第144話 エルガルド帝国動乱②

 コンコン


「どうぞ」


 リューべがキラトの執務室の扉をノックすると中からキラトの許可が出た。


「三人をお連れしました」

「ご苦労」


 リューべが挨拶を行い。一行が中に入ると先程のメンバーが一向を出迎えた。


「早かったね。もう少し時間がかかると思っていたのだけどね」


 キラトの言葉には嫌味な響きなど一切ない。むしろ、短時間で結論を出した三人を称賛している響きですらあった。


「恐れ入ります。俺達はエルガルド帝国に戻ろうと思います」

「そうかわかった。次に会う時は敵同士だ。容赦はしないよ」


 キラトの言葉に三人の顔が凍った。キラトは言葉のみでなく発する威圧感も戦闘時のような激しいものであったからだ。

 同時にシルヴィス達から放たれる威圧感も凄まじいものであり、三人の頬を冷たい汗が落ちる。


「待ってください。俺達は何も魔族と戦うためにエルガルド帝国に戻ろうなど思ってはいません」

「ほう」


 キラトの声は簡潔を極めたものである。それは先を促すようでもあった。


「エルガルド帝国が俺達を利用しようとしているのは今回の件でわかりました。ですが、エルガルド帝国には魔族と戦争すれば滅亡するしかない」

「それで?」


 キラト達から放たれる刺々しい威圧感は全く変わらい。三人はガクガクと足が震えそうになるのを必死に耐えている。


「……つ。それを避けるためには……戦争を止めるしかない……と思ったわけです」

「そんなことができるとでも?」

「……わかりません」

「君は我々を舐めているのかね?」


 キラト達から発せられる雰囲気がさらに厳しいものへと変わった。


(この人達が怒るのも当然だ。だが、ここで引いたらエルガルド帝国の人達が皆殺しになる)


 レンヤは心の中でエルガルド帝国の面々の顔を思い出す。ラフィーヌ達は確かに自分達を騙していた。道具と思っていただろう。表面上どのような笑顔を見せていても裏では自分達を嘲笑っていたと思えば腹立たしい。


 だが、事情を知るはずもない人達はどうか?


 帝都の住民達が自分達に親切にしてくれたことは全てが嘘だったのか?


 レンヤが出した答えは否だったのだ。エルガルド帝国上層部の思惑を知らない者達が自分達に良くしてくれたのは、紛れもない素朴な親切心であった。それゆえにレンヤ達はエルガルド帝国を見捨てるということが引っかかっているのであった。


「舐めてはいません!! 俺達が動いたところで何も変わらないかもしれません!! そんなことはわかってます。ですが何もしないで“あの時やれば良かった”と後悔して生きるだけは絶対に嫌なんです!!」


 レンヤの力の籠った宣言にヴィルガルドとエルナは頷くと後に続く。


「レンヤの言う通りだ。俺達はエルガルド帝国の民を助けに行く!!」

「私もです!! 確かに私達はエルガルド帝国の上層部に騙されていたわ!! でも事情をしらない民衆を見捨てるようなことはしたくないの!!」


 三人の宣言にシルヴィス達は沈黙する。キラトを始め全員から放たれる威圧感はさらに増し、三人はカタカタとついに震え始めた。しかし、視線をキラト達から外すことはしない。


「お〜!! ここまで私たちの威圧感に耐えることができるなんて余程の覚悟を持って決断を下したと言うわけですね!!偉いです!! 三人とも素晴らしいですよ!!」


 そしてこの空気を吹き飛ばしたのはやはりというか何というか。やはりヴェルティアであった。


「シルヴィスの言った通りでしたね。私はてっきりこのまま魔族に鞍替えすると思ってました。キラトさんも魔族につくと考えていたのですけど外れましたね」

「ああ、脅してみればこちらに鞍替えと思ったんだけど想像以上に心が強かったな」


 ヴェルティアとキラトの言葉にレンヤ達三人は呆気に取られた。先程まで執務室に満ちていた威圧感はすっかり霧散していた。

 三人はあまりにも急な展開に二の句が告げないと言う感じである。


「君達がどんな結論を出そうが、脅すことにしようとしてたんだよ」


 キラトの言葉に三人は戸惑いの表情を浮かべる。


「どうしてそんなことを?」

「決まってる。試したんだよ。脅されたくらいでコロコロと変わるような決断をすればこちらも尊重する必要性はないからね」

「もし……変えていたら?」

「何もしないと言ったろ? 君達はその程度の存在だったと言うことで君達の出した結論なんか無視してことを進めたさ」


 キラトの言葉に三人はゴクリと喉を鳴らした。キラトの言葉は為政者としての冷徹さを感じさせるものであったからだ。


「君達は我々の脅しに屈しなかったことから成功する可能性も考慮に入れる必要ができたわけだ」

「そうですよ。私達の試練を乗り越えるなんて素晴らしいですよ!!」

「え? あ、はい!!」


 ヴェルティアはレンヤの手をとってニッコリと微笑んだ。魅力に溢れたヴェルティアの笑顔にレンヤはボッと顔を赤くした。


「いや〜最初は騙されたまま魔族と戦おうという方々と思っていたんですが、騙されたことをわかった上で、民のために戦おうと言う器の大きな方々でしたね!!」

「でも騙されていたことには……」

「何を言ってるんですか!! 騙されるなんて誰でもありますよ!! でも皆さんは騙されたから見捨てると言うのではなく、騙された上で助けるという判断した。これをできる人は器が大きい人じゃないと絶対にできません!! その意味でも皆さんは立派です!! うんうん」


 ヴェルティアの言葉にレンヤはさらに顔を真っ赤にさせた。ヴィルガルドもエルナもヴェルティアの言い分に悪い気はしていないようであった。人によっては試される事に反発を持つものがいるが、ヴェルティアの行動は反発を持たれないようにフォローをしたようなものなのだ。

 ヴェルティアが狙ってやったのならば、しこりが残ることもあるだろうが、ヴェルティアのやっているのは完全に素であり、本心からである。そのために、ヴェルティアのフォローは反発心を持たれるどころか払拭してしまうのである。


 これはシルヴィスには不可能なことであった。


「あの、シルヴィスさんは私達が戦争回避のために動くとわかってたんですか?」


 エルナがシルヴィスにおずおずと問いかけてきた。


「ああ、あんた達は単純だし、甘いからな」

「甘い……ですか?」

「ああ、あんた達は困った者達を見捨てることができない。ラフィーヌが最初に俺達に言ったことは俺にとって不快なものでしかなかったが、あんた達の反応から力無き者達のために何かしたいという人間だということはわかったよ」

「……」

「あんた達の心の持ちようはとても綺麗なものさ。俺にはできないことだ」

「そ、そんなことは……」


 シルヴィスの言葉にエルナの頬が赤く染まった。


「シルヴィス様、話が続きませんので、キラトさんの話を遮るべきではないと思います」

「え? あ、はい」

「そうだよ。お嬢もレンヤ君の手をとってる場合じゃないよ。キラトさんの話を遮っちゃいけないよ」

「え? あ〜それもそうですね!! キラトさん申し訳ありませんでした!! ささっ続きをどうぞ!!」


 ディアーネとユリの嗜めにシルヴィスとヴェルティアは素直に従う。ディアーネ達の視線を受けたキラトは顔を引き締めたのは、二人の視線がさっさと進めろという強い意志が込められていたからだ。


「コホン……とにかく君達がそういう決断を下したのなら我々とすれば止めるつもりはない。むしろ人族との全面戦争を止めてくれるというのはこちらの利益になる」

「はい」

「もちろん、君達は魔族の側についたと誤解されることがあるだろう。その時は遠慮なくこちらの側に来なさい」

「ありがとうございます」

「うむ、君たちの覚悟は受け取った。今日は休みなさい。明日は帝都へ送り届けよう」

「は、はい」


 キラトの言葉に三人は一礼した。


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