その三十一 初詣
クリスマスから一週間が過ぎた。まだ、捺稀さんから連絡がない。
僕は考えた。今までのように待っているだけでは事態は動かない。彼女が抱えている問題が何にせよ、僕にだって何らかの力になれるかも知れない。何度かメッセージを送ってみたがはぐらかされるばかりで要領を得ない。
都合が良い事に今日は元旦、クラブの皆と初詣に参る事になっている。捺稀さんからは参加の返事はもらってなかったけど、部長の立場を強調して誘ってOKをもらった
だから、こうして彼女の自宅に迎えに来たところだ。
「こんにちは、
「いらっしゃいませ。東雲さま。お嬢様は後少しで準備が終わると思いますよ」
捺稀さんの自宅で応対に出てきたのはお手伝いさんの末永千尋さんだった。元旦だと言うのにこの人は仕事をしているのか。いつものように丁寧な挨拶をしてくれる。丁寧過ぎるぐらいなのでむず痒い思いがする。
「そう言えば、ハロウィンの時の捺稀さんの衣裳、千尋さんが縫ったんだそうですね。凄いできでクラブの皆が絶賛してましたよ。僕もすごいと思いました」
「ありがとうございます。お嬢様はあまり学校での事は話されないので、教えていただいて安心しました。そうですか、皆さん喜ばれたようで痛み入ります」
玄関で話し込んでいたら捺稀さんのお母さんの
「あら、東雲くんいらっしゃい」
「
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
「明けましておめでとう。今年もよろしくね。
捺稀ちゃん、もう少し掛かると思うからそんなとこに立ってないで上がったら」
「おじゃましまーす」
応接室に通されて、お茶をいただいて少し
「今日は捺稀を誘ってくれてありがとうね。あの子、ここのところ元気なくて、学校の皆さんと会えば気分転換になると思うの」
「あのー、捺稀さん。このところ元気がないって、どうしたんですか。クリスマスイブに会った時には、楽しそうにしてたんですけど、ちょっとした事で僕が怒らせてしまったようで……」
「そうだったの。大丈夫よ。あなたの所為じゃないから。理由は捺稀から直接聞いてね。私からはちょっと説明し難いから」
「そうですか。判りました」
「お嬢様の用意が整いました」
「真仁くん。明けましておめでとう。今年もよろしく。
お待たせしました。さあ、出掛けましょう」
「明けましておめでとう……」
僕は言葉を失った。ソファから勢い良く立ち上がり捺稀さんに見入る。
朱色を基調とした花柄の振り袖、黄色基調の帯を締めている。羽織は濃い朱色で黄色い小花模様だ。さすがに和装は勉強していないので名称とか判らないけど、とても素敵で目が離せない。髪は結い上げて髪飾りとは別に僕があげた髪留めを付けている。
だまって見入る僕に照れたのか捺稀さんはそっぽを向いた。
「ふ、ふん。何か言ったら」
「捺稀さん。とても素敵だ。写真撮っても良い?」
「いいわよ」
スマホ取り出して何枚か写真を撮る。
「ほら、一緒のところ撮ってあげるからそれ貸して」
すごくニヤリとした微笑みを浮かべた
「あ、そろそろ行かないと待ち合わせに遅れちゃうよ」
「そうだね。では、捺稀さんをお借りします。あとで、必ず送り届けます」
「行ってらっしゃい。楽しんで!」
慌ててお
待ち合わせ場所にはもう皆は揃っていた。着物を着馴れないうえに草履のためゆっくりとしか歩けなかったんだしかたない。
「明けましておめでとう。遅いぞもう皆揃ってる」
上部が声を掛けてきた。予想通り上部は和装で羽織も決まって格好良い。こいつは和装で来る気がしてたんだ。堤野さんも和服でこちらは水色を基調とした花柄の振り袖、朱色の帯を締め紺の生地に波模様の羽織を羽織っている。
積田さんはもこもこの白いダウンジャケットにグレーのタイトミニスカートに黒いストッキング、ピンクのスニーカーを履いていて、やっぱり小動物っぽい。
水科さんと染井君は僕と同じで制服で来ている。三人は視線を交わし、制服できた事の後ろめたさを共有していた。
「「「明けましておめでとう。今年もよろしく」」」
皆で新年の挨拶を交わし、記念写真を撮った後に神社に向けて移動を始めた。初詣は駅の近くの神社に行くのが恒例になっていて、夏祭りがあった神社とは違い駅から歩いてすぐにある。
神社に着くと人で溢れていて身動きもできないくらいだった。列に並んでゆっくり進んでいく。はぐれないように差し出した僕の手を捺稀さんはしっかりと握ってくれる。まるで、手を離したらどこかに行ってしまうか恐れている子供のようだった。
順調に人の波は進んで、ふたりで並んでお参りをした。
僕は、心の中で捺稀さんとずっと一緒にいられる事をお願いした。後で思えば僕にも何かの予感があったのかも知れない。
神社の鳥居の前でもう一度記念写真を撮り、最寄り駅まで戻り皆でファミレスに入った。終業式いらい久しぶりなので、皆色々と話をした。お年玉の話題や年賀状。
ひと通り話題が終わると、ハロウィンの時の事に話題が戻る。もう何度話をしただろう。同じ話題でもぜんぜん飽きない、皆同じ気持ちであの時はどうだったとか、来年はああしよう、こうしようとか話題が尽きなかった。
堤野さんは放送部の人たちとも待ち合わせていると途中で退席し、僕らもそれから程なくして解散した。
僕は捺稀さんを自宅まで送るため一緒に歩いていく。最初の告白をした児童公園まで辿り着いた。
「そうだ。この公園の裏に面白いものがあったよ。この間見つけたんだ」
彼女の手を引いて公園と隣接する建物を区切るついたての奥に連れて行った。
「へーえ。こんなのあったんだ」
それは手すりも大理石でできた立派な階段だった。だがしかし、五段程しかなく昇った踊り場の先は壁になって行き止まりになっている。そうだ、トマソンだ。
「うん。僕もずっと知らなかった。この間通りかかった時子供たちが騒いでいたんで気がついたんだ。これなら昇っても怪我する事ないよ」
僕は、捺稀さんの手を引いて階段を上っていく。てっぺんまで昇って踊り場で手すりに腕を突いて捺稀さんの瞳を覗き込んだ。俗に云う壁ドンの姿勢になっていた。
眼鏡越しの彼女の緑掛かった瞳には僕自身が写り込んでいた。
「捺稀さん。捺稀さんは何かに悩んでいるんだよね。それは何、僕にも教えてください。僕には解決する事はできないかも知れない。でも一緒に悩む事はできるよ。だてに捺稀さんの親友を名乗ってない」
言葉を切り捺稀さんの瞳をのぞき込み唇をぎゅっと結んだ。そして、ずっと言いたかったひとことを告げる。
「そしてできれば約束を破る事を許して欲しい」
捺稀さんの目が驚きの表情になり涙が滲む。
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