第41話C.o.D ~果たすべき誓い~ Part.6
広場の騒ぎに比べれば小規模である。しかしながら規模の大小と重大さは必ずしも一致しないものであり、通りで起きている騒ぎもまた看過できない内容だった。なにしろ魔族に汲みした咎で捕えられていた男が脱走し、あろうことか騎士団員を人質にしているともなれば、大事であることはわざわざ口にするまでもないだろうし、現場に現れたウォーレンが困惑したのも当然といえる。
いざ到着してみれば十名近くの兵士がグリムを取り囲み、当のグリムはといえば組み伏せたハンナの首に剣をあてがっているのだから――
「これは……、一体どういうことですか、グリム殿」
「已むにやまれずってやつだよ。とにかく連中を下がらせてくれ、どいつもこいつも興奮しっぱなしで話にならねえ」
「人質を取られていれば当然です。……ハンナ隊長の具合は?」
「肩外しただけだ、ピンピンしてるさ」
その証拠に、グリムに押さえつけれている彼女は、悔しさに顔をしかめてウォーレンを見上げていて、彼が来るまでは『私に構わずグリムを斬れ』と吼えていたくらいである。今だってもしも自由になったのなら、即座にグリムの首を絞めに掛かりそうだ。
「確かに無事な様子だ。グリム殿、部下を下げたら貴方も武器を下ろしてもらえますか」
「ここまで拗れちまったらすんなりとはいかねえよ、あんたとの交渉次第だな」
面の皮厚く嘯くグリムを、だがウォーレンはしっかりと見極めて、周囲の兵士達に武器を下ろすよう命じ、そして続ける。
「全員、持ち場に戻り戦闘に備えなさい。ここは私が引き受ける」
「しかし、ウォーレン騎士団長――」
「我らの使命は陛下と市民を守ることにある、騎士団の務めを果たしなさい」
それは命令というよりも鼓舞に近い言葉であったが、兵士達は揃った敬礼で答えると駆足で持ち場へと向かっていった。ただ一人、ウォーレンと一緒に来た兵士を除いてではあるが――
「グリム殿、彼には残ってもらいますが構いませんね。伝令が必要になるかもしれませんので」
「いいさ、これでもだいぶ落ち着ける……ってワケでもねえか。さっきの警鐘は?」
「魔王軍です。街の外に現れました」
「……メアはどうした。処刑台の焔以外、こっからじゃ見えなくてな」
「街を守りたいという彼女の申し出を陛下がお受けなさり、先陣として壁の外へ。今頃は魔王軍と相対しているでしょう」
「あの馬鹿……」
メアならきっとそうするだろうと予想は出来ても、どうするかを考えるより先に悪態がグリムの口を突いた。軍勢相手に単身でやりあおうなんて、馬鹿という他ないのである。
「……敵勢は?」
「約三千。伝令によれば、獣魔族を中心とした編成で、大型の魔物も数匹確認されています」
「連隊規模じゃねえか、メアでも無理だ」
「そうでしょうか。彼女の魔力があれば、戦闘になったとしても敗れるとは考え難いのでは」
「全快のあいつなら確かに楽勝だが、いまのあいつは消耗しきってる。魔力だって全快時に比べればみそっかす程度しか残ってねえんだ。いいかウォーレン、メアが抜かれたらこの城も落ちるぞ」
「貴様! 団長率いるアヴァロン守護騎士団を愚弄する気か⁈」
グリムの下でハンナが怒鳴る。
組み伏せられている割にはやはり元気だ。
「我らには千の騎士団員と難攻不落の城壁がある。これまでも幾度となく魔王軍の攻勢を跳ね返しているのだ、決して落とされなどするものか!」
「そうは言うがよハンナ、その騎士団員は半分近くが新兵だろ。城は守れても戦の度に兵士は減る、そうなりゃ練度も質も維持は難しい。一度抜かれたら最後、魔王軍は止められねえぞ」
「ならば我らは死力尽くして戦うのみですよ、グリム殿。どれほど厳しい状況にあろうとも、我々は命にかえても国を守ると誓ったのですから」
淡々と語るウォーレン。グリムはその姿に、まさしく騎士の精神を見る。
気高く、高潔で、誠実。同じく剣を握る者であるのに、およそ自分とは異なる世界の存在であるかのように彼は感じ、だが同時に懐かしさを覚えていた。
語り口、そして言葉選びは異なるが、ウォードも同じようなことを言っていて、だからこそグリムは思うのだ。
――こういう奴こそ、無駄に死なせちゃならないと。
「なぁウォーレン、あんたが守りたいのはどっちなんだ。王か、それとも民衆か」
「アヴァロン王国のすべてです。陛下なくして国はなく、民草なくして国もない。ならばこの使命に私は命さえも捨て、いかなる手段も用いるでしょう」
その返答に、グリムの口元が自然と緩む。やはり兄弟、まるで正反対の性格をしているが、ウォーレンもウォードも、根っこの部分はそっくりだ。
「……それなら話は簡単だ、
「どういう意味でしょうか」
「まず俺が戦う。あんたの出番はそれからでも充分だろ?」
「団長、耳を貸してはいけません! この男は助かるためならばどんな嘘でも口にします!」
「うるせえぞ隊長殿、俺はウォーレンに訊いてるんだ。――どうすんだ、時間が勿体ねえぞ。それともなんでもするっていうのは嘘なのか?」
ハンナの身体を抑えつけてグリムが返答を迫ると、ウォーレンは逡巡の後に口を開く。その言葉には苦渋の色が滲んでいるが、染みだしている理由は彼にしか分からないだろう。
「いいでしょう、グリム殿。ですがまず、ハンナ隊長を解放してください。貴方の要求にはその後に応じると約束します。信じていただけますか」
「誇り高い騎士団長の御言葉だ、疑っちゃあ悪いわな」
言うが早く、グリムは剣を捨ててハンナの拘束を解くと、数歩後ろに下がってウォーレン達から距離を取った。
「これで満足だろ? さぁ、次はあんたの番だぜ」
「ええ、分かっていますとも」
ウォーレンはハンナを立ち上がらせてると、控えさせていた伝令を呼びつけた。
「スタン君、グリム殿の装備を運んできてくれ。詰め所の保管庫にあるはずだ」
「了解しました!」
スタンと呼ばれた伝令は、力強く敬礼すると城へ向かって一直線に駆けだしていき、グリムはその後ろ姿を、首を回して見送っていた。僅かな疑問も不満も持たずに命令に従う伝令の姿勢には感心するがしかし、真に驚くべきはウォーレンの方だろう。
「あんたもしかして……、部下の名前ぜんぶ記憶してるのか」
「まだ全員ではありませんが努力はしています。階級に違いはあれど、国を守りたいという志は皆同じですから」
言葉にはしなかったが、グリムはいたく感心していた。
強く賢い騎士はいくらでもいるだろうが、部下をここまで思いやる騎士は珍しいのだ。事実、グリムが出会ったことのある騎士の大半が、騎士以外を人間として扱わないような者ばかりであり、そういう輩の下で戦う煩わしさも厭と言うほど知っている。
まぁ、それはそれとしてだ――
「お次は枷を外してもらえると嬉しいんだけどな」
「すでに外してありますよ、グリム殿」
そう言われても手枷を出しているグリムの眉根は寄るばかりだが、次の瞬間に手枷が真ん中から二つに割れれば、寄った眉根も持ち上がるというもの。がらんと跳ねた残骸を見つめる彼の顔は、明らかに驚いていた。
ウォーレンの剣が斬ったのだ、目にも止まらぬ早業で
そうと分かればただただグリムは呟くばかり。
「……やるな」
「恐縮です」
強かな微笑みをたたえたウォーレンは、小さく会釈を返したのだった。
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