第134話 再会⑨

「そ、それが何かですって!! さすがは魔族ね。命を軽んじる穢れた存在だわ!!」


 ヴェルティアの言葉にラフィーヌは当然とばかりに糾弾を始める。同時に周囲の貴族達も非難の目を向けた。


「何を言ってるんです? 命を弄んでいるのはあなたがたも同じじゃないですか」

「な……」

「あなた達がここ数世代にも渡って魔族の領域フェインバイスへ侵略してますよね?」

「人族の敵である魔族を……」

「魔族がこのエルガルド帝国を侵略した事実は?」

「何度もあるわ!!」

「嘘ですね」


 ラフィーヌの言葉をヴェルティアは一蹴した。このように断言することは交渉の場で意外と有効な手段である。


「な……」

「魔王ルキナさんから聞きましたよ。こちらから人族に仕掛けたことはないし、報復をしたわけでもない。そもそも、人族を征服したところで魔族にとって何ら利益がない。人族と我々は全く違う種族である以上、支配する面倒の方が利益を遥かに上回るとね」


 ヴェルティアの言葉にラフィーヌ達は沈黙する。しかし、それは怒りの感情がないというわけではないのだ。その証拠に表情には怒りで満ちている。


「実際に魔族の領域フェインバイスの繁栄はすごかったですよ。技術力、経済力は確実にあちらの方が上です。人間を滅ぼす? なんでそんな面倒なことをするんです? というよりもあなた方は少しばかり自分達の価値を高く見積もりすぎです。はっきり言いましょう。魔族から見ればあなた方人族こそ辺境なんですよ。というよりも侵略をする価値のないど田舎・・・なんです!!」


 ヴェルティアの言葉にラフィーヌはワナワナと震えている。


 もちろん、ヴェルティアはルキナからこのような話は聞いていない。シルヴィスとの会話からエルガルド帝国のやっていることを知ったのだ。それをシルヴィスからの情報ではなく魔王ルキナからの情報ということにして信憑性を上げたのだ。

 

 ラフィーヌからの反論はない。というよりもここまでヴェルティアの発言は完全に予想外であったために咄嗟に反論ができなかったのだ。


 そしてそれはヴェルティアの口撃が続くことを意味している。


「あなた方は別に侵略を受けたわけでもないのに、魔族を殺してその富を奪おうとしているわけですよ。さて、一体どちらが穢れた存在なんでしょうね? ああ、あの神達の奴隷ですからそんな思考に至るのは当然なんでしょうけど、あまり品性というのを自分を基準に考えない方がよろしいのではないですか?」


 ここでヴェルティアはラフィーヌではなく、レンヤを見た。


「レンヤさん、一つお聞きしたいのですけど」

「え? あ、はい」

「あなたがこの世界に召喚された時に事前に許可がありましたか?」

「いえ……気がついたらここにいました」

「そうですか。そちらのお二人はどうですか?」


 ヴェルティアはヴィルガルドとエルナへ向けて言う。二人も首を横に振った。それを見てヴェルティアは凄みのある笑みをラフィーヌへ向けた。


「シルヴィスも言ってましたけど、召喚された方々は事前に了解は一切取ってないみたいですね。これって私の基準では拉致・・なのですけどエルガルド帝国では何と表現するんです?」

「……」

「あらら、答えられませんか? せっかく摂政という権力の座についたのですから耳障りの良い言葉を学者さんに作らせたらどうですか?」


 ヴェルティアの無礼極まる言葉にラフィーヌの怒りは思考の幅を大いに振り切ってしまったのだろう。口をパクパクとさせている。そしてそれは周囲の貴族達も同様であった。


「神というのは人間の欲望のために何の関係もない方々を拉致して戦わせるというとんでもない方々なのですけど、拉致被害者の皆さんが協力すれば何かメリットがあるんですか? あなた方は縁もゆかりもない世界のために、別に世界を滅ぼうそうともしていない魔族と戦おうというのですか? 魔王を斃せば平和が来る? 来るわけないでしょう!! そんなに平和が大事だというのならエルガルド帝国が滅びれば即成立だと思いますよ」


 ヴェルティアの言葉にレンヤは愕然とした表情を浮かべていた。


「ああ、私のいうことを信じなくていいですよ。私の中でエルガルド帝国の方々は加害者であるという自覚の全くない自分を被害者と思い込んでいる惨めな妄想の世界に生きているだけの存在ですから、そんな方々に信じられたら気持ち悪いことこの上ないですからね!! キラトさんは手を組んだ方が良いと考えて国書を出したのですけど、摂政さんの醜さを知ってしまえば手を組む利点は皆無どころか害悪でしかないですよ」


 ヴェルティアの口撃は止まることなくラフィーヌ達に放たれ続けている。完全にヴェルティアが殴り続けている状況で傍で聞いているシルヴィスは少しばかりラフィーヌ達に同情をし始めてきたところである。


「あいつ、頭を使うこともできるんだな……」

「そうですね。ここまで容赦のないヴェルティア様は初めて見ますね」

「あのラフィーヌって娘がお嬢の逆鱗に触れたんだろうな」

「逆鱗ですか? あいつの逆鱗に触れることってなんかありましたか?」


 シルヴィスの疑問にディアーネとユリは少し考えると何かを思いついたような表情を浮かべた。


「義憤だけじゃないですね」

「だよな……これはもう決定と見るべきだよな?」

「後は自覚させれば……」

「そして、シルヴィス様もな」

「ふふふ、もう少しですね」

「ああ」


 ディアーネとユリの言葉にシルヴィスは首を傾げた。


「まぁ、とりあえず。一方的に殴りつけてるけどそろそろ動きがあるでしょうね」

「はい。そろそろ摂政も痛みに慣れてきたことでしょうから動きがあるでしょうね」

「お嬢はその辺りの機微は弁えてるからな。本当にお嬢は喧嘩が上手いんだよなぁ」

「私としてはもう少しその能力の偏りを恋愛に向けてほしいものです」

「心配すんなってお相手も決して達人でなければ大丈夫だよ」

「さっきから二人とも何を言ってるんです?」


 シルヴィスの問いかけに二人は意味ありげな表情を浮かべた。何となくだが、シルヴィスは深入りを避けるべきという考えが頭に浮かんだ。


「あ、動きがありそうですよ」


 シルヴィスの視線の先にはラフィーヌが片手を上げたのが見えた。それを見たヴェルティアは口を閉じる。これは言いたいことを言ったからスッキリしたというところだろう。


「あなた方がここまで愚かとは思っても見ませんでした。同時にあなた方とは会話ができないことも理解しましたよ」

「遅いですよ。私はあなたと二、三言葉を交わしただけで理解しました。やはり私とあなたでは知性に大きな隔たりがありますね!!心から同情いたします!!」

「この国書には講和を求めてましたが……あなたのような無礼者を特使に任命した事からそれが虚偽ということがわかりました」

「まぁ、信じないと思いますが、キラトさんは講和をしたかったと思いますよ」

「……黙れ!!」


 ヴェルティアの態度ほどラフィーヌを苛立たせるものはないのだろう、もはやラフィーヌにはいつもの聖女然とした雰囲気はない。


 ラフィーヌは立ち上がった。その瞬間であるシルヴィス達を中心に魔法陣が浮かび上がった。同時にシルヴィス達の近くにいたレンヤ達三人の姿がかき消え魔法陣の外に姿を見せた。


「お……元々転移陣を拉致被害者達に施してたのかな? それとも俺達以外の者を自動的に転移させるようになっているのかな?」

「中々の仕込みですね……難しい術式です」

「ヴェルティア……無理すんな。わからないだろ?」

「な、何を言ってるんですか!! 私は術式の難易度を適正に把握してるんですよ!!」

「ほう、ヴェルティア。この術式の難しいところをぜひご教授してもらえるかな?」

「え、え〜と……」


 シルヴィスとヴェルティアのやりとりにラフィーヌは怒りの表情を浮かべるとエルナに視線を向ける。


「これをくらってもその態度できるかしら!!」


 エルナはそう叫ぶと魔法陣から込められた魔術が解放された。


 魔法陣から炎の竜巻が巻き起こり、シルヴィス達へと襲いかかる。そして巨大な雷球が巨大な雷撃が、そして強烈な冷気が、そして最後に大爆発を起こした。


「おお!! さすがは救世主様が組んだ術式だ!!」

「ははは、魔族など恐るに足らずだ!!」


 貴族達の中から歓声が上がった。


「そ、そんな……まさか……」


 しかしエルナは驚愕、いや恐怖の表情を浮かべた。


「お、おい。エルナ……どうした?」

「レンヤ!! ヴィルガルド!! 構えて!! あいつらは死んでない!!」


 エルナの言葉に歓声を上げていた貴族達は一斉に静かになった。それが合図のように張られていた結界が砕け散った。


「びっくりしましたね〜」

「うるさかったな」


 爆塵の中から呑気な声が聞こえてきた。


 そして四人が姿を見せる。


「な……無傷……そんな」


 エルナの声は震えていた。

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