17.手紙の配達

 ガウリィは、すでに五枚の手紙を、半分以上書き終えていた。こころと優利は手分けをして、それを配ることになった。手分けしよう、と言い出したのは優利だった。

「ずっと考えてたんだ。どうして夢魔の主は、あのときラビーさんを夢魔に襲わせたんだろうっって」

 ガウリィが残りを急いで書く間、優利はこころに言った。

「どうしてって……だって、ラビーさんが言ってたじゃない。メッセージを送った風の妖精を、夢魔に襲わせないよう隠してたって」

「襲わせた理由じゃなくて、タイミングの話」

 タイミング? とこころが首を傾げるので、優利はその詳細を語った。

「ラビーさんがずっと夢魔の主に逆らってきたなら、いつ襲われてもおかしくなかった。けど、襲われたのは、オレたちが来てから……夢魔はたぶん、しょっちゅう現れるものじゃない。何か、法則があるような気がするんだ」

「法則……でも、あったとしても、ラビーさんのことだけじゃ分からないよ」

「ラビーさんのときだけじゃない。ミカさんのときもだよ。ミカさんのときは、なんの予兆もなくいきなり、って……そう思ってたけど」

「違うかもしれない?」

 こころは、優利の言っていることを、ただの想像だとか、直感だとは思わなかった。きっと優利なら、何か引っかかることがちゃんとあるのだろうと、分かっていたのだ。

「オレたちの、帰りたいって願いに反応したってミカさんは言ってた。でも、オレはずっと帰りたいって思ってる。なのに夢魔は来ないんだ。思うだけじゃ、あいつらはやってこない。それに、妖精たちも、いつも襲われてるって感じじゃなかった」

「夢魔が襲ってくるのに……条件がある? ……何だと思う?」

 優利は、自分の考えの結論を述べた。

「夢の力……だと思う」

 こころは優利の言葉に息を飲んだ。

「夢の力! そっか、ラビーさんはメッセージを送った後に襲われた。でも、ミカさんは……?」

「ミカさんは夢の扉を開いて、人間世界から妖精の国に戻った。オレたちと同じだ。夢の扉を作るのが、夢の力だとしたら……扉が開いたことを夢魔の主が知って、夢魔を差し向けたのかも。すぐに来なかったのは、地底から火の町がとても遠いから」

 こころは頭の中で優利の言葉を整理しながら、何度も頷く。

「何にもなくてもいきなり夢魔が来るより、ずっとしっくりくるよ」

「うん。ただ、風の町には空を飛んでいた妖精たちがいたよね。、空を飛ぶのも夢の力だとして……たぶん、夢の力の中でも、強かったり、特別だったりすることに反応してる」

「……この町のみんなに、言った方がいいかな」

「その話なら、」

 二人で話していた背後から、ぬっとカシェが顔を出した。二人は、郵便局のすみで話していた。

「この町のみんなはだいたい知ってるんじゃないか? ここは地底にも近いし夢魔と騎士との戦いのことを知ってる妖精も多いんだ」

「そうなんですか?」

「ああ。北の地底へと飛び立った夢魔の主を追った騎士たちは、ここで船に乗った。夢の力を温存するために空を飛ばないようにしたんだ。けれど帰ってきた船は一隻だけ。帰ってきた妖精は、船を操っていたガウリィと、弱りきった五人の騎士だけだったよ」

 こころと優利は言葉を失い、さっとガウリィへ目を向けた。ガウリィは、カウンターの内側にある机について、一心不乱にペンを動かしていた。

「乗っていた騎士の中には大変高名な近衛騎士もいた。ラビーという騎士だ」

「えっ……ラビーさんが……!?」

「ガウリィはあの方をいたく気に入っていた。この国がこんなことにならなければガウリィは郵便屋にならずに、あの方の弟子として修行を積んで、騎士になっていたかもしれない」

「だから……ガウリィさんは戦おうとしてたんですか」

 優利は、ガウリィの横顔を見ながら言う。そもそも、優利はずっと不思議に思っていたのだ。騎士でもない、郵便屋のガウリィがどうして夢魔と戦おうとしていたのか。

「ガウリィさんは……復讐しようとしていた?」

「さあ? 僕は違うと思うけど、本人に聞いたわけじゃないからなあ。まあ、あのときのことが理由だってのは確かだろうし。機会があったら聞いてみればいいんじゃないかな。あ、何か分かったらこっそり教えてよ」

 後ろ半分は適当に聞き流しながら、優利は、ガウリィの気持ちに思いを馳せた。いったい、どういう気持で弱った騎士たちと連れ帰ってきたのだろう。地底から帰らなかった妖精たちを思い返して、どんな気持ちになっただろう。

 優利には少しだけ分かる気がした。こころがずっと、ミカやラビーとの別れを悲しみ、いたんできたように、優利は後悔と怒りを感じていた。もっと何かできたかもしれない。あるいは、何もできない無力さが、そんな気持ちを抱かせるのだった。


 こころと優利が見守る中、ガウリィは手紙を書き上げた。五通の手紙は白い封筒に入れられ、しっかりと封をされた。そのうちの、二通をそれぞれこころと優利が受け取る。

「いまから、このイリの島以外の島々に、手紙を届けます。ココロさんはニリの島、ユウリさんはミリの島をお願いしますね」

「はい。郵便受けに入れればいいんですよね」

「ええ。さっきお話したとおり、手紙を出すお宅は分かりやすい特徴があります。出る前にもう一度、確認しておくと……ニリの島のガーギさんの家は、魚の風見鶏。ミリの島のガビルさんの家は、家の前の大きな水瓶が目印ですね」

 その他、色々なことを手短に話し合うと、三人はいよいよ、嵐の止まない外に出た。

「気をつけて!」

 郵便屋のカウンターの中から、ディエが声をかけてくれた。「必ず戻ります!」とガウリィが言い、そしてドアは閉まった。

「さあ、行きましょう! まずはニリの島へお送りします」

 三人は、横殴りの雨を受けながら、小走りに道を下っていった。水没の度合いや、坂を下る水の量は酷くなっているような気がした。そんな中でも、ガウリィは足をほとんど取られることもなく進んでいく。

「ずっと、この町はこんな調子なんですか?」

 優利が声をかけると、ガウリィは歩きながら答えてくれた。

「ここ最近は特に酷いですよ。もうこの島じゃ、妖精は生きていけないかもしれません」

「そんなに……ですか」

「雨はまだ平気です。でも、太陽の光が無いんです。私たちは妖精であって人魚じゃないですから、海の底みたいな暗闇の中では、ずっとは生きていけません」

「……あの、全然関係ない話なんですけど……人魚って、妖精の国にいるんですか?」

「人魚はいませんよ。だって人魚は、人魚の世界の生き物ですからね」

 笑って言われた言葉に、こころは少しだけ喜んだ。いつか会いに行けるかもしれない。けれどそれは、この妖精の国を出て行った後のことだ。そう考えると、浮かんだ喜びはあっさりと沈んで消えてしまった。


 三人は、港にある船に乗った。郵便屋の船を操るのはガウリィだ。五つの島に囲まれた海は、外の海より多少は穏やかで、今度は優利も船酔いせずに済んだ。

 船は白波を突っ切って進み、ニリの島に着いた。そこでまず、こころが降りた。こころと優利はそれぞれ、先に島に降りて手紙を届け、残りのヨリの島とゴリの島を回ったガウリィが、二人をまた船で迎えに行く予定だった。

「どうかお気をつけて!」

「はい! 優利と、ガウリィさんも!」

 ニリの島の港で、こころは二人に一時の別れを告げた。ニリの島は、イリの島と同じように、やはり町中水浸しで、しかも港がイリのものより小さい分、本当に海に沈んでしまっているようだった。

 こころは一人で、水の町を歩いていく。とても心細かったが、預かった手紙のことを思えば、そこに込められたガウリィの気持ちを思えば、足は自然と前に進んでくれた。

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