第206話 神魔大戦 ~エランスギオム会戦⑥~
開戦から五日が過ぎ、魔軍と天軍の戦いは一進一退を繰り返していた。
リューべ率いる第二軍団は初日に第三旅団長であるレーウィックを失ったが、後を引き継いだレミュレングが第三旅団をよくまとめており、天軍との戦いに押されるということはなかったのである。
討ち取られたレーウィック達はアンガレスの部下達の手により、翌日、リューべの元へ返還された。大きな損傷もなく返還されたレーウィック達の首は丁重に扱われていたことがわかる。
「そろそろ来るな」
キラトの言葉に各軍団長達は決意を込めた表情で頷いた。キラト達は天軍の動きから総攻撃が近いことを察していたのだ。そして同時にキラトは自分達も総攻撃に移ることを考えているのである。
「陛下、御武運を!!」
「それはお前達のほうだ。期待しているぞ」
「舞台を整えるのは我らの仕事にございます。陛下はただ本懐を遂げられますよう」
「無論だ。お前達の期待を裏切るようなことはしない」
キラトの力強い宣言に各軍団長達は一斉に一礼した。キラトの発する覇気は先王ルキナと同等いやそれ以上であると各軍団長達は感じていた。
各軍団長達は席を立つとそれぞれの指揮すべき軍団へと戻っていく。
各軍団の先頭準備が整ったという報告が次々とキラトの元へと届けられた。
キラトは立ち上がると右手を天高く掲げて振り下ろした。キラトの右手が振り下ろされてから太鼓が鳴らされた。
ドォォォォォン!!
ドォォォォォォォォン!!
打ち鳴らされた太鼓の音が戦場に鳴り響くと同時に前線に配属された第二、第三、第四軍団が咆哮を上げて天軍へと突撃を始めた。補助の軍団である第六、第七軍団も前進を始めた。
この五日間で魔軍は軍団の配置を入れ替得ることで士気の低下と疲労の蓄積を防ごうとし、それは一定の効果を上げていた。
一方天軍の方は軍団を入れ替えることはせずにそのまま戦闘に当たらせていた。
天軍にとって
初日は魔軍を甘くみていたために、神族、天使が最前線で指揮をとっていたのだが、魔軍の実力が想定以上であったため、多くの神族、天使が討ち取られることになったのだ。
人族相手では間違いなく討ち取られるようなことはないのだが、魔族は人族よりもはるかに戦闘力が高いために神族ですら命を落としたのである。
『ウォォォォ!!』
魔軍の兵士達は咆哮を上げて天軍へとぶつかっていく。
対する
最前線の三個軍団が天軍とぶつかったところで、最両翼の第六、第七軍団も前進し包囲陣形を形成し始めた。
魔軍の意図を察したシュレンは両翼の第六、第七軍団の前進を止めるために天軍の第四、第六軍団を前進させた。これにより前線は膠着状態に陥った。
「さて、現段階でほぼ互角……そして作戦通りだ」
キラトの言葉に幕僚達は頷く。幕僚達は当然ながら作戦の全容を知っている。そしてそれゆえに緊張を高めたのである。
「予想通りならば……あの二つの隙間をついてくる。当然ながら迎撃は第五、第八軍団が迎撃に出る。そして……中央の三軍団の隙間から二つに分けて敵軍がこちらに来る……それでこの本陣に……最後の一手が刺しこまれる」
「しかし……そうきますかな?」
キラトの予想に対して幕僚の一人が不安そうに言う。これはキラトの予想を信じていないと言うよりもキラトの予想が外れてほしいと言う表れである。そのことがわかっているキラトは不快気な表情を浮かべるようなことはしない。
「天軍の切り札は間違いなくシオルだ。初日以降、天軍は最前線で神族、天使が指揮を取ることが少なくなっただろう? あれは我々の実力が決して侮ることのできないものであると捉えた証拠だ。我が軍と天軍はほぼ互角だ。そして、シオルが一切戦場に出ていないことはやつが天軍の切り札と私は見る」
「そ、それは確かに……」
「そして切り札であるシオルを
「……しかしシュレンは我らがその策を読んでいると言う可能性は考えないのでしょうか?」
「いや、シュレンは間違いなく読んでいる。読んでいて、なおシオルを私とぶつけようとしている」
キラトの言葉に幕僚達はゴクリと緊張の面持ちを見せる。
「俺がシオルとの戦いを望んでいることを知っているし、シオルも俺と戦いたい……そしてシュレンはシオルを信頼しているからだ。ここまでの三者の思惑が一致すれば条件を整えるために動くのは当然だろう?」
キラトが自分のことを俺と呼んでいることに幕僚達は気づくとゴクリと喉を鳴らした。魔王に即位したキラトは公的な立場の場では『私』と呼称していたが、俺と呼称したからにはキラトとしてシオルと戦うという確固たる決意がみなぎっていることを感じたのだ。
「お前達を巻き込む形になるのは心苦しいな」
キラトの謝罪に対して幕僚達は立ち上がり、キラトへ抗議の声を上げた。
「陛下は我らを侮辱なされるか?」
首席幕僚であるディーレンがキラトへ抗議の声を上げるとキラトはディーレンを見る。ディーレンはその視線に怯むことなくさらに言葉を続けた。
「我らとて武人の端くれ。この魔族存亡の危機に戦えることを誉と思いこそすれ、臆したと申されるのは承服できませぬ!! 陛下ともあろう御方が我らの覚悟を見誤られるとは……情けない」
「ふ……すまんな。俺としたことが見誤るとは……決戦を前に昂っているようだ」
キラトはディーレンの言葉に素直に謝罪を行う。キラトにしてみればもちろん侮辱の意思などではなく、自分の我儘に付き合わせることにやや後ろめたさがあったのだ。
ディーレンも当然ながらキラトの心情はわかっているつもりだ。ディーレンの反論はその後ろめた自体が無用であることを伝えたものである。
「はっ、聞き入れていただき感謝したします」
「ああ、もう二度とこのような失言はしない」
「はっ」
ディーレン達は恭しくキラトへと一礼する。
「陛下、第五、第八軍団が前進を開始いたしました!!」
「そうか」
伝令に対し、キラトは静かに頷く。第五、第八軍団の前進から一時間後、今度は第一軍団が前進したと言う報告が入ってくる。
「これで本陣は丸裸だ」
「御意」
さらに一時間後……
「敵襲!!」
「右側から敵が突っ込んできるぞ!!」
そして……
キラトに本陣に敵襲の報告が入る。
「来たか……」
キラトは立ち上がるとニヤリと笑う。
「つゆ払いは任せるぞ……者ども。シオルを討ち取ることでお前達の忠誠に報いよう」
『はっ!!』
キラトの言葉に幕僚達は一斉に答える。その声に一切の不安などはない。キラトの勝利を疑うものは一切存在しない声である。
「出陣!!」
『ウオォォォォ!!』
キラトの檄に幕僚達が咆哮で答えるとその方向は麾下の兵達に伝播していく。
キラトとシオルの決戦が始まろうとしていた。
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