最終回 嵌められたけど幸せなので何の問題も無かった
婚約式が急遽執り行われることになり、シルヴィス達四人は婚約式用の衣装に着替えさせるとそのまま式に臨むことになった。
「いや〜まさか、いきなり婚約式とは思いませんでしたけど、まぁ大した問題ではありませんね!!」
「あ〜何というか。アインゼス竜皇国の皇帝夫婦はお前とレティシアの両親であることを忘れていたよ」
「はっはっはっ!! お父様もお母様も常識では測れない方なんですよ!!」
ヴェルティアは得意満面の笑みで言い放った。これから婚約式なのにその様子はいつもと全く変わらない。
「それではいくとしましょう!!」
「そうだな。あ、そうだヴェルティア」
「ん? どうしたんです?」
「ヴェルティア、その格好似合ってるぞ。綺麗だ」
「ふぇ!! え、ええと……ありがとうございます……」
シルヴィスの言葉にヴェルティアは顔を真っ赤にしてようやくそれだけ言った。その様子を見てシルヴィスが小さく笑った。その笑みを見たヴェルティアが頬を膨らませた。
「ふ〜んだ。そういうこと言うんですか。そうそうシルヴィスもその格好似合ってますよ」
ヴェルティアはそう言ってシルヴィスの腕に抱きつくとニッコリと笑った。ヴェルティアの行動に今度はシルヴィスの顔が真っ赤になった。
「あれれ〜シルヴィス顔が赤いですよ?」
「うるさい」
「おやおやぁ〜? はぅ!!」
ヴェルティアの言葉が中断されたのはシルヴィスがヴェルティアの頬を摘んだからである。
「蚊がいたぞ」
「普通、叩くものではないのですか?」
「いやぁ、愛しい婚約者を叩くと言うのも心苦しくてな」
「まぁ、それもそうですね!! この皆の憧れである私に気後れするのもわかります!! ですがシルヴィスにそんな遠慮はいらないですよ!!」
「あっそ」
シルヴィスがそういうと裏拳をヴェルティアへと放った。速度、威力決して冗談というレベルではない。
バシィ!!
「危ないですねぇ〜、私でなければ今の一撃で死んでましたよ」
「軽々しく止めておいていうセルフじゃないな」
「はっはっはっ!! この私はシルヴィスであっても容易に勝つことはできないのです!!」
「知ってるよ」
「えへへ」
シルヴィスの言葉にヴェルティアは嬉しそうに笑う。その笑顔は単純に容姿が整っている故の魅力ではない。シルヴィスに実力を認められたことの喜びの感情が加わったゆえの笑顔である。
惚れた相手に褒められて、いや力を認められて嬉しくないはずはない。それはヴェルティアもシルヴィスも例外ではないのである。
「それじゃあ、行こうか」
「はい!!」
シルヴィスとヴェルティアはそのまま連れ立って婚約式の会場へと向かっていく。
扉の前でレティシアとシュレンが待っていた。
「待たせたな」
「ああ、遅かったな」
「お姉様、お綺麗ですよ」
「レティシアもです。さすがは私の妹です!! よしよし」
ヴェルティアはレティシアの頭を撫でるとレティシアは笑顔を見せる。レティシアはなんだかんだ言ってヴェルティアのことが大好きなのである。
「よろしいでしょうか?」
シルヴィス達四人に文官が尋ねてきた。
「はい!! よろしくお願いします!!」
ヴェルティアが元気よく答えると文官は一礼するともう一人の文官が頷くと扉を開けた。
「さぁ、行きますよ!!」
ヴェルティアの言葉にシルヴィス、レティシア、シュレンが入場すると列席者の姿が見える。二組の男女に注がれる視線に非好意的なものは何一つない。むしろ、シルヴィスとシュレンに対して『頼みます』という感情が大いに含まれていることをシルヴィスもシュレンも感じ取っていた。
列席者が何を期待しているのかは具体的にはわからない。口に出してはならないという雰囲気なのだ。
ただ、奇妙なことに最前列の一角にポッカリと誰も座っていない席があったが、誰もそこに触れていない。
厳かな雰囲気のもと、二組の婚約式が執り行われる。
アインゼス竜皇国の婚約式は非常にシンプルなものであった。
竜帝シャリアスに対し互いに宣言を執り行い、宣誓書にサインする。ちなみに既にシルヴィスとヴェルティアの方は事前に書類にサインをしていたので、それを提出する。レティシアとシュレンの方は書類にその場でサインをしてそれを提出した。
式としてはほんの十分ほどである。
2組が書類を提出すると、列席者の方から歓声と共に惜しみのない万雷の拍手が四人に注がれた。
四人とも注がれる好意的な視線に少しばかりテレながらも幸せを噛み締めている。
ここに二組の婚約が成立したのである。
万雷の拍手はシャリアスが片手を上げることで徐々に小さくなっていく。完全に拍手が収まった頃合いを見てシャリアスが口を開いた。
「列席者の諸君!! 本日二組の婚約が成立した」
シャリアスの言葉に全員が聞き入った。
「我が娘、ヴェルティアとレティシアが良き伴侶となるものと巡り会えた幸運に感謝したい」
シャリアスはここで一旦言葉を切った。
二組の男女は列席者に向かって一礼する。ここまでは事前に聞いていた流れであり、シルヴィスもシュレンも戸惑うことなく行ったのだ。
「これで婚約式を終了とする。そして……これより、我が娘ヴェルティアとシルヴィス殿の結婚の儀を執り行う!!」
「え!?」
「は?」
シャリアスの言葉にシルヴィスとヴェルティアの二人が驚きの声を上げた。チラリとレティシア、シュレンは驚いている様子はない。
(この二人……知ってる?)
シルヴィスが列席者の方を見ると誰一人として驚いてはいない。というよりも当然という表情を浮かべていた。
「お父様? これから婚儀なんですか?」
「そうだが?」
ヴェルティアの問いかけにシャリアスはさも当然というように返答した。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「どうしたのかね?」
「今日は婚約式という話ではなかったのですか?」
「やったろう?」
「いや、確かにやりましたけどそのあとすぐに結婚式というのは流石におかしくないですか?」
「いいかね? シルヴィス君……」
シャリアスはシルヴィスの両肩を掴むとニッコリと笑って言う。ちなみに目は笑っていない。
「我々は不安なのだよ」
「不安?」
「そうだ。ヴェルティアはあらゆる意味で規格外だ。そんな規格外のうちの娘を御せるのは君だけなのだよ」
「いや、そんなことはないと思いますよ。実際にご両親の言うことは聞いているではありませんか」
「今回はな」
「今回?」
「そう今回はたまたま上手く行ったに過ぎないのだよ。ヴェルティアが我々の制止を『大丈夫です!! 任せてください!!』と斜め上の解釈をもとに振り切って、人様に迷惑をかけたことは多々あるのだよ」
「は、はぁ」
「そこに君という夫がいてくれるだけで我々がどれだけ心強いか」
シャリアスの言葉を受けてシルヴィスが列席者へ視線を向けると列席者達もすがるような視線をシルヴィスに向けていた。
「もちろん、婚約期間を設けるのは当然のことだ。そんなことは理解している。だが、婚約者という立場よりも夫婦という関係の方がより関係性が強い。すなわちヴェルティアの暴走を止める可能性が少しでも上がるように手を打つというのは我々の責務だと思わないかな?」
「あ……何となくわかります」
シルヴィスはシャリアスのいや、列席者達の迫力に押されてついそう返答してしまう。
「おお!! わかってくれたか!! さすがは婿殿!!」
シャリアスは大きくシルヴィスの決断を讃えた。その瞬間に列席者から万雷の拍手が鳴り響いた。
「あ、でも……結婚式には魔王キラトとかも招待しないと、さすがにあいつらを結婚式に呼ばないのは嫌だなぁと」
「大丈夫だよ。もうすぐ来るから」
「へ?」
シルヴィスが呆気に取られた返答をしたところで、魔法陣が描き出されて魔族の一団が姿を見せた。
「キラト!?」
「リネアさんもジュリナさん!! ムルバイズさん、リューべさん」
シルヴィスとヴェルティアが魔族の一団に向けて驚きの声を向けた。キラト達魔族の一団は正装をしてきており、この場にいても何も違和感のない状況である。
「お待たせいたしました。皇帝陛下」
「おお、よく来てくだされた。魔王陛下。皆のもの、紹介しよう。この方々は婿殿の友であり、魔族を束ねる異世界の魔王キラト陛下、並びに王妃リネア陛下、そして側近の方々だ。わざわざアインゼス竜皇国の
『おおお!!』
シャリアスの言葉に列席者からまたも割れんばかりの拍手が発せられた。
「お前……知ってたのか?」
「もちろん」
シルヴィスの問いにキラトはいけしゃあしゃあという調子で返答した。
「お前も知ってたのか?」
「俺とレティシアが聞かされたのは着替えてからシャリアス陛下から聞かされた」
シルヴィスはシュレンに恨みがましい視線を向けたが、シュレンは苦笑しつつ返答した。
「申し訳ありません。シルヴィスさん、実は俺達はキラト様にさっき聞かされました……」
「ええ、ドレスとかそういうの……キラト様とリネア様がとっくに用意してました」
リューべとジュリナがどことなく申し訳ないという雰囲気でシルヴィスに告げる。
「シルヴィス、こうなっては仕方ありませんね!! 覚悟を決めて、結婚式もこのままやっちゃいましょう!!」
ヴェルティアが元気よく言うとシルヴィスは黙って天を仰ぐ。もちろん、ヴェルティアとの結婚が嫌なわけではない。ただ、あまりにも急激な展開に戸惑っているだけなのだ。
「ディアーネ、ユリ!! 例のものを出してください!!」
「はっ!!」
「了解!!」
ヴェルティアから呼ばれたディアーネとユリが席からヴェルティアの前まで一瞬でやってきた。
ディアーネの手には
「さて、切り札を使いますよ」
ヴェルティアの声にシルヴィスは笑ってしまう。ここまで破天荒な状況など早々あるものではない。
(ま、こいつと一緒になるということはこういうことだな)
シルヴィスはそう考えるとヴェルティアに向けて笑いかけた。
「ああ、ヴェルティア。俺と結婚してくれ」
「もちろんです!!」
シルヴィスとヴェルティアのやりとりに列席者の中から今日
「さ、話がまとまったところで」
そこにアリティミアが手をポンと叩くとヴェルティアの衣装がウエディングドレスへと変わった。
「あ、お母様、これって……」
「ええ、私が着たのを手直ししたものよ」
「覚えていてくれたんですね!!」
「もちろんよ。小さい頃あなたが言ったものね。これを着て結婚式に出るんだって」
「はい!!」
ヴェルティアは嬉しそうに自分の纏うウエディングドレスを撫でる。
「レティシアには私が縫ったドレスよ。もう少しで出来るから待っててね」
「はい!!」
アリティミアは次いでレティシアに言う。
シルヴィスが手を差し出すとヴェルティアはニッコリと笑ってシルヴィスの手を取った。
シルヴィスとヴェルティアはそのまま宣誓の場へと歩き出した。それに伴い皆が席に着く。
「新郎シルヴィス、汝このヴェルティアを妻とし生涯共に生きることを誓うか?」
シャリアスがシルヴィスに問う。
「はい」
シルヴィスの返答の後、シャリアスはヴェルティアへと問う。
「新婦ヴェルティア、汝シルヴィスを夫とし生涯共に生きることを誓うか?」
「もちろんです!!」
ヴェルティアの返答も彼女らしい活力に満ちたものである。
宣誓が終わり、礼服に身を包んだ文官が一つの箱をシャリアスへと差し出した。シャリアスは箱を開けるとそこに二つのブレスレットがあった。
シャリアスは二つのブレスレットをそれぞれに渡すと、互いにブレスレットを着ける。
「それでは誓いの口づけを」
シャリアスの言葉にシルヴィスとヴェルティアは互いに見つめ合う。
(綺麗だな……)
シルヴィスは自然とヴェルティアの顔を見てそう思った。ヴェルティアが目を閉じるのを見て、シルヴィスは意外に思う。口づけの際に目を閉じるという作法をヴェルティアが知っていることに驚いたのだ。
シルヴィスとヴェルティアの唇が重なった時、出席者達は立ち上がりこの日一番の拍手が鳴り響いた。
「シルヴィス、これからもよろしくお願いしますね!!」
「ああ、もちろんだ」
そう言って二人は笑い合った。
(ま……幸せだから良しとしよう)
シルヴィスはヴェルティアの喜ぶ顔を見て細かいことはどうでも良いという気持ちになった。
この日、アインゼス竜皇国に一組の夫婦が誕生した。
この一組の夫婦と二人のお伴は定期的に世界を時には異世界にも出かけていき、そこで様々な逸話を残すことになる。
この夫婦と二人のお伴の逸話は寝物語として子どもに、あるときは劇場で上演され、長く人々を楽しませることになった。
「次はどこに行きます?」
「そうだな……」
「わかりました!! 南ですね!! さぁ行きますよ!!」
「待てって」
「ひゃう!!」
そんな会話が定期的に行われるとアインゼス竜皇国では新たな逸話ができると皆が喜んだという。
《完》
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