第37話 C.o.D ~果たすべき誓い~ Part.2

 ウォーレンの案内で城を周りはしたが、その際に通った廊下でないことは確かだ。


「さぁて、出口は……」

「こっちですよグリム、付いてきて下さい」


 声を落として先導するテューレに、グリムも足音を殺して追従する。

 この小さな妖精――もとい宇宙人――のなんと頼もしいことか。どうやら彼女は、城から脱出する最短ルートを頭に入れているらしく、先導に迷いがない。しかもだ、持ち前の身体の小ささを活かしての安全確認が、また抜群に役立っていた。


 角の先に誰かいるのか、その覗きこみはグリムならば見つかる可能性があっても、テューレが顔を出すぶんには、まず発見される心配が無いのである。

 ただし、その便利さは見方を変えれば脆さに繋がる、テューレの小さな身体では子供相手だろうと勝てはしないのだから……


「テューレ、もし見つかったら俺に構わずさっさと逃げろよ」

「イヤです。見捨てるなんてしませんよ、絶対に」


 テューレはきっぱりと断った。

 やはり見た目によらず頑固であるがしかし、グリムにもそう提案するだけの理由がある。


「助けてもらった手前こんなことは言いたくねえが、戦いになったら足手纏いだ。両手繋がれて魔力も塞がれてちゃ、自分の面倒だけで手一杯なんだよ」

「面白い冗談ですね。一杯どころか、水も掬えないんじゃないですか? そんな状態じゃ」

「マジで言ってんだ、お前が捕まっても助けようがねえ」

「私だって本気ですよ。メアちゃんを助けるには貴方が必要で、世界を救うには二人が必要なんですからね。それに私だって自分の身は自分で――」


 言いさして振り返っていたテューレは、グリムの背後で開いた扉に背筋が寒くなる。

 前方は警戒していたが通り過ぎた扉は無警戒で、その部屋から出てきたメイドは二人の姿を見るなり、動揺して大きく息を吸い込んでいた。


「待て待て待て……! 落ち着けって、何もしやしねぇから……!」


 とは言うものの、手枷をしたグリムの姿は明らかな脱獄囚なので、宥めようとしたところで逆効果。硬く目を瞑ったメイドは、助けを求める悲鳴を――


「《安らぎの眠りをレスト》!」


 ――……上げなかった。


 紙一重の差でテューレが魔法を唱えるのが早く、メイドは悲鳴をあくびに変えてフラフラと身体を壁に預けると、そのまま床に座り込んだ。


 テューレの反応の早さ、そして魔法の正確さにはグリムも感心するばかり。もしかしなくても、補助系魔法に関しては彼女の方が一枚上手で、彼は思わず「やるな……」と溢していたのだった。

 正直に言って侮っていたと言わざるおえず、テューレに対する考え方を改める必要があることもグリムは感じていたのだが、それを彼女に告げるよりも先に、彼女の身体に起きている異変の方が気になってしまう。


 テューレの肉体は……いや、スライム状であり鉱物っぽくもあるので肉体と表するのか怪しいが、とにかく彼女の身体は透明感のある翡翠色をしていたはずなのだが、今の彼女は放置された水槽の緑水みたいに澱んでいて、何らかの異常をきたしているのが明らかだった。


「おい、テューレ……」

「大丈夫ですよ。貴方もたくさん走ったりすると疲れるでしょ? それと同じです。私のエネルギー源は、この世界でいうところの魔力に当たりまして、その魔力を消費して魔法を使っているので身体が濁っているだけです。しばらくすれば戻りますよ」


 それを聞いてグリムはとりあえず安心したが、残念なことに胸を撫で下ろす暇までは与えられなかった。

 事態の変化に気が付いたのはテューレの方である。


「あっ! いけない、グリムッ!」

「んぁ⁈」


 彼女が指さす後方を振り返れば、そこには眠らされたメイドが座り込んでいる。それだけならば問題ないし、むしろ望むところなのだが、事態は明らかにまずい方向に流れていた。

 眠りこけているメイドのすぐ横には木製の花瓶台が置かれていて、花瓶台と呼ばれるからには当然、花を生けた花瓶が飾られている。


 さて、大変のはここからである。


 そんな花瓶台に向かって、眠っているメイドが倒れ込んでいったらどうなるかは、想像に難くないが、グリムもテューレも、止められる距離にいないと察していたため、倒壊していく花瓶の動きを口を開けたまま見送るばかり。ようやく二人の時間が動き出したのは、花瓶の破壊音が盛大に反響したのを聞いてからだった。


 石壁に床も石造りだ、城中に響いたと考えてもいいだろう。

 となれば――


「逃げるぞ!」

「元々逃げてたでしょ!」


 駆けるグリムに先行してテューレが次の角を確認していく。しかしやはり花瓶の音は響いていたようで、怪しんだ甲冑の足音がそこかしこから聞こえはじめ、ついには甲高い笛の反響までもが追ってくる始末である。


「グリム、今のはなんです⁈」

「警笛だ。メイドか、それとも牢屋の方か。とにかく脱走がバレた」


 脱走がバレれば兵士達は当然警戒する。下手をしたら跳ね橋を上げられかねないので先を急ぎたいところなのに、次の角を確認しに行ったテューレが慌てて戻ってきた。


「駄目ですグリム、こっちからも兵士が来ます!」

「窓だ! とにかく外に逃げるぞ」

「でも隠れる場所が……」

「挟み撃ちにされたら詰みだ、逃げ回れるだけ外の方が――」

「貴様ッ! そこで何をしている⁈」


 位置まで割れたらいよいよマズく、グリムは兵士に詰め寄られるよりも先に窓を破って外へと逃げる。外とはいってもまだ塀の内側にある庭へと転がり出したに過ぎないが、それでも開けているだけ城内よりマシだ。


「テューレ、メアのとこまで案内しろ! 上空からなら相手の動きも見える!」

「は、ハイです!」


 なんて、それっぽい理由を付けてテューレを避退させたはいいが、グリムにだって余裕はない。城を囲んでいる堀を越えて城下町へと至るには跳ね橋を渡らなければいけないが、そこまではどうしたって正面突破するしかないのである、しかも枷を嵌めた状態で。


 しかしそれでも、グリムは走った

 上空に舞い上がったテューレの示す方向へ

 正面には鎧を纏った衛兵達が数名見えるが構うことなく突っ込んでいく

「止まれ」と言われようが足は前へ

「抵抗するな」と言われようが耳に栓


 そのまま囲い込もうとしている衛兵達に向かって突撃していったグリムであるが、その捨て身の覚悟が功を奏していた。彼は手を繋がれ丸腰かつ単独の脱獄囚で、衛兵達は完全武装かつ数的有利、誰がどう考えたって勝敗は明らかな構図であるにも関わらず、グリムには僅かばかりの恐怖もない。


 突破すると確信している力強い眼差しにみなぎる気迫、或いは狂気が、絶対的有利になるはずの衛兵達を僅かにだが怯ませる。無論、そうして生じた隙は極々小さなものであったが、その一瞬がグリムの無茶を通すのに役立っていた。

 振るわれる剣戟がグリムの前髪を掠める

 まかり違えば頭部に食い込むはずの刃は空を切り

 初撃を躱したグリムは回るように体を入れ替えて包囲網をすり抜けた・・・・・


 そう、なにも倒す必要はないのだ。

 彼にとって重要なのは城下町へ抜けてメアを助けることであるから、そういう意味では城の警備あたっている衛兵達が完全武装していたのは、ある意味で好都合であった。


 単純な話で、鎧は重たい。

 防御力が高いため、激しくぶつかり合う戦場や敵を迎え撃つ城の警備においては重宝されて然るべき装備と言えるだろうが、その防御力の代償として足が死ぬ。つまり、ひたすら逃げを打つ相手には相性が最悪なのだ。


 枷こそ嵌めてはいるがグリムは軽装も軽装、武器はおろかコートとスカーフまで剥ぎ取られている状態だから身は軽く、重装の衛兵などは一度抜き去ってしまえば簡単に引き離すことができ、そして思いの外容易く跳ね橋を渡りきることが出来た。


 ただし、簡単に抜け出せた分だけこれから大変だろう。城の警備が緩かったのは、メアを処刑するために王が城下町の広場に出向いているからで、王が城から出ているということは、その近くを兵士が固めているということ。


 そして処刑台のある広場の状況は、上空から降りてきたテューレが教えてくれた。


「グリム! 大通りは民衆と兵士だらけで、とてもじゃないですけど直行は無理です!」

「魔王女の処刑となれば、そりゃあお祭り騒ぎだろうよ。妙案は?」

「裏路地を。大通りから外れた道は入り組んでいます、追っ手を散らしながら広場まで行けるかもしれません。私が上空からガイドします、見失わないでくださいね!」

「声を張ったら向こうにも聞こえるぞ、指示はどう出す」

「私の故郷で造られた魔法があります《伝心コネクト》!」


 たぶん魔法をかけられたのだろうが、聞き慣れない魔法であるためにグリムはその効果が分からず眉を顰めている。


「どんな魔法なんだ、いまのは?」

「声を発する代わりに、大気中の魔力の波に乗せて意思を伝える魔法です。私からの一方通行になりますけど、それで充分でしょう? 効果のほどはすぐに分かりますよ」


 言うがはやくテューレは再び上空へと舞い上がると、グリムを先導し始める。それは、脳内に直接語りかけてくるような不思議な感覚であったが、音を発しないため非常に有効だった。


 城下町にあるような裏路地は複雑に入り組んでいるのが常で、初めて歩く者には迷路と呼んで差し支えない複雑さなのだが、上空からの目があれば話は別、テューレの的確な道案内と、事前の警戒で兵士の見回りも避けつつグリムは全力で走り続けた。

 建物ばかりでグリムからは広場の位置はまるで不明だが、聞こえてくる歓声と熱気から近づいているであろうことは分かる。

 広場までは、もう数分の距離だろうか。


『グリム、正面に見回りです。次を左へ』

「はいよ」


 テューレには聞こえないと分かってはいても、返事が口を突いてしまっていた。だがまぁ、上空の彼女はそんなことを気にしている余裕は無さそうである、グリムの脳内には慌てふためく彼女の心がイヤと言うほど聞こえていているのだから。


『あぁ! 隣の路地に見回りです! 次は右、えっと、それから……ッ』

「頼むぜ、テューレよぉ……」

『さっきまでまばらだったのにドンドン兵士が近づいてきてる、どうしてこんな急に……。あっちは駄目、こっちも駄目……えぇっと、えぇっと』


 何とかルートを探しだそうとしている彼女を、縋るようにグリムは見上げていた。正直、上からの目がなければ彼は迷子も同然で、余計な時間を食うばかり。しかも尚悪い事に、無駄に喰っている時間は無いときている。


 裏路地のそこかしこから響いてくる金属の足音に、グリムは指示を待たず動きだしていた。

 慌てるテューレを責めるつもりはない。


 上空から相手の配置を見て指示を出すだけといえば簡単に聞こえるだろうが、その判断を下すには瞬時に場を見極める視野の広さと、迷わずに指示を発する判断力が求められるのだ。しかも、その両者を思考を介さず感覚で下す素早さまで求められる、こういった状況に不慣れであろうテューレにはそもそも荷が重い役目でもあった。


 だからグリムは現場に身を置く自身の判断を信じ、足音を避けて裏路地を駆けていく。

 ときに伺い、ときに身を隠し、そうやって兵士の目を盗んでは走り続けて、するりと通りに抜け出ることに成功したのだが……


「やはり脱けだしたか、グリム」


 呼び止めたのは硬い声。

 広場へと繋がる通り。そこにはあの女騎士、ハンナが立ち塞がっていた。

 腕を組み、仁王立ちしている彼女から向けられている嫌悪の視線は殺意混じりの強烈なものであるがしかし、グリムは肩を竦めて見せたのだった。

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