第224話 神魔大戦 ~ディアンリアの受難①~

「さぁ、いきますよ!!」


 ヴェルティアはやけにテンションが上がっている。


 ヴェルティアという歩く……いや、爆走する災害を前にディアンリア麾下の神達は表情を凍らせた。


「かかれ!!」


 ディアンリアの命令を受けた神と天使たちはヴェルティアという災害を食い止めるために果敢に動く。


「おお!! 盛り上がってきましたねぇ!!」


 ヴェルティアは襲いかかってきた天使を殴り飛ばすとブンブンと右腕を回して次の天使を殴り飛ばした。


「盛り上がってるのってヴェルティア様だけですよね」

「ああ、いくらシルヴィス様に褒められたからってここまでテンション上がるとはなぁ」

「まさかヴェルティア様が好きなヒトに褒められただけでここまでの力を発揮するなんてわからないものですね」

「お嬢は煽てられると調子にのる方だったけど、今回は段違いにやる気になってるよな」

「愛のなせる業ですよ」

「シルヴィス様ならお嬢の暴走を止めてくれるだろうけど……苦労するよな」

「愛のなせる業でなんとかしてもらいましょう」


 ディアーネはそう話を締めくくる。二人に眼前にはヴェルティアに殴り飛ばされた神が天使達が宙を舞うという光景が展開されているのだ。

 ヴェルティアが殴り飛ばしている神や天使達は決して弱者ではない。ただヴェルティアの実力が圧倒的に上すぎるので相対的に雑魚の立ち位置となってしまうのは哀れであった。


「おお!! やる気が全く失われてません!! すばらしいっ!! その心意気に応えましょう!!」


 ヴェルティアは殴り飛ばしてもすぐに立ち上がってくる神、天使達にさらにテンションを上げて殴りかかっていく。


 正直な話、心意気に応えるくらいなら止めてあげた方が神達に取ってはよほど望ましいことだろう。


「とぉ!!」


 ヴェルティアの拳がまともに神の顔面にめり込むとそのまま吹き飛び壁に叩きつけられる。その衝撃に神の体はぐしゃぐしゃになってしまったが、ほんの数秒で再生するとまたヴェルティアへと襲いかかるのだ。


 だが、ヴェルティアの暴威にまたも蹴散らされる。


 この繰り返しであった。しかし、二十回を超えた辺りから襲いかかる勢いが確実に下がりはじめたのだ。再生は問題なく行われているのだが、痛覚がないわけではないのだろう。

 肉体的な損傷が回復したからと言っても、苦痛を感じた記憶がなくなったわけではない。何度も何度もヴェルティアに吹き飛ばされて、体がぐしゃぐしゃになるという苦痛を受け続けるのだから心が折れるというものだ。


 しかも、ヴェルティアが消耗を見せているのならばともかくだが、ヴェルティアが強すぎるので消耗が一切見られないのは、明らかに心が折れる要因に拍車をかけるというものだ。


「あれれ? どうしたんですか?」


 ヴェルティアが首を傾げながら神や天使達に尋ねる。襲いかかることに躊躇した神や天使が遠巻きにヴェルティアを見ていた。それを見てヴェルティアは不思議そうにたずねたのだ。


「ん? どうしてかかってこないんです? 私の体力も無限ではありませんので、そのまま攻め続ければ疲れるかもしれませんよ?」


 ヴェルティアの言葉に神はゴクリと喉を鳴らすと一歩後ろへと下がる。ヴェルティアの言葉は猛獣の舌なめずりにしか見えない。


「ディアンリアさんのために私を消耗させるために戦いましょう!! 私もこれから・・・・本気を出します!!」


 ヴェルティアの宣言に神達は完全に心が折れたようである。先ほどまで軽くあしらわれていたのにそこにヴェルティアのこのセリフである。


「お嬢……さすがにそれはかわいそうだと思うよ」

「ええ、さすがの私も引きます。そこまで鞭打つことはないとないと思います」


 ディアーネとユリの痛ましい視線は神と天使へと向けられている。本来であればこのような視線を向けられれば気位の高い神や天使は反発を覚えるというものであるが、もはや完全に心折れている現在は救いそのものである。


「え? そうですか? 私とすればエールを送っている認識なんですけどね」


 ヴェルティアは返答は生まれつきの強者という意識からきたものであるのは間違いない。


「えっと……あなた達…流石にヴェルティア様と戦うことの無意味さは理解できたと思います。どうでしょうか。降伏しませんか?」


 ディアーネはディアンリアの目の前で堂々と麾下のもの達の調略を始めた。ディアンリアの前であるというのに神や天使達は顔を見合わせた。


「あなた方は再生能力こそすばらしいものですがそれでもヴェルティア様と戦えるものではありません。普通に考えれば再生能力というのは凄まじいのですけど、それは相手が常識の範囲内の場合です」

「ああ、あんた達は十分やったよ。相手がお嬢でなければその再生能力は脅威なんだけど相手が悪すぎる。世の中にはお嬢のような常識というものを考慮しないとんでもない存在がいるんだよ」

「なんか……二人とも私を貶めてませんか?」

「気のせいです」

「お嬢は小さいことを気にしないでいいよ」

「それもそうですね!! ささっ!! 二人とも調略を続けてください!!」


 ヴェルティアは無邪気に笑いながらディアーネ達二人に先を促した。


「で、どうします? 痛覚がある以上あなた方はずっとヴェルティア様に殴られ続けるわけです。あと千回くらい復活すればヴェルティアも息の一つ乱れるかもしれません」

「いや……千回くらいでお嬢の息が乱れるものかね?」

「希望的観測というやつです」

「何の慰めにもなってないよ」

「そこまで配慮する必要はありません」


 ディアーネの言葉はにべもないと称するべきものである。ディアーネとすればヴェルティアになすすべなく蹴散らされている状況であり、脅威と見做していないのである。ただ時間の短縮のために降伏を勧告しているに過ぎないのである。


「……」


 神達は気まずそうに視線を交わしている。


「早く決めてください!!」


 ディアーネは斧槍ハルバートはドンと石付きで地面を叩くとビクリと神、天使達は身を縮こまらせた。ディアーネの容姿は可憐で清楚な美女というものであるが、斧槍ハルバートを突く姿は根源的な恐怖を呼び起こすものである。


「あ、あの……がっ!!」


 神の一柱がおずおずと口を開いた瞬間に背中が裂け赤い珠が飛び出し、神の体を吸い込んでいった。


「ひぃ!! た、助け……」


 その言葉を最後に完全にその神は赤い珠に吸い込まれていった。その様子を他の神や天使達は呆然と見ている。


「まったく……救いようのないクズ共め」


 吐き捨てるようなディアンリアの声に神達はガチガチと歯を鳴らし始めた。ディアンリアから発せられる威圧感の禍々しさは彼らが感じたことのないものであった。


「お前達のようなクズ共はもう必要ないわ」


 ディアンリアは醜く顔を歪めると他の神や天使たちの背中も裂けると赤い珠が飛び出し、それぞれの宿主達を吸い込んでいく。


「お、お許しくださいぃぃ!!」

「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」

「ディ、ディアン……うわぁぁぁぁ!!」


 吸い込まれる時に凄まじい苦痛を伴うのだろう。吸い込まれていくもの達は絶叫を放ち消えていった。


「まったく……クズは所詮クズであったな。もとより、貴様ら如き私だけで十分であった」


 ディアンリアの禍々しい表情と殺気を向けられているヴェルティア達三人であるが皆涼しい顔をしている。


「涼しい顔をしていられるのも今のうちだ」


 ディアンリアへ赤い珠が次々と入り込んでいく。


「う〜ん、部下達を殺していったい何をしたいんでしょうね?」


 ヴェルティアは首を傾げながら言う。


「この珠には取り込んだ者達の力、生命力、技術全てが保存されている。私はそれを自分のものとすることができるのよ」


 ディアンリアの返答にヴェルティア達は納得の表情を浮かべた。


「なるほど……つまりディアンリアさんは部下達の命を取り込むことでパワーアップしたと言うわけですね」

「そういうことだ。神々と天使を取り込んだ私に貴様ら如き下等生物が勝てるなどと思わぬことだ」


 ディアンリアはそう言って嗜虐的な笑みを浮かべる。その笑みは自分が負けるわけがない。どれだけ残酷にヴェルティア達を引き裂いてやろうかという感情が含まれているのがありありとわかる。


「お〜!! 聞きましたか? ディアーネ、ユリ!! 私のキラリと光る知性が正解をピタリと言い当てましたよ!! やっぱり私って優秀ですねぇ〜」

「ソウデスネ……」

「サスガハ、オジョウダヨ……」

「う〜ん、俄然やる気になりましたよ!!」


 ディアーネとユリの返答は完全に棒読みである。それはディアンリアの力が一気に跳ね上がったのに、呑気なヴェルティアに呆れているゆえである。しかし、ヴェルティアはそれを額面通りに受け取ったようで、ヴェルティアは得意満面の笑みを浮かべてディアンリアへビシッと指差した。


「さて、本番ですね!! やりましょう!! ディアンリアさん!!」


 ヴェルティアの声にはまったく緊張感というものが欠けていた。

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