25.怒りの炎
「何だって……女王様のリンゴの木だって!?」
エイザが戦いの手を止めた。その途端、竜の太い腕がエイザを払いのけた。どん、と重い音を立ててエイザが壁まで吹き飛ばされる。「エイザさん!」と悲鳴を上げるこころに、エイザは片手を振って答えた。
「私はいい、しかし……そうか、この塔は……リンゴの木を、隠すために……!」
「そう。女王のリンゴの木を隠し、そして夢魔たちをあのいまいましい光から守るための塔よ。女王は……この上にいるわ」
そう告げると、竜は大きく羽ばたき、大声で笑った。
「ここで私が天井を壊したら、どうなると思う?」
「……! よせ、止めろ!」
「心配しなくとも、女王に手出しはしないわ。けれど、あなたには消えてもらうわ!」
竜は再び手を振り上げた。今度は、エイザは身動きが取れなかった。
「エイザさん!」
こころと優利は、同時に叫んだ。しかし、エイザは動かなかった。迫る腕を、鋭い竜の爪を、呆然と見上げていた。そして――竜の手が、エイザに叩きつけられた。エイザの体は天井近くまで弾き飛ばされ、そして、床に叩きつけられた。
「エイザさん! しっかりして、エイザさん……!」
「おや……まだ完全には消えないのね。地底の牢獄に閉じ込められてもまだ生きてたぐらいだし、妖精って言ってもしぶといものなのね」
竜はそう言うと、戦いに飽きたように、先ほどまで振り回していた腕に自分の顔を乗せ、半分目を閉じた。こころと優利は、エイザに駆け寄り、口々に名前を呼ぶ。うつ伏せに倒れていたエイザは、自分の力で、ゆっくりと膝を突いて起き上がった。しかしその胸元は大きく切り裂かれ、赤い光がこぼれ落ちていた。光は、床に落ちると、小さな火花となって弾けてしまう。
「エイザさん……! しっかりしてください!」
「……ココロ。それにユウリ……私は……」
エイザはそこまで言うと、すっと目を閉じ、そしてすぐに開いて、優利を見た。
「ユウリ。君のそのナイフは……ラビーから、預かったものだろう」
「は、はい……あの、傷が」
「傷のことは、いいんだ。それより、ナイフを……貸してくれないかな」
優利は困惑しながらも、言うとおりにナイフをエイザに渡した。エイザはナイフを受け取ると、ゆっくりと起き上がった。
「このナイフは……昔、私がラビーに送った物だ。これがここにあるのも運命か……それともラビーが、こうなると思って託したか……」
懐かしそうな目でエイザはナイフを見つめ、そして、竜の方へと顔を向けた。
「ヒカリ。この子たちを、元の世界に戻してくれる気はあるか?」
「あるわけないでしょ? この子たち、帰ったらきっと私のことを悪く言いふらすに違いないもの。子供でも、嘘や悪口を言うものよ。信じたりはしないわ」
「そうか。なら、女王様のリンゴを、妖精たちに分け与えるつもりは?」
「何度も言わせないで。嫌よ。全てのリンゴは私のものよ」
「どうして……?」
こころは、震える声で竜に向けて言った。竜は閉じかけていた目を、片方だけ開いてこころを見た。
「女王様のリンゴなんて、独り占めなんてしてどうするの? 何故そんなにも夢の力を求めるの?」
「決まってるじゃない。他の人が夢の力を持つのが嫌なの。全ての力は私のもの。全ての知識は私のものなの。これだけの夢の力があれば何でもできる。どんな世界だって作れるのよ!」
「世界を作る? お前だけに都合が良い世界なんて、お前の頭の中にだけある理想の世界なんて、現実に現れたところで、眠って見る夢と同じだろう!」
「お前、まだそんなにおしゃべりする気力があったの?」
「しゃべる気力だけじゃない。お前に一撃を与える力もまだあるぞ!」
エイザが怒鳴るように言うと、ナイフを手に、竜へと飛びかかった。その早さは、目が追いつかないほどだった。凄まじい早さで迫ったエイザは、その顔目がけて、思い切りナイフを振り下ろした。
「ギャアアアアアッ!」
竜が恐ろしい悲鳴を上げる。エイザが手に持つナイフは、炎に包まれていた。火の力で顔を焼き切られた竜は、何度も悲鳴を上げながら、じたばたと暴れ、翼をばたつかせた。そして、目の前にいたエイザを、思い切り手で払い除けた。再び突き飛ばされたエイザは、こころと優利の前に転がった。その体は、全体が、赤い光に包まれていた。
「エイザさん! どうして……あんな無茶を!」
「女王様を解放しないというのなら、もはやこの国は死んだも同然……たとえ、君たちが元の世界に帰れる可能性が潰れてしまったとしても、どの道ヒカリがうんと言わなければ同じことだ。ならばいっそ、一撃でもくれてやりたかった。……優利、これを」
エイザは、優利から受け取ったナイフを、また優利に返した。ナイフはエイザから放たれる光と、同じ色をしていた。
「私の力を、君に渡そう。私の火、そしてミカの火があれば……しばらくは、この世界でも生き延びられるはずだ。すまなかった、君たちを……元の世界に、帰せ……なくて」
「エイザさん! だめ、しっかり……しっかりして!」
こころが泣いて叫んだが、その声も、もう届かなかった。エイザは、どこか晴れやかな表情で目を閉じ――そして、赤い光となって消えてしまった。
「ああ……ああ、エイザさんまで! 私のせいで……」
「姉ちゃんの、せいじゃない。悪いのは……」
ナイフを持った優利は、立ち上がって、竜を見た。
「あいつだ」
優利の言葉に、竜は動きを止めた。そして、ゆっくりと、ゆっくりとその目を優利へ向けた。
「私が……悪いって言うの」
唸るような声に、優利は真っ向から「そうだ」と言い放った。
「お前の……全部お前のせいだ!」
「違う! 私じゃない、私はただ夢を見たかっただけ! 夢を見て、それでその夢を形にしたかっただけ……! なのにみんな私から、夢を奪おうとしたの! だから、だから……!」
何を言われても、もう優利の気持ちは収まらなかった。怒りが全身を突き動かしていた。こころもまた、優利の隣に立って、ミカの火が灯るランタンを手に持った。戦えるだけ戦ってやる――二人の心は決まっていた。竜の方も、泣き叫ぶのを止め、こころと優利をぎっと睨みつけた。
睨み合いになった。だが――どちらかが動き出す前に、塔が大きく震えた。外で、凄まじい爆発音が響いたのだ。
「な、なによ、今度は……きゃあっ!」
竜が、見た目に似合わない悲鳴を上げた。天井の上で凄まじい爆発が起きたのだ。優利はとっさに、こころの腕を引っ張って、竜の体へと駆け寄った。竜の方は二人に構う余裕もなく、瓦礫から身を護ろうと、翼をせり出させ、両手で頭を抱えた。
耳をつんざく轟音が、幾度も響いた。埃が舞い上がり、瓦礫が次々に落ちてくる。こころと優利は、竜の翼の下で体を縮こめて、音が止むのを待った。
だが、音は一向に止む気配が無かった。大玉の花火が上がるような音が、頭上でまだ鳴っている。瓦礫は降るのを止めたが、その音に怯えたように、竜は一声吠えて空へと飛び立った。
「優利……女王様が!」
こころが声を上げる。女王は上の階にいると竜が言っていた。もしかしたら、瓦礫に巻き込まれて落ちてきているかもしれない。二人はもうもうと上がる煙の中に目をこらし、妖精の女王の姿を探した。だが、その姿を見つける前に、猛烈な光と熱が頭上から差し込んだ。そして、一拍遅れて、竜の悲鳴が聞こえた。
「何が起きてるんだ!?」
「分からない……けど、この光と熱。どこかで……」
「姉ちゃん、オレ上の方見てくる。ここで待ってて!」
優利はそう言うと、瓦礫の上を這うようにして、上へと向かう階段へと走って行った。
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