その十九 前夜祭

 うちの学校の文化祭はなぜ六月にやるのか不思議で、だって梅雨の時期だから、雨が降ったら校庭のダンスパーティーは中止になっちゃうのに。と思っていたら、堤野さんが教えてくれた。

 彼女も不思議で先輩に聞いた事があるらしい。その説明では、創立から続く伝統で、前夜祭はなぜか雨が降らないそうだ。梅雨の中日に当るのか判る限り雨の記録はないそうだ。


 不思議な事もあるものだ。


 ああ、いけない。日常の場所である学校で、非日常の文化祭の時だといえ、あまりに現実離れした状況で現実逃避していた。


 今はそれどころじゃない。目の前にはぴっちりした黒のチノパンに黒の長袖のTシャツを着て黒い無地のバンダナで顔を隠した正体不明の男が立っていて。いやバンダナは今は顔を隠していない、そしてひとつ判っている。二ヶ月ほど前の博物館の遺物盗難事件の犯人だ。


 蹴り倒され床に張り付いた僕に向かって歩き寄ってくる。

 床に倒れたまま逃げようとする僕の首を押さえ屈みこんで顔を覗く。


「まあ、あれだ。こちらもプロだ。素人に舐められたと業界で知られると何かと不都合なんだよ。お前には悪いがしばらく遠いところに行ってもらう。なあに数年もすれば戻ってこられるさ、俺の事件の時効までだがな」


 のどが張り付いて声が出ない、かすれる声を振り絞り懇願した。


「彼女は許してあげて」

「あの娘は彼女か? いやあ、泣かせるね。漢だな。

 だが、見逃す訳にはいかないな。そもそも最初から黙っていればこんなことにもならなかったんだ。

 動くなよ」


 ドスの利いた声が響く、今まではどちらかと言うと軽い声だったが、ドス声に足掻こうとしていた身体の力が抜けた。その上、声首筋に冷たいモノが当り、ぴたぴたと音を立てる。うつぶせで見えない僕は最初のうち何だか判らなかったが、すぐに前に見せられたナイフだと判った。


 頭の中心をキンと何かが通り抜け、身体が縮こまった。恐怖で身体が動かない。

 何とかしなければと心は焦るばかり。僕はどうなっても彼女を逃がさなければ、思いはするが状況を変える方法を思いつかない。


 男は僕の襟首を掴み立ち上がらせようとする。

 5メートル先の階段にライトのちらつきが見えた気がした。


「だれか、助け……」


 咄嗟に助けを求めたが、緊張で張り付いたのどからはかすれた音が出るだけだった。言葉になる前に背後から口を押さえられてしまった。


「おっと、首筋のナイフは飾りじゃないぞ。黙ってろ」


 ひざで首を押さえられ、押し殺した声で恫喝される。息が苦しい。

 誰でも良い、助けて。階段の明かりに希望をつなぐ。だが、そんなことは許してくれない。


「さあ、立て。部屋に戻るぞ、気がつかれたら残念なことになることは覚悟しておけ」


 僕を引き立て準備室のドアに向かって押し出した。

 その時だった、講義室の方でバタンと大きな音がして、ピーと甲高い音が響いてきた。捺稀さんの悲鳴が響いて、講義室のドアが勢い良く開く。薄暗い廊下にミニスカート姿の影が飛び出す。


 捺稀さんと目が合った。薄暗くて目なんか見えるはずないのに確かに視線を交わした。

 驚愕の浮かぶ瞳が状況を察する。二歩ほど近づいてきて立ち尽した。その瞬間僕は捺稀さんに向かってダッシュした。ハンチングの男にはシャツをつかまれたが左手のギプスを吊っていて袖に通していなかったためかシャツが簡単に脱げて逃げ出せた。彼女を壁際に押しやり体で庇う。


「捺稀さん、大丈夫? 怪我とかしてない?」

「うん、大丈夫」

「おう、東雲か、よかったまだいたんだ。なんだどうした?」


 緊張感のない声が響いてきた。目をやると薄暗いあかりの中に見覚えのある影が立っている。


「上部気をつけろ。こいつは泥棒だ、それにナイフを持っている」


 僕の声に上部に緊張が走り警戒するのが判った。その後ろにはライトを持つ影が、あれは警備員じゃないか。上部グッジョブ。なんて思う余裕が出てきた。


 応援が増えた事で心に余裕ができたんだ。だけど状況は予断を許さない。ハンチングの男はナイフを構え上部に視線を投げながらもゆっくりと僕らの方に近寄ってくる。黒い刀身のナイフが非常灯の光を反射して暗闇に光る。上部の事を警戒しているように見えるが、所詮上部は素手だ、さして注意を払ってはいないのだろう。

 期待の警備員は警棒を持っているが、完全に臆しているのが丸分りだ。腰が完全に引けており、上部の陰に隠れる位置に立っている。これは、だめだと諦めの気持ちが起きる。


 捺稀さんを追いかけていた男も講義室のドアから姿を見せる。挟まれる形だまずい。


 上部は慎重に近寄ってくる。


「お前達、大人しく観念しろ。警察には連絡した。もうすぐ来るぞ」


 警備員が呼びかけるが、その言葉に男達の顔に僅かな焦りが浮かぶ。


「いやいや、まだ余裕があるでしょ。さっさと片づければ逃げる余裕は…… おっと、動くなよ。おい、例のものは?」


 もうひとりの男が手に持つものを掲げて示す。あれは! ケルトの装飾剣。あれが目的か。


「ああ、手に入れた。とりあえずは用は足りた」

「そうか、厄介は残るがここは引くに限るな」


 捺稀さんが飛び出して叫ぶ。


「それは、先生のものよ! 返して」


 装飾剣を持つ男に突進する。


「おっとそこまでだ」


 ハンチングの男が捺稀さんの進路に割り込んで止めようとする。手に持つナイフが光る。


 全てが一瞬の事だった。僕の身体は自然に動いていた。トマソンから落ちた時と同じだ。時間の経過がゆっくりになる。


 ハンチングの男が捺稀さんに迫る。

 ふたりの間に自分の身体を押し込む。

 ハンチングの男が僕に迫り、激突する。

 腹に強い衝撃を感じた。目を落とすとナイフが僕の身体に向けめりこんでいく。

 静寂の世界で事の進行だけが知覚できる。

 何が起こっているか理解する間もなく後ろに倒れ込む、見上げると何か叫びながら上部が走ってくる。一歩二歩三歩で大きく飛ぶ、空中を飛びながらハンチングの男の後ろ頭を蹴り飛ばすのが見えた。僕が床に倒れるとの同時にハンチングは勢い良く床に頭を打ち付けるのが見えた。全てがゆっくりと動いている。


 僕が床に倒れると同時に、時間の流れが元に戻り、静寂が破られる。


「おい、東雲! 大丈夫か」

「真仁くん……」


 絶句する捺稀さんの顔が目に入る。顔に恐怖が張り付いている。彼女には僕が刺されるのが見えていたのか。


「うう、刺された」


 腹に目をやるとナイフが突き立っている。あれ、でもおかしい。痛くない。


「あれ、変だ。痛くない」

「そんな事ないでしょ。確かに……」


 よく見ると、ナイフが突き立っているのは身体の前の白い塊。左手のギプスの上半分にナイフが刺さっている。


 捺稀さんが大きく息を吐く。


「よかったぁ、力が抜けた。なーんだ、心配して損した」

「えー、損って事ないでしょ」

「だって、ものすごく心配したんだよ。すごく怖くて、真仁くんが死んじゃったらどうしようって」


 使える右手だけで体を起こすと彼女が支えてくれる。彼女の体温と甘い体臭に緊張が緩んでいく。今度は柔らかい彼女の身体の感触で鼓動が跳ね上がる。今度の緊張は気持ち良い。


「てめえ、逃げるな」


 上部がもうひとりの男に向かい合って構えを取っている。知らなかった、上部は格闘技が使えるんだ。格闘技の事は詳しくはないので構えからは種類や流派は判らない。ただ、雰囲気からできる振りをしているんじゃない事は判る。

 結果は瞬間的に決まった。早すぎてよく判らなかったけど、上部の肩が下がったと思ったら身体ごと移動しており、相手の鳩尾に肘打ちが決まっていた。


 相手は、手に持つケルトの装飾剣を取り落とし崩れ落ちた。咄嗟に剣を受け取る上部かっこいい。僕は捺稀さんに支えてもらって立ち上がった。

 床を見ると、ハンチングの男は床に倒れたまま動かない。ハンチングキャップは床に落ちていた。よっぽど激しく床にぶっつけたらしい。警備員が落ちていた結束具で後ろ手に縛っていた。


「君たち、後で事情聞くからまだ帰らないでね」

「「「はーい」」」


 取りあえず返事をして、まず現状を整理する事から始めた。気になるのは展示室の事だ、装飾剣は取り返したが、すごく大きな物音がしていた。


「ねえ、捺稀さん。展示大丈夫かな?」

「あっ、あー。えへへ、アイツから逃げるため四分議で殴りつけて、あと倒したのがある」


 三人で展示室(講義室)に戻り確認してみると。パネルが一台ひっくり返り、展示物が床に散らばっていた。四分議は角が外れて壊れていた。しっかりした木製なんだけど、その直角の角の組み合わせが外れてしまっていた。


「ごめん」

「あらら。これは徹夜案件かな? うん、四分議は直りそうだよ、見たとこ外れているだけのようだから」


 捺稀さんは、いつもなら『テヘぺろ』で済ましそうなところ、さすがにかわいそうなくらい落ち込んでいる。


「しょうがないよ。事が事だからね。これで殴られて相手が怯んだから逃げられたと思うし、わざとじゃないし」

「よし、俺も手伝うから。さっさと修復しようぜ」

「了解!」


 早速、倒れたパネルを建て直し、散らばった展示物を集める。

 気になったので上部に聞いてみた。


「上部君、さっきはありがとう。すごいね。あの蹴り、格闘技とかやってたんだ」

「いいって。仲間を守るのは常識だからな。昔からスパルタな親父の知り合いに仕込まれてて。本格的と言うところまではやってないんだけど、まあ、中級者ってとこかな。試合とか出たことはない」


 そう言ってさわやかに笑う。クラスで埒もなく駄弁る位だったのが同じクラブに入って、捺稀さん絡みでは警戒もしていたけど、こいつはなんて良い奴なんだと見直ししていた。

 上部が僕の顔を見つめて、くいくいと手招きする。なんだろう。


「いいから、耳を貸せ」


 僕がそばに寄ると耳打ちしてくる。


「お前も、根性あるぜ。捺稀ちゃんを身を呈して守ってたろ。中々できないぞ。それでな……」


 言い淀んでいたが、意を決したようだ。


「俺は降りるわ。捺稀ちゃんは普通の子じゃない。本気で根性を入れて、しかも彼女のペースを守ってやらないとならない。俺には無理だわ、ずっと見てて痛感した」


 僕の背中を手のひらで強く叩いた。衝撃はくるが痛くはない。


「まあ、頑張れ。後悔だけはするなよ」

「また、ふたりで内緒話? 手が止まってるよ。本当に徹夜になっちゃうよ」


 捺稀さんにまたまた叱られてしまった。


「男同士の話なんだ。ごめん、すぐ、手伝うよ」


 慌てて作業に戻ると、パトカーの音が幾台分も聞こえてきた。警備員もやってきて、それからは、毎度の事情聴取だ。もう二度目になると馴れたもので、質問にすらすらと答えられる。最初の事件の担当だった刑事が驚き顔で、犯人とのやり取りを詳しく聞いてきた。


 僕は判る限り詳しく説明した。途中から、急遽呼び出された校長や担任も同席した。

 すごく迷惑そうな顔をしてて、建前上責任者として同席していただけなのだろう、後で嫌みを言われた。


 しかもこの事件があってからは、文化祭準備期間でも夜九時までには下校する規則になったんだ。自分たちの責任ではないとは言え、申し訳ない気持ちがする。


 事情聴取が終わったのは夜中の二時を過ぎていた。パトカーで自宅まで強制的に帰されて(徹夜は許されなかった)、親には無茶苦茶心配された。高校生になって三ヶ月の間に警察に二回お世話になって。入院が一回。どう考えても心配されるのは当たり前な気がする。


 次の日、始業時間ホームルーム後に校長室に呼び出されて、事情聴取と言う名のお説教をされた。僕と捺稀さん、顧問の大岩根先生、あと担任が同席していた。


 捺稀さんは部長、僕は副部長と言うことで呼び出されたらしい。

 僕らはと言えば、昨晩の後始末が終わってなくって焦っていたが、そんなことお構いなしに学校側の都合ばかり押し付けてくるのは参った。


「いや、君たちの所為せいではない事は判っているんだけどね。警察沙汰になった上に夜中に呼び出されて、いや参ったよ。風呂から上がって明日に備えてゆっくり一杯でもと思っていたら呼び出されたからね」


 ソファの僕らの対面に座る校長は、額の汗をハンカチで拭きながら続ける。


「君たちに責任がない事は判っているんだけどね。困るんだよ。警察沙汰だろう、文化祭の中止も検討したんだよ。父兄にどう説明するか、今朝の早朝から臨時職員会議でね。いや参ったよ」


 色々と、言い訳しつつ、恩着せがましい事を言い出す。


「生徒達はずっと前から準備してきているだろう、さすがに中止は無理だと言う事で、父兄には文化祭終了後に顛末を報告する事になった」


 あまりの理不尽に捺稀さんが思わず言い返した。


「そんな、実害は何もなかったんですから、それで中止を検討するなんて理不尽ですよ。(文化祭続行)そんなの当たり前じゃないですか」


 校長が顔をしかめ大きな声を出す。担任も目を吊り上げている。


「そもそも、博物館に所蔵されるような値打ち物が、校内に大した警備もなく置かれていて、私がそれを知らなかったと言うのが問題なのです。大岩根君の私物だと言う事だが、何でそんな物を、一介の地学教師が持っているのかね」

「それは申し訳なかったです。私も手に入れたのが随分昔の事ですっかり忘れていたんですよ」

「大丈夫なんだろうね? 盗品とかいわく付きのものとかじゃないだろうね。学校サイトでは随分前評判になっているようだけど」


 そう言って、担任の方を見る。担任は渋い顔で頷いた。


「話題になって、後で問題になると、学校としても困るんだよ。大岩根君の処遇も取りざたされる話になりかねん」


 捺稀さんが口を開く前に僕は慌てて彼女の腕を押さえた。柔らかくて暖かい。ドキッとするが今はそれどころじゃない。小声で彼女に耳打ちする。彼女の首筋から漂い脳を魅了する香りも無視するしかない。


「捺稀さん、今は押さえて。大岩根先生に任せよう。あまり反発すると博物クラブの処遇まで話が及ぶかも知れない。最悪、クラブの解散になったら嫌だから」


 僕は呼び出された時から、最悪博物クラブ解散の可能性も考えていた。堤野さんがこっそり可能性を教えてくれたんだ。昨晩の内に上部を通じて連絡が届いていたらしい、彼女は生徒会にもつながりが深いので情報が深くて早い。


 彼女はどうしてここまで親切にしてくれるか判らないけど、感謝しかない。


「う……、判ったよ」


 捺稀さんも状況を理解したのか留まってくれた。

 その様子を横目で見ていた大岩根先生が頷いて、口を開いた。


「いえ、私の事はどうでも良いのですが、どうせ人気のない授業しかない腰かけのような教師ですから。でも、私の事で、私の子達が悪く言われるのは納得が行きません。『博物学の面白さを皆に伝えたい』という気持ちは、昔博物学を目指した私としても大切にしてやりたい。まあ、私の気持ちはどうでも良いのですが、生徒が自分達だけで考え、自分達だけで行動して企画を実現した。これは教育上から見ても成果ではないですか、この子達には先輩もいないところ独自に考え行動してきたのです。私はその様子を見ていっさい干渉する事はしませんでした。その必要は無いと見たからです」


 意外な言葉に僕たちふたりとも思わず大岩根先生の顔を見る。


「それから、展示される遺物は全て現地で正規の手続きで手に入れたものです。証明書は用意できませんが、日記を調べれば、場所や経緯、価格など詳しく判ります。

 断じて不正な物ではないです」

「大岩根先生がそこまで言うなら。大岩根先生に免じて昨晩の事はこれ以上は言わない事にします。重ねて聞きますが、展示物は本当に違法なものはないのですね」

「大丈夫です、この細い首を賭けてもいいです」

「そこまで言うなら、前評判もいいと言う事だし、突然禁止すると後で父兄への説明でも色々と言われかねません。特段の理由なしとして博物クラブの参加は許可します」


 僕らは顔を見合わせた。捺稀さんの顔も明るく輝く。


「ただし、展示の開始終了時刻はきっちりと守ってもらいます。展示した貴重品は私が金庫に保管しますので今日と明日の終了後必ず私に預けること、それから展示室に警備員を配備しますから、指示には従うこと。大岩根君には文化祭が終わった後別に時間を取ってもらいます」


 あとは警察沙汰になった事の愚痴と嫌みを少し言われたくらいで開放された。


「「大岩根先生ありがとうございました」」


 校長室からの退室後、僕らは先生に深々と頭を下げて感謝を述べた。部活に関して殆ど何も言われなかったのは、僕らの事に関心が無かったのかと思っていたけど、今日初めて先生の考えを聞いて尊敬と感謝の意を感じたのだ。


「先生。もっとクラブの事に口を出しても良いんですよ」

「よしてくれよ。面倒くさい。お前達が何をやるかを見ているほうが興味深く面白い。どうにもならなくなった時に俺に声を掛ければいいさ」

「それって、もっと面倒くさい事になったりしません?」

「まあ、それも顧問の仕事さ」


 そう言って先生は歩き去る。

 僕たちは先生の後ろ姿をしばらく見つめていた。


 よかった。安堵の吐息の後、すぐに気がつく。まだ、問題は残っていた。昨晩の後始末はまだ終わっていない。


「捺稀さん、急ごう」

「そうだね。やる事は残ってた」


 地学講義室(博物クラブの展示室)に急行すると、上部と堤野さんが判る限りで修復してくれていた。


「よう、どうだった? その顔を見ると大丈夫だったようだな。お咎めなしか?」

「うん、大岩根先生が弁護してくれて、校長を説得してくれた」

「へー、あの先生、ショボイ感じなのに」

「それは悪いよ、ぴしっとしてかっこよかったよ」

「さあ、時間もないよ。手を動かそう!」


 捺稀さんが明るい声で部長らしく号令を発する。結局、修復はぎりぎりだった。午前中部員全員で頑張って何とかした。


「普通ならねえ、午前中は準備中の模擬店を廻って見たいところの目星を付けておくものなんだけどさー。折角クラスの準備は余裕で済ませて、放送部の担当分もクリアしたのに、ぶつぶつ」と堤野さんに愚痴をこぼされた。でも積極的に手伝ってくれた。本当にいい人だ。


 準備中にも何人も様子を見に来ていた。どうも昨日の夜の事件の噂が流れて、興味を引かれたらしい。泥棒が入るくらいなんだからすごいものなんだろう、ということは見学に来てくれた人が教えてくれた。


 予想外の事件のおかげもあって、展示は大成功だった。ひっきりなしに観客がやって来て、入室待ち行列が部屋の前から、階段まで続くくらい長くなった。

 しかし、捺稀さん的にはケルトの装飾剣以外はあまり見てもらえず、残念だったらしい。折角面白い事が伝わるように展示を工夫して、説明も判りやすいように頑張ったのに、とこぼしていた。


 とは言え、入部希望者が三人も来てくれたのは嬉しかった。僕らの熱意が伝わったんだもの。


 さあ、後は今夜の前夜祭のダンスパーティーが待っている。このために、片腕を釣っていても踊れる振りは調べた。シミュレーションしたし、こっそり練習もした。捺稀さんにはペアダンスの約束も取り付けているし楽しみだ。

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