第七話 不思議な迷子
「さてと。キヨ。そろそろ駅に戻ろう」
祖父に会えないと分かれば、もうこの『たまゆらの街』にいる理由もない。
「そうだな」
行きは急いで来たけど、帰りはまだ時間に余裕があったのでのんびり歩いて戻ることにした。
しばらく歩くと、だんだんと人通りも多くなってくる。
いつしか道の両側に背の高い建物が並ぶ賑やかな通りまで来ていた。
街の中心部まで戻ってきたようだ。
改めて周りを見渡すと不思議な景色だった。
両側に建つ建物は、時代感がまちまちだ。明治時代を思わせる赤レンガのたてものもあれば、高層ビルもある。そのうえ、庇にはたくさんの提灯がぶらさげられて、街全体をぼんやりと明るく照らしていた。
通りを歩く人々も、みな現世で死んでここにやってきた霊ばかりなのだと思うと、なんだか不思議な感じがした。生きている人間と比べても、外見だけではさっぱり違いがわからない。
そういえばご老人もたまに見かけるが、十代から三十代くらいの人が多い気がする。あと、頭にウサギのような長い耳があったり、尻尾が映えている人もいる。ああいうファッションが流行っているのだろうか。
この通りは祖父の家に向かったときにも通ったはずなのだが、あのときは急いでいたので気づかなかった。
「ねぇ。死んだ人の街というからお年寄りが多いのかと思ったけど、見た感じ若い人も多いのね」
隣を歩くキヨに尋ねると、彼は「ああ」と小さく答えてからにやりと笑った。
「霊は肉体の老化に縛られる必要もないからな。好きな年頃の外見に変えられるんだ。こんな風にもできるぞ」
「こんな風って……あ、あああ!!!」
キヨの頭の上に、いままでなかった獣のような耳がぴょこんと映えていた。
茜の大きな声をあげたものだから、行き交う人たちがこちらをじろじろ見てくる。恥ずかしくなって慌てて自分の口を手で押さえる茜。キヨは、けらけらと愉快そうに笑っていた。彼の頭からはもう獣耳は消えていた。
「言っただろ、肉体がないから見た目なんてどうにでもなるって」
「でも、ケモ耳は反則でしょ!」
ケモ耳姿のキヨ、ちょっと可愛かったなって思ってしまったことは内緒にしておこう。
「お前のじいちゃんだって、ここじゃずっと若い姿してたぞ」
「うわぁ、やっぱりおじいちゃんに会いたかったな。でも、会ってもわからなかったかも」
「そうかもな」
ふわりとキヨが笑う。その横顔を見ていて、キヨは亡くなったとき何歳くらいだったんだろうとふと気になった。
でも死んだときの年齢を聞くのって、もしかしてものすごくプライベートなことなんじゃないだろうか。迂闊に聞いて怒らせても嫌なので、代わりに別の気になっていたことを尋ねることにした。
「そういえば駅で初めて会ったとき、キヨ、一目見て私のことを生霊だって気づいたわよね。見た感じ、死んだ霊の人たちと外見的な違いとかはない気がするんだけど、なんでわかったの?」
「ああ、それか。自分の身体の周りを、よく目をこらして見てみ?」
「ん? こんな感じ?」
言われたとおり目をすがめて自分の手をじっと見てみる。
数秒じーっと見つめて、やっぱり何もないじゃないと文句を言おうとしたときのことだった。
自分の身体からキラキラと光の粒のようなものがわずかに湧き上がっているのが見えたのだ。
「え、なにこれ」
光の粒は手だけでなく、茜の腕や肩、全身の至る所からうっすらと立ち上っていた。
「その光る粒子みたいなのが一際濃くなってるところがあるだろ。そこから光が糸になって続いているはずだ」
たしかに茜の右手の人差し指あたりに粒子が集まっている。なんで今まで気づかなかったのかが不思議なくらいきらきらと光るその指先から、光が糸となって空中に漂っている。その糸は細く長く、見えなくなるほど遠くまで続いていた。
「本当だ……光の糸が続いてる……」
「それが、肉体と生霊とを繋ぐ、命の糸だ。それがあるのは肉体がある証拠。つまり生霊ってことさ。俺たちはとっくに肉体は死んで、糸は切れちまってるからな」
「へぇ、すごい。これでわかるんだ。あ! また消えた」
一瞬キヨに視線を移して、再び右手を見るともうあの全身を纏っていた光の粒子も糸も消えてしまっていた。
「見えなくなっただけだ。意識を集中させないと見えないからな。慣れれば自由に見たり見えなくしたりできるだろう」
言われたとおり、もう一度右手を凝視すると、今度はさっきより短い時間で再び見えるようになった。そのまま辺りを見回してみるけれど、周りを行き交う人たちからは茜のような光の粒子は見えない。もちろん、目の前のキヨからも。
しかし、そのキヨのさらに後ろに立ち昇る一本の光の筋が一瞬、見えた気がした。
「あれ?」
キヨの身体を手で押しのけて、そちらに目をこらす。
「ん? どうした?」
「あっちの方で、私から出ているのと同じような糸が一瞬見えた気がしたの」
「本当か?」
キヨも振り返ってそちらに目をこらす。
「あ、ほんとだ。随分離れてるのに、お前よくみつけたな」
「へへ」
褒められて、茜は少し嬉しくなる。
人混みの間を縫うようにして光の糸が見えた場所に二人で行ってみると、そこには十歳くらいの男の子が一人で佇んでいた。男の子は両手で涙を拭いながら、泣いているようだ。
「あの子で間違いないみたいだな。あれは、生霊だ」
迷子だろうか。先ほどキヨには『たまゆらの街』では見た目と実際の年齢は同じではないと教えられたばっかりだったが、その子は見た目だけでなく中身も幼いように感じられた。
茜と同じように、寝ている間に生霊だけ彷徨いだしてここに迷い込んだのかもしれない。
「私みたいに間違えて電車に乗ってきちゃたのかな」
「そうだろうな。ここから出発する車両は時刻表通りに出るけど、現世から到着する車両は予定通りにつくとは限らないんだ。時刻表通りなら駅を降りたところで俺が確保するんだけど、次の車両が思いのほか早くついちまったみたいだな」
茜は泣いている男の子のところへいくと、身をかがめて怖がらせないように優しく声をかける。
「僕、迷子になっちゃたのかな?」
茜の声に、男の子はびくりと身体を震わせた。そして、おそるおそる目元から手を離すと泣いて赤くなった目で茜を見る。
「おねえちゃ……ひっく……だれ? ……ひっく」
しゃくりあげながら、か細く消えてしまいそうな声で尋ねてくる男の子。茜はにっこりと笑顔をつくる。
「おねえちゃんはね、茜っていうの。ア・カ・ネ。おねえちゃんもね、君と同じようにこの街に迷い込んじゃったんだ。でも、もう大丈夫だよ。あそこの、ちょっと目つきは悪いけど、本当はそんなに怖くないお兄さんがおうちに向かう電車の出る駅まで連れて行ってくれるから。そうしたらおうちに帰れるよ」
後ろでキヨが「誰が、目つき悪いお兄さんだよ」とぶつくさ言っているけれど、気にしない。
でも、男の子は再びボロボロと涙をこぼして泣き出してしまった。
「僕、おうち帰りたくない。おうちに帰っても、パパは帰ってこないもん。前は夜になるとパパが毎日帰ってきたから、僕、ドアのところでずっと待ってたの。でも、何日たっても、どれだけ待っても帰ってこないの。だから僕、こっそりおうちから抜け出して、パパのこと探しにきたの」
パパを探すという言葉に、ドクンと茜の鼓動が大きくなる。パパに会いたいという彼の強い願いは、ついさっきまで茜が祖父に対して抱いていた願いと同じだ。
「パパが、どこにいったかわからないの?」
こくんと、男の子は悲しそうに頷いた。
「いつも、朝、オシゴトに行くの。そんで、夜には帰ってくるの。火ようびはお休みだからずっといるの。だから、パパがお散歩につれてってくれるんだ。……あの日、パパは朝にオシゴトに行ったのに帰ってこない……。僕の頭を撫でて『いってきます』って言ったのに……」
「ママはいないのか?」
と、キヨ。男の子はぶんぶんと首を横にふる。
「ママはいるよ。ミクちゃんもいる。でも、パパは帰ってこない。ママが、パパはお星様になっちゃったのって、パパの大きな写真を持って泣いてた。だから、ママのためにも、ミクちゃんのためにも、僕、パパを探しにきたの」
そこまで聞いてから、キヨがついついと茜の袖を引っ張って男の子から引き離す。
「な、なに?」
慌てる茜の耳元に、キヨは口を寄せてささやいた。
「たぶん、この子のパパってのは既に死んでる。大きな写真ってのは遺影のことだろう。おそらくだが、彼のパパに会いたいっていう強い想いのせいでこの街まで来てしまったんだろう。お前と同じパターンだな」
「う、うん。なんとなく、そんな気はしてた……」
「となると、そのパパってやつを見つけないことには、この子を家に帰してもまたここに迷い込んじまうかもな」
二人でこそこそ小声で話し合ったあと、今度はキヨが男の子のそばに戻って話しかける。
「俺たちが、そのパパってのを探すの手伝ってやるよ」
「ほんと!?」
「ああ」
キヨは笑顔で男の子の頭をくしゃっと撫でると、男の子は泣きはらした目を輝かせてキヨを見上げた。
「だから、パパの名前とか年齢とか、見た目とか。手がかりになることを教えてくれないか」
「えっとね。パパは、パパだよ!」
元気にきっぱりはっきり、男の子は言い切った。
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