第129話 再会④

 指揮官の言葉を受けてシルヴィス達はすぐに降りるようなことはせずに、アンデッド達を馬車の降り口に移動させてから馬車から降りた。


 アンデッドを馬車の降り口に集めたのはもちろん降りた瞬間に攻撃を受けた場合の対処のためである。シルヴィス達の実力であれば対処をするのは容易いかもしれないが、万が一の状況に備えるのはシルヴィスにとって当然であった。


「ここか……」


 シルヴィスの眼前に庁舎があった。その庁舎は煉瓦造りの三階建ての建物だ。


「お〜中々立派ですね!!」

「そうですね。最前線である事を考えると華美なものでないのは当然ですね」

「私はこっちの方が好きだな。質実剛健というのは私の美意識を刺激してくるんだよな」


 ヴェルティア達の感想に指揮官も少しばかり嬉しそうであった。指揮官にとってこのラディンガルドの庁舎は誇りなのかもしれない。


「ここにキューラー侯爵がいるのだね?」

「は、はい!!」

「そうか。それでは案内を頼む」


 シルヴィスの言葉に指揮官は敬礼で答えるとシルヴィス達を先導していく。入り口に立っている警備の兵が緊張の面持ちでいる。


「兵達はどうするんです?」


 ヴェルティアがシルヴィスに問いかけるとシルヴィスは少し考え込むふり・・をする。実はこの辺りのやりとりは事前に打ち合わせしていた。


「さすがに兵達を連れて中に入れば相手の迷惑になるから、兵達はここで待たせよう」

「わかりました。確かにみなさんの迷惑になるわけにはいきませんものね」


 二人の会話を聞いた警備の兵は顔を強張らせた。このアンデッド達が暴れ出さない保証はないために緊張の度合いが高まるのは当然であった。


「心配しないでください。この兵達は私達が危険な目に会わなければ暴れることは決してありませんから」


 ヴェルティアはニッコリと警備の兵に笑いかけた。ヴェルティアの美しさに口元を緩めかけたが、言葉の内容に再び顔を強張らせた。

 ヴェルティアの語った内容は、会見次第でアンデッド達が暴れる可能性を示したものであるからだ。


「さて、それでは行きましょうか」

「は、はい……」


 シルヴィスの言葉に指揮官は即答する。これは一刻も早くシルヴィス達の相手をする重責から離れたいという気持ちの表れである。彼は余計な事を言う事なくただひたすらキューラー侯の待つ応接室へと急いだ。


 コンコン


 指揮官はドアをノックすると返事を待たずにドアを開けた。ありえないレベルの無礼さであるが、指揮官とすれば後でキューラー侯爵に叱責されるよりも自分の重責をおろすことを優先したのだ。


「侯爵閣下!! 特使の方々をお連れいたしました!! それではこれで失礼いたします!!」


 指揮官は驚くキューラー侯が返答するよりも早く出ていった。


「……な、何だ?」


 キューラー侯爵は四十七歳という話であったが、年齢よりも遥かに若く見える。三十代半ばという容貌をしているがそれは決して侮られることを意味するものではない。茶色い髪をオールバックに纏め、鋭い眼光と発せられる威圧感は他を圧倒するものであった。

 そのキューラー侯爵であってもまさかこのような事態になるとは考えてなかったのだろう。それだけ、指揮官の行動は通常では考えられないものであり、それを選択してでもこの場から離れたいという事であったのだ。


「初めまして、キューラー侯、私は魔王陛下の国書を預かる特使のシルヴィス=アインゼス、同じく特使のヴェルティア=アインゼスです。早速ですが、聞きたいことがあります」


 シルヴィスはキューラー侯が態勢を取り戻す前に事態を動かす必要があるために、早速動く。


「え? な、何かな?」


 キューラー侯爵の返答は完全に虚を衝かれたものであり、動揺しているのは確実であった。


「聞きたい事は二つです。なぜエルガルド帝国は魔王ルキナ陛下の暗殺を決行したのですか?」

「な!」


 シルヴィスから発せられた情報にキューラー侯は度肝を抜かれた。魔王から特使がやってきたというだけでも異例中の異例だというのに、魔王が暗殺されたという恐るべき情報はキューラー侯をして事態の大きさに恐れを持つのは当然のことであった。


「魔王ルキナ陛下の後任には既に王太子であったキラト陛下が就かれておりますが、それが貴国の罪を免じるものではありません」


 シルヴィスの言葉は限りなく冷たいものである。


「と、特使……魔王ルキナが死んだというのは真ですか?」


 キューラー侯爵は動揺のためか他国の王を呼び捨てにするというありえない失態を犯してしまう。もちろんシルヴィスとすればその失態を見逃すような事はしない。


「貴様!! 陛下を呼び捨てにするとは何事だ!!」

「あ……」

「侯爵風情が恐れ多くも魔王陛下を侮辱するとは!!」

「も、申し訳ございません!!」


 シルヴィスの一喝にキューラー侯爵は立ち上がり頭を下げて謝罪した。


「エルガルド帝国はよほど我ら魔族と一戦したいと言われるのだな。よかろう侯爵・・の意気に応えてやろうではないか!!」


 シルヴィスから放たれる威圧感からシルヴィスの本気を察したキューラー侯爵は顔を青くした。彼はラディンガルドの統治を任されているが戦争を開戦するだけの権限が与えられているわけではないのだ。

 魔族の軍が攻めてくれば迎撃する権限はあっても魔族領域フェインバイスを侵攻する権限は持ち合わせていない。

 国家組織に属している者は、権限の及ばないところの判断を下すのは相当な胆力がいるし、優秀であれば優秀であるほど自らの権限を超えた事をするのに抵抗を示すものだ。

 シルヴィスはキューラー侯が優秀であるが故に権限外のことの判断をこの場で開戦の決断をすることはしないという判断に基づいての発言であった。


「お、お待ちください!! 侮辱の意図などございません!! あまりの驚きに失礼をしてしまいました!!」


 キューラー侯の謝罪の言葉にシルヴィスの怒りは解けないようである。もちろん、この場にはキューラー侯爵側の文官達もいたが、当然ながら顔を青くしていた。


「シルヴィス、彼らの無礼は腹立たしいですが……ルキナ陛下の暗殺に関わった件を問いたださなくては……」


 そこにヴェルティアがまたも爆弾を投げ込んでくる。


「お、お待ちください!! 魔王ルキナ陛下の暗殺に我らが関わっているという根拠は何なのですか?」


 キューラー侯の声は平坦なものである。これは冷静さを取り戻したというよりも、度重なる想定外の事態に思考がほぼ停止しているゆえである。


「何を惚けたことを……エルガルド帝国の八つ足アラスベイム魔族の領域フェインバイスで活動しているではないか!!」

「あ……そ、それは……」


 シルヴィスの返答にキューラー侯は否定の言葉を咄嗟に出すことができなかった。もちろん、シルヴィスは八つ足アラスベイム魔族の領域フェインバイスで活動しているという事は知らない。だが、かつて八つ足アラスベイムを送り返したときに、シルヴィスに操作される可能性があるということで、廃棄の意味を込めて魔族の領域フェインバイスに送り込まれる可能性を考えたことによるでっち上げであった。


(まぁ、八つ足アラスベイムが本当に送り込まれようが送り込まれてなかろうが、キューラー侯は知らんよな)


 シルヴィスは心の中でそう呟いた。八つ足アラスベイムは皇帝直属、もしくは皇族直属の組織である以上、その全容を把握するのはキューラー侯であっても不可能なのだ。

 そのため、知らないことをさも真実のように糾弾するシルヴィスにキューラー侯は反論することができないのだ。否定したところで八つ足アラスベイムが魔族達の手に囚われていた場合は反論自体がつけ入られることになりかねないのだ。


「答えてもらおう。一体なぜエルガルド帝国はルキナ陛下を暗殺などという卑怯な方法をとったのかをな」

「も、申し訳ないが……私はその質問に答えることはできません。摂政・・であるラフィーヌ殿下にお尋ね……ください」

「しかし、キューラー侯はルキナ陛下の暗殺を否定しなかった。我らの疑惑は核心へと変わりましたよ」

「う……」

「それではもう一つです」


 シルヴィスはここで話題を変える。時間をかけることで相手に反論を考える時間を与えるのは危険としたからである。


「もう一つはエルガルド帝国皇帝ルドルフ4世がご逝去されたと聞きました。後継者となったのはどなたかな?」

「し、新皇帝は先帝ルドルフ4世陛下の孫であるセラム殿下です」

「孫? 皇太子殿下はいかがされた? それに先ほど摂政にラフィーヌ殿下の名が挙げられたがそれはどういうことかな?」


 シルヴィスはもちろん、エルガルド帝国の皇室の構成など知らない。知らないが世代を跨いで皇位の継承が行われるなど通常はありえない。つまりエルガルド帝国皇帝を暗殺した者の魔の手は他の皇族にまで及んだということだ。


「皇帝、皇后両陛下、皇太子殿下、ジラン殿下は暗殺者の手にかかり、皇太子殿下のお子であるセラム殿下が皇帝陛下として即位されました。しかし、セラム殿下はわずか一歳……とても政務を執り行うことはできません」

「それでラフィーヌ殿下が摂政と……」


 シルヴィスの言葉にキューラー侯達は鎮痛な表情を浮かべた。


「なるほど……繋がったな」


 シルヴィスの言葉にキューラー侯達はゴクリと喉を鳴らした。今までの流れからシルヴィスがどのような結論に至ったか恐ろしい以外の感想が出てこない。


「やはり先王陛下を害したのはエルガルド帝国であるな」

「な……なぜです?」

「知れたことだ。エルガルド帝国が先王陛下を害したのは、皇族間での権力闘争の混乱に対して魔族に干渉させないための時間稼ぎだ」


 シルヴィスの論法はもはや荒唐無稽のものであり、シルヴィス自身もそれを自覚している。だが、シルヴィスはその荒唐無稽の説を唱えるのにまったく躊躇しなかった。

 なぜならばそれこそがエルガルド帝国に干渉させないための一手として必要なものであると判断したのだ。


「大方、皇族殺害をおこなったのは魔族であると発表されたのだろう?」

「う……はい。伝え聞くところによると暗殺の実行者は救世主の方々に紛れ込んでエルガルド帝国へと接触した者だそうです」


 キューラー侯の言う犯人とはシルヴィスのことであるのは間違いない。だが、キューラー侯は容疑者が目の前にいるのにシルヴィスと結びつけることができない。

 これは特使がまさか容疑者本人であるとは想定していないからであるし、シルヴィスの攻勢により冷静さをかいている状況であるからであった。


「なるほど……用意周到なことだ。 何者かが我ら魔族に皇帝殺害の罪をなすり付けたのだ。その証拠に我らはエルガルド帝国皇帝一族の身に起こった悲劇を何一つ知らなかったのだからな」

「う……」


 シルヴィスの論法にキューラー侯は同意しかけて慌てて口をつぐんだ。


「我らがもしルドルフ4世陛下の崩御を知っていれば、新王キラト陛下も国書をルドルフ4世陛下にはしなかったとは思えないかな?」

「……はい」

「さて誰が我らに罪を擦りつけようとしているのかな?」


 シルヴィスの言葉にキューラー侯達は不安気に視線を交わした。シルヴィスの言葉は論法的に辻褄が合っているといえる。


「誰だ? 誰が我らとエルガルド帝国を戦わせようとしているのだ?」


 このシルヴィスの言葉はキューラー侯達に向けて放たれたものではない。独り言の体を装っているのだ。それが逆にシルヴィスの言葉を信頼性を高める事になっている。


「キューラー侯……もし、魔族とエルガルド帝国が開戦となった場合、このラディンガルドが戦場となる」

「う……」

「長い期間、魔族からエルガルド帝国へ侵攻した事はない」

「……」

「だが、この度は我らはルキナ陛下を卑劣な手により害されている。これまでとは違う……この意味がわかるな?」

「は、はい……」

「これより、摂政であるラフィーヌ殿下へその旨を問いただすつもりだ。もはや一刻の猶予もならん。侯の責任においてエルガルド帝国までの通行手続きを簡略化する命令を出してもらおう」

「は、はい!!」

「急げよ。開戦を避けたければラフィーヌ殿下との会談を一刻も早く成し遂げる必要がある」


 シルヴィスの言葉にキューラー侯達はもはや首を縦に振るだけの存在になっている。

 後から考えればシルヴィスの告げる話の内容は矛盾や論拠が不確かなものが多々あるのだが、重要なのはこの場で指摘されない事なのだ。


「我らはすぐに帝都へ向け出立する」


 シルヴィスはそういうと執務室を後にした。ヴェルティア達もシルヴィスに続いて執務室を出て行った。


(あの指揮官のおかげで楽にことが運んだな)


 シルヴィスは指揮官の顔を思い浮かべて心の中でニヤリと嗤った。

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