第125話 特使任命

 キラトは新魔王として執務を開始した。


 既に中央官庁、軍部の掌握を掌握していたキラトであったが、戴冠式後に魔族達の支持は広がっていき、急速にキラトは魔王としての地位を確立していった。


 キラトは魔王としての地位を盤石にしていくが、天界との戦いを決意した以上、そちらへの準備を整える必要があり、その準備にはそれなりの時間が必要である。


 魔族とはいえ、魔王が命令すれば即座に軍が編成され、物資の調達、補給方法が完了するというわけではない。


 指揮官の人選、武具の確保、食料の確保、兵員の訓練、作戦の立案、決定とやることは山ほどあり、時間もそれに従い必要になるのだ。


 幸い魔族には常備軍があり、軍の編成、兵員の訓練、指揮官の人選などはかなり短縮することができるのだが、それでも今日明日というわけにはいかない。


(……やはり一手打っておく必要があるな……)


 キラトが考えるのはエルガルド帝国を中心とする人族の存在である。キラトはシルヴィス達からの情報から異世界から召喚された者達が先頭に立って、魔族の領域フェインバイスに侵攻してくると思っている。


 正直な話、人族と戦って負けるとはキラトは思っていない。これは人族を軽視しているというよりも、国力を経済力、軍事力、技術力を比較して出した結論であった。


(むしろ……エルガルド帝国を屈服させるか……)


 キラトは判断がつきかねていた。単に人族が相手であればエルガルド帝国を滅ぼし、人族達を一つに集合させないようにしてから、各個撃破するという手段を取ることも考えるのだが、天界への対応も同時にしなくてはならないのである。


「シルヴィス達を呼んでくれ」


 キラトはルゼスにシルヴィス達を呼ぶように伝えると、ルゼスは恭しく一礼する。ルキナに長く使えていたルゼスをキラトはそのまま侍従長として登用していた。能力はもちろん、忠誠心も確かなためキラトとすれば職を解く必要は皆無であったため、そのまま地位にとどまらせたのだ。


「承知いたしました」


 ルゼスは頭を上げて返答すると執務室から出ていった。


 それから十分ほど経ってシルヴィス、ヴェルティア、ディアーネ、ユリの四人が執務室へ姿を見せた。


「呼び出したりしてすまないな」

「気にしないでくれ。立場と仕事量を考えれば当然のことだろう」


 シルヴィスの返答にキラトは苦笑を浮かべる。キラトは魔族達にシルヴィス達は自分の友であり、同格であるという旨を発したが、シルヴィス達は他の魔族がいるところでは敬語を使う。たとえキラト自身が認めたとはいえ、他の魔族達がそれを不愉快に思う可能性は高いし、それがキラトを軽んじる風潮を生むかもしれないと思えばシルヴィス達とすれば敬語で話すくらい大した問題ではない。


「今日来てもらったのは頼みたいことがあるんだ」

「ああ、いいぞ」

「まだ内容言ってないんだがな」

「お前に言われたくないな」


 シルヴィスの返答にキラトは憮然とした表情を浮かべた。シルヴィスはキラトが初めて自分達のところに現れた時に依頼内容を確認してなかったのだ。ある意味、強者ゆえの余裕と言える。


「実はなエルガルド帝国に特使として国書を届けてほしい」

「エルガルド? おいおい俺はあそこの連中から追われてるんだぞ?」

「だから?」


 キラトはタチの悪い表情を浮かべて問い返した。シルヴィスもまたニヤリと人の悪いみを浮かべて口を開く。


「エルガルド帝国の態度次第では滅ぼしてしまう・・・・・・・ぞ?」

「一人なら行かせないさ。しかし、ヴェルティアさん達もいるからな。むしろ、心配するのはエルガルド帝国の方さ」

「う〜ん、いまいち話が見えないな」


 シルヴィスの言葉にヴェルティア達も首を傾げていた。キラトがシルヴィス達を害しようとしていない事は理解しているのだが、エルガルド帝国に派遣させて何をさせたいかが今一わからないのだ。


「国書には和平の申し出を書いておくつもりだ」

「へぇ〜なんとまぁ……」

「鼻で笑うなよ」

「いや、お前エルガルドの連中は神の奴隷で思考能力皆無だぞ? そんな連中が魔王の国書を受け入れるわけないだろ」

「ああ、受け入れるわけはない」

「ひょっとして……魔王から国書が送られるのは史上初か?」


 シルヴィスの言葉にキラトは頷いた。


「そういうことだ。だからこそエルガルド帝国は判断に迷うだろ」

「なるほど、要するに時間を稼いでこいというわけか?」

「察しがいいな。こちらとすれば時間が稼げればそれでいい。その際に相手を脅そうが喧嘩をしようが一切構わない」

「あらら、随分と俺たちを買ってくれてるんだな」

「まぁ、心配しなくても現皇帝のルドルフ4世はここ数世代で一番の傑物だ。特使を害するようなことはしないさ」

「ほう、娘は嫌なやつだが父親はまともというわけか」

「娘のことはよく知らんがルドルフ4世は中々の人物だよ」

「そうか。わかったよ」


 シルヴィスは一つ頷くとヴェルティア達を見る。


「エルガルド帝国ですか〜一体どんな国なんでしょうねぇ〜」

「そうですね……人族の中心的な国家という話ですしそれなりの規模と水準の国家と言えるのではと思います」

「私は食生活に興味があるな。魔族の領域フェインバイスの食生活は結構竜皇国と似てるから美味しいんだよ。でも、エルガルド帝国の帝都の方はどんな料理があるか楽しみだよ」


 ヴェルティア達の会話にシルヴィスとキラトは苦笑する。普通に考えれば危険な任務であるはずなのに誰も危険と思っていないのである。これは油断ではなく自分達の力量故の自信の現れなのだ。


「とりあえず、今日中に国書は用意しておいてくれ。明日出発するつもりだ」

「ああ、用意しておく。……あ、そうだ」

「ん?」

「お前以外の異世界の連中の様子も確認しておいてくれ。実力次第で誰が対応するか考慮する必要があるからな」

「わかった。任せておいてくれ」


 シルヴィスの即答にキラトは笑った。


 このキラトの何気ない会話が救世主達の運命を大きく変えることになるのであった。


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