第127話 再会②

 魔都エリュシュデンを出発したシルヴィス達一行は、四日ほどでラディンガルドへと到着していた。


 シルヴィス達は昼夜を問わず移動しており、この四日は相当な強行軍であったが、シルヴィス達の体力は完全に人外レベルであるため全く問題ない。前回は単に足手まといエリック達がいたからにすぎない。


 馬車を先導する騎兵二騎は高々とテレスディア家の紋様が記された旗を掲げていた。


 掲げられた旗を見てラディンガルドの面々は恐慌状態へと陥った。


 テレスディア家の紋様はエルガルド帝国、いや人族達にとって恐怖の象徴であるのは間違いない。その恐怖の象徴であるテレスディア家の旗を掲げた一行が現れたとあらばラディンガルドが恐慌状態となるのも当然というものであった。


 しかも、旗を掲げる騎兵はこの世のものではなく、アンデッドの姿をしている以上、その恐怖は倍増するというものだ。


「お、おい……なんでここに魔王軍が?」

「何言ってやがる。ここは最前線だぞ」

「でも、魔王軍がここに来るなんてここ数百年なかったぞ」

「俺が知るか!!」


 ラディンガルドの門兵達はガチガチと歯を鳴らし、顔を青くしながら勇気を総動員して槍の穂先をアンデッド達に向けている。


 その時、馬車の扉が開くと一人の少女が姿を見せる。


 美を結晶化したかのような容姿の少女が現れた事に門兵達は呆気にとられた。恐ろしい化物が姿を見せると思っていたのに、現れたのは可憐な美少女となればあっけにとられるのは当然というものだ。


「あ、衛兵のみなさん、私たちはみなさん達と戦いにきたわけではないんです!!」


 ヴェルティアの声は天真爛漫という表現そのものである。それが門兵達にとってどれだけ救いになったかヴェルティア自身は理解していないだろう。


 そして御者台に座るユリの姿を見てさらに安堵の感情が浮かんだ。ユリの容姿も多くの者達の審美眼に耐えるものであるからだ。


「我々は魔王様の国書をエルガルド帝国皇帝ルドルフ4世へ届けるのが目的です!! いわゆる特使というやつです!!」


 ヴェルティアの宣言に門兵達は明らかに戸惑った表情を浮かべた。


「ん? どうしたんですか?」


 ヴェルティアの問いかけに門兵達の指揮官と思われる三十代前半の兵士が一歩進み出た。


「特使……なのにご存じないんですか?」

「え?」

「皇帝陛下は崩御されました」

「へ?」


 ヴェルティアの間の抜けた声に門兵達の戸惑いもさらに深まったようであった。


「何を惚けてるんだ!! やったのはお前らだろうが!!」


 そこに一人の兵士が叫んだ。


「な!! なんて事言うんですか!! 失礼極まりないですよ!!」


 ヴェルティアの反論に声を荒げた兵士が黙る。


「いいですか!! そちらの皇帝陛下が誰に殺されたか知りませんが、私たちのせいにするのは明らかにお門違いというものです!!」


 ヴェルティアの更なる宣言に明らかに門兵達は狼狽した。


「おい、ヴェルティア。あんまりいじめるな。俺達の仕事は国書をエルガルド帝国皇帝に届けることだ」


 シルヴィスが馬車の中から出てきてヴェルティアの肩に手をおいて嗜めた。


「何言ってるんですか!! あの方達は明らかに私達に罪を擦りつけようとしているんですよ!!」

「擦りつける?」

「だってそうでしょう!! おそらく権力闘争の結果殺されたのにこちらに罪をなすりつけようという穢れきった思考回路は許せません!! なるほど……私の光る知性が犯人を導き出したよ」

「……一応聞いておくが誰だ?」

「もちろん、あの人です!!」


 ヴェルティアはビシリと指差した先にはヴェルティアに暴言を吐いた兵士がいた。


「え?へ?」


 指さされた兵士は明らかに狼狽した様子だ。まさか自分が矢面に立たされるとは思っていなかったのだろう。


「ふふん、惚けたふりが上手いですねぇ〜残念ですが、この私にあなたの狡い企みは通じないんですよ!!」

「ま、待ってくれ!! 俺がどうして皇帝陛下や皇太子殿下達を殺さなくちゃならんのだ!!」

「ふ……当てて見せましょう!! それはあなたがお金につられてこの国の皇帝暗殺を行ったのです!! やっていないと言うのならやっていない証拠を見せてもらいましょう!!」


 ヴェルティアの論理の展開に兵士は戸惑いを深めていく。


(お〜ヴェルティアのやつ……無茶苦茶な論理だが返答に窮してるのを見ると外交に参加していたと言うのもあながち間違いじゃないな)


 シルヴィスはヴェルティアの論理が破綻しまくってるのは理解しているが、それでもこのような状況であれば相手が返答に窮すれば良いのである。


「ヴェルティア、ここからは俺にやらせてみろ」

「え?」


 シルヴィスの言葉にヴェルティアは一つ頷くと、門兵達にシルヴィスを睨みつけた。シルヴィスの厳しい視線に門兵達はビクリと身を震わせた。


「特使に対する無礼な物言い……エルガルド帝国ではこれが基準なのかな?」


 シルヴィスの静かな物言いに門兵達は顔を青くした。特使に対してあり得ないレベルの無礼を行った事に気づき、極刑を言い渡されても仕方がない。それが魔族であろうが自分の言動で魔族との戦争が始まるかもしれないとなれば血の気が引くのも当然であった。


「それとも、君達の主人であるキューラー侯の意向かな?」


 シルヴィスの声がさらに一段低くなる。


「これほどの侮辱を特使である我々にした以上、それなりの覚悟を持って行ったのだろう?」

「ひ!!」


 シルヴィスの言葉に門兵達は震え上がった。


「いいだろう。君達の意向はわかった……それでは君達の意向に応えなければならないな。我が部下達と一戦交えて押し通らせてもらおう」


 シルヴィスの言う部下とはアンデッド達を示している事を察すると門兵達の顔が一気に青くなった。アンデッド達から放たれる凶悪な雰囲気は自分達の死を予感させるには十分すぎるというものであった。


「お、お待ちください!! 特使の方々への失礼をご容赦ください!!」


 指揮官が跪きシルヴィスに謝罪する。


「この者は皇帝陛下を崇拝して降りましたゆえ、不安定であったのです!!」


 指揮官は一縷の望みをかけて必死にシルヴィスへ訴えた。


「ふむ……貴国の皇帝陛下は民に慕われていたのだな……いいだろう。今回の件はここまでにしておこう。我らは通らせてもらうぞ」


 シルヴィスの言葉に指揮官はあきらかに狼狽した。このまま魔族の通行を許せば自分の責任を問われるのは確実だ。


「お、お待ちください!! このまま特使の方々をキューラー侯が何の歓待も行わないというのは我がエルガルド帝国の恥にございます!! 何とぞ!!」


 指揮官とすれば縋るような気持ちである。


「我らに歓待を受ける時間はない。だが、キューラー侯へと挨拶も無しというわけにもいかんな。の責任においてキューラー侯との面会を設定しなさい」

「え?」

「なるほど……つまり、君は我々をここに留めるのが目的というわけか……」

「い、いえ!! とんでもない!! すぐに取り掛かりますのでお待ちください!!」


 指揮官は数人の部下を連れて走り去ってしまった。残された部下達は困ったような表情を浮かべている。


「それでは我々はここで待たせてもらおう。何かあれば呼びなさい」

「はっ!!」


 シルヴィスの言葉に門兵達は直立不動になるとまるでシルヴィスの部下のように答えた。もはやこの場を支配しているのはシルヴィスである事は明らかであった。


「ヴェルティア、ユリさん馬車の中で待つとしよう」

「わかりました」

「了解しました」


 シルヴィスの言葉にヴェルティアとユリが馬車の中に入って動きを待つ事になった。


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