第168話 来訪者③

 シルヴィスとヴェルティアの二人は、ノスバーン地方にいた。


 サリューズに帝都から徒歩で十日と言われたが、それは常人の基準であり、二人には当てはまらない。

 二人は凄まじい速度で移動し、八つ足アラスベイム魔都エリュシュデンに転送してから、わずか一日でノスバーン地方へと到着したのだ。

 もちろん、二人がいくら常識外れの健脚を有しているとはいえ、さすがに徒歩十日かかる距離を一日で走破するのは不可能であり、シルヴィスの魔力で作成した鳥を先行させ、ある程度進んだところで転移魔術の拠点を作成させ、ほぼ最短距離で移動した結果であった。


「いや〜さすがに疲れましたねぇ〜」


 まったく疲れた様子も見せずにヴェルティアが首をコキコキと鳴らしながら無駄によい笑顔で言う。


「ま、ほぼ夜通しの移動だったからな」


 シルヴィスの方もまったく疲れていない様子で返答する。


「そうですね。ただ、このままの状況で斬魔エキュラスと戦うのは得策ではありませんので、今日はゆっくりと休むとしませんか?」

「そうだな。さすがに腹が減ったな。飯を食ってから宿をとってから今日は休むとしよう」

「やはりそうですよね!! さぁ、食事です!!」


 シルヴィスの返答にヴェルティアは幸せそうな笑顔を見せると視界にある村へと歩き出した。


「食い意地張ってるな。お前本当に皇女か?」


 シルヴィスの苦笑まじりの言葉にヴェルティアは無駄に自信たっぷりな顔をシルヴィスに向けて言い放った。


「ふふん、シルヴィスは本当に甘いですねぇ〜」

「あん?」

「皇族だろうが貴族だろうが、民衆だろうが腹は減る時には減るのです!! 腹が減っている時に食事を出されれば誰でもテンションが上がるというものなのです!!」


 ヴェルティアの言葉にシルヴィスは反論できない。悔しそうな表情を浮かべたのを見てヴェルティアはニンマリと笑った。


「さぁ、私の勝ちということで今日の食事はシルヴィスの奢りというわけですね!!」


 ヴェルティアの宣言にシルヴィスは少しばかり悔しそうである。もちろん、金銭的な理由ではない。

 シルヴィスの持っている金銭はエルガルド帝国の国家予算だ。そんなシルヴィスにとって夕食などで懐が痛むはずはない。それどころか気づきもしないレベルだろう。単にヴェルティアにやり込められたのが悔しいのである。


「くそ〜なんか悔しいぞ」

「はっはっはっ!! さぁ、シルヴィスにご馳走される食事は何でしょうねぇ〜」

「まぁそんなに大きな村じゃないから、店はすくないだろうな」

「ふふふ、そんなことは大した問題ではないのですよ!!」

「ちっ……次は勝たんとな」

「いつでもかかってきてください!!」


 ヴェルティアは楽しそうに言い放つとシルヴィスも苦笑を浮かべつつ村へ向かう。二人ともどことなく楽し気な雰囲気に傍から見たら恋人同士のようにも見えた。


「あ、そうだ。ヴェルティア。斬魔エキュラスのことは知らないふりをしておけよ」

「ん? どうしてです?」

「俺たちの主目的は斬魔エキュラスを捕らえることだよな?」

「ええ、わかってますよ」

「この辺りが斬魔エキュラスの勢力下にあるとしたら、村にスパイがいてもおかしくないだろ。というよりも村の連中がグルという可能性も十分にあるだろ」

「お〜!!さすがはシルヴィスですね!! つまりあの村ごと潰してしまおうという魂胆ですね!!」

「違うだろ!! そこで村を潰したら斬魔エキュラスが逃げの一手を打ってくるかもしれないだろうが」

「あ〜なるほどなるほど、つまり逃げ出した斬魔エキュラスをしばき倒せという心意気ですね!!」


 ヴェルティアはうんうんと納得したように頷くが、もちろんそれはシルヴィスの意図したものではない。


「お前、何にもわかってないな。いいか、俺たちはあくまで知らない体を装って、奴らに襲わせるんだよ」

「面倒くさくないですか?」

「俺たちの目的はあくまでも元オリハルコンの斬魔エキュラスだ。その他の野盗は当然後回しだ」

「わかりました!! 私達の高度すぎる演技でアホな斬魔エキュラス達をだまくらかそうという魂胆ですね!!」

「お前、悪意がありすぎるだろ……」

「まぁいいじゃないですか!! とにかく、斬魔エキュラスなんか知りませんよという態度を取れば良いのですね!!」

「そういうことだ」

「わかりました!! このヴェルティアは演技ですら一流であることをお見せしますよ!!」


 ヴェルティアの返答にシルヴィスは一抹の不安を覚えたが、そこには触れなかった。


 二人は村に入ると、村人達の視線が二人に集まった。いや、より正確に言えばヴェルティアに集まっている。中身をしならければヴェルティアは美の概念を人の形にしたかのような容姿をしているために注目を浴びるのは不思議ではない。


「あ、あそこが宿屋みたいですよ」


 ヴェルティアが楽しそうに指差した先に二階建ての大きな建物が見えた。


「お?食事もできるみたいだな」


 建物にはベットの絵が描かれている看板が架けられている。その看板の隣に、肉料理の乗った皿の絵が描かれている看板もある。


「いいですね!! さぁ行きましょう!!」


 ヴェルティアは幸せを独り占めしたような顔をして、シルヴィスの手をひき建物の扉を開けた。


 建物に入るとすぐに喧騒が二人の耳に入る。ガラの悪い男達が酒を煽っていた。


 シルヴィス達とすれば気にする必要もないのでカウンターの方へと歩いて行く。


「一晩泊まりたいのですが部屋は空いてますか?」

「ああ、一部屋銀貨三枚だ」

「それじゃあ、二部屋頼みます」

「一つでなくていいのか?」

「ああ、この方は俺の雇い主だ。そんな方と一緒の部屋に泊まるわけにはいけませんよ」

「そうか、兄さんは護衛か?」


 主人の言葉に探るようなものである。二人の身なりはとても良いの一言であるが、旅装というわけではない。この村にやってきた人間なのに旅装ではないという矛盾に主人が怪しむのも当然というものだ。


「まぁ、そんなところです」

「そうか。だが、あんたはそんなに強そうに見えないな」

「俺はこう見えても魔術師なんですよ。それなりには戦えます」

「そうか。だが、気をつけろよ。この辺りには斬魔エキュラスという盗賊団がいるんだ」

斬魔エキュラス?」

「ああ、元オリハルコンの冒険者だったんだが犯罪者になっちまってな。領主様も手出しができないんだ」

「元オリハルコン……ですか。恐ろしいですね」

「ああ、あいつらを見ろよ。野盗がのうのうと酒を昼間っから煽ってやがる」


 主人は忌々しそうに酒を煽る連中を見て言う。


「あいつらが斬魔エキュラスなんですか?」

「いや、あいつらは下っ端だ。斬魔エキュラスの下についておこぼれにあずかろうっていう連中だ」

「絡まれないようにしたいですね」

「ああ、絡まれないように気をつけろよ」

「はい」


 シルヴィスが素直に頷いたことに主人は気を良くしたのだろう。カウンターの下から鍵を二つ取り出した。


「宿泊料は前払いだ」


 主人の言葉にシルヴィスは懐から金貨一枚を取り出すと主人に手渡した。


「おい、銀貨三枚だぜ?」

「食事こみですよ。良い情報ももらえたんで金貨一枚支払います」


 シルヴィスの言葉に主人は口角を上げる。


「そう言われちゃ悪い気はせんな。ありがたくもらっとくよ」

「あ、すみません。あの人たちに絡まれると困るので、食事は部屋に持ってきてもらえますか?」

「それもそうだな。わかった持っていくよ」


 シルヴィスの意見に主人は納得したようにいうとシルヴィスは頭を下げて鍵を受け取った。


「ヴェルティア様、行きましょう」

「え? あ、はい」


 シルヴィスが様付で呼んだことに一瞬惚けたが、すぐに返答するとシルヴィスと共に二階に上がっていく。


 斬魔エキュラスの下っ端達の視線がシルヴィス達に注がれているのを二人は当然のごとく察しているが素知らぬふりしていった。


 部屋に入るとシルヴィスはヴェルティアに釘を刺すことにする。


「ヴェルティア、もうわかってると思うけどどうやら俺たちは斬魔エキュラスに目をつけられたみたいだぞ」

「ん〜そうみたいですね。何やら不愉快な視線を感じましたよ」

「まぁ、お前は見かけだけなら本当に美少女だからな」

「何か引っ掛かる言い方ですけど、私の魅力のなせる技ですからねぇ〜うんうん」


 ヴェルティアは少し引っかかったような感じであったが、持ち前のポジティブさで納得してしまう。


「とりあえず元オリハルコンの連中に会うまでは大人しくしとこうぜ」

「少しくらい殴りつけてもいいんじゃないですか?」

「お前が殴りつけたら死んじゃうだろ」

「安心無用です!! 力加減を間違えるようなことはしませんよ。シルヴィスこそ私は心配です」

「アホ、俺はお前と違って考えなしに暴れるようなことはしないぞ」

「本当ですかぁ〜」


 ヴェルティアはニマニマと笑いながらシルヴィスを揶揄うように言う。


「ふん、俺の寛大な心を甘くみるなよ。どんな無礼なやつでも目的のためには耐えるだけの鉄の忍耐力があるんだよ」

「ふふふ〜私だってそうですよ!! 私の演技力、忍耐力の素晴らしさをシルヴィスは見直すことになるのです!!」


 ヴェルティアとシルヴィスは互いに妙な対抗意識を燃やし始めた。


 バタン!!


 そこに扉が蹴破られ、斬魔エキュラスの下っ端どもが踏み込んできた。


「お〜いい女じゃねぇか」

「へへ、たっぷりとかわいがってやるぜ!!」


 踏み込んできた男達の顔はこの上なく卑しい嗤いを浮かべていた。

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