を出産したという。この世に生まれ落ちる時に立ち会った人が母なら、最期を看取るのもそうであって欲しいという彼女らしい願いだった。

彼女が望むのであれば私は何にでもなるつもりでいた。私にとって彼女がそういう存在になっていたから。仮に何にもなれていなくても私は満足だった。彼女はすんなりどころか決まり事として、永遠を誓ってくれたのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

そこにあるもの 晴れ時々雨 @rio11ruiagent

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る