第118話 舞台は整う……

「終わったな」


 キラトの言葉を受けて全員が戦闘態勢を解いた。


「どうやら使わなかったみたいですね。これどうしましょうか?」


 ディアーネが使わなかったと言ったのはスティルに蹴散らされた黒装束達だ。黒装束達は自分達の主であるソールがなす術なくキラト達に討ち取られたことで皆呆然とした表情を浮かべていた。


 ソールは自分達が逆らうことなど考えることすら憚れるほどの強者だったのだ。だが、キラト達には一方的に敗れたのだ。とても反抗の気持ちなど持ちようもないことであった。


 ディアーネはリネアの護衛についていたのだが、味方達の常識外れの破壊力の前にこちらに向かってくることはできなかったのだ。


「しかし……本当にヴェルティア様は規格外ですね。シルヴィス様を逃すわけには本当にいけませんね」

「あら、シルヴィスさんはヴェルティアさんのストッパーとして期待されてるの?」

「いえ、私たちはヴェルティア様の幸せを1番に考えてます。シルヴィス様と一緒にいる時のヴェルティア様は本当に楽しそうなんですよ」

「そうね。確かにあの二人はちょっとした事で仲が進みそうな気がするのよね」

「はい。おっしゃられる通り命の危機を乗り切れば……すぐにでもと言いたいのですけど、あの二人が組んでいる限り命の危機は相手にしか発生しないです」


 ディアーネの言葉にリネアは苦笑する。ディアーネのいう通り、シルヴィスとヴェルティアが組んでいる限り、そうそう命の危機を与える相手などほとんどいない事だろう。


「でもヴェルティアさんって皇女様なんでしょう? シルヴィスさんと恋人同士になったからといって結婚を許されるのかしら?」

「あ、それなら大丈夫です。陛下も重臣の方々も今外堀を埋めているところです」

「あ……そうなんだ。何というか竜皇国って大らかね」

「逆に言えばそれだけヴェルティア様の配偶者はハードルが高すぎるわけです」


 ディアーネの言葉にリネアはまたも笑う。


「ふふ、どんな立場になっても悩みはあるものよね」

「はい。おっしゃられる通りです」


 ディアーネとリネアが話しているとヴェルティアがブンブンと二人に手を振っているのが見えた。


「二人ともこっちにきてくださ〜い!!」


 ヴェルティアの呼びかけに二人は話を中断し、仲間達の元へと向かう。


「皆様お疲れ様でした」

「ディアーネさんもリネアをよく守ってくれた。ありがとう」

「いえ、皆様方の活躍を頼もしく見させていただきました」


 キラトの言葉にディアーネは苦笑を浮かべつつ返答する。もちろん謙遜ではなく本心からだ。


「しかし、キラト。お前達がくるとは思ってなかったぞ。王太子という立場を考えればここに来ることがよく許されたな」

「ああ、親父殿が“行け”と言ってくれたんだ」

「魔王陛下が?」

「ああ、親父殿はお前達を助けることで……」

「どうした?」


 キラトが何かに気付いたように言葉を切り、考え込んだ。


「そうだ……どうして親父殿は俺をここに派遣したんだ?」

「どういうことだ?」

「俺とリネアは城でヴェルティアさんの闘気の高まりを感じて、みんなが何者かと戦っていることを察した」

「ああそれで実際にリューべやジュリナも駆けつけてきたぞ」

「もちろん、俺達もすぐに向かおうとした」

「?」


 キラトが何かに引っ掛かってることに対してシルヴィス達は首を傾げた。


「親父殿は俺達に武装してから来いと言ったんだ」

「というとキラト達を最初からここに送り込むつもりだったのか?」

「ああ……シルヴィス達の実力がわからないはずはない。言い換えればここに送り込むことは支援以外の目的があった……」


 キラトはそういうと顔を硬らせた。


「う〜ん、普通に考えるとキラトさんとリネアさんを城から出す必要があったんじゃないでしょうか」


 ヴェルティアの言葉にキラトとリネアは顔を見合わせた。


「キラト……お義父様の様子……それにあなたも大丈夫かなんて尋ねてたわ」

「ああ、やはり……おかしい」

「ここで考えても仕方ないですよ。一度城に戻って確かめることにしましょう!!」


 そこにヴェルティアの意見が出されるとキラト達は頷いた。このような時、ヴェルティアの単純な思考は事態を打破するには必要なのだ。


 そこに全員が何かを察すると顔を見合わせた。感じたのは異常な気配であった。ルキナの近くに突然強大な気配が現れたと思ったら、ルキナともう一つの強大な気配が消えたのだ。


「おい……キラト」

「わかってる。親父殿の気配が消えた」

「キラト!! 急ぎましょう!!」


 リネアが転移術を展開するとシルヴィス、ディアーネも同時に転移術を展開した。



 * * * * *


 転移が終わり現れたのは魔城フェイングルスの中庭であった。魔城フェイングルスを覆う結界に転移術で触れると中庭に転送されるようになっているのである。


「王太子殿下!! 妃殿下!!」


 現れたのがキラト達であったことに近衛騎士達が明らかに安堵の表情を浮かべた。


「陛下は?」

「魔煌殿にいらっしゃいます」

「魔煌殿? なぜこんな時間に?」

「わかりません。陛下が魔煌殿に入ってからメイレーヌ侍従長が立ち入りを禁じられました」

「ルゼスが?」

「はい……勅命であると苦渋に満ちた表情でおっしゃいました」

「親父……」


 キラトはキッと表情を引き締めるとディアーネが連れていた黒装束達を指差して指示を出す。


「あの黒装束共を牢に叩き込んでおけ!! 軍規相ガルエルム暗殺の実行犯の仲間だ」

「はっ!!」


 キラトの命令を受けて近衛騎士達が動き出すと黒装束達を引っ立てて始める。


「みんな、魔煌殿へ来てくれ!!」

「もちろんだ!!」


 キラト達が駆け出すとシルヴィス達も後を追う。


 キラト達の先導に従い魔城内を駆け、魔煌殿へと辿り着くとそこには、侍従、侍女、騎士達が困惑しながら魔煌殿の周囲にいた。

 魔煌殿の周囲には魔力で形成された結界に覆われており、数々の魔法陣が現れては消えていく。まるで水面に浮かんでは沈んでいるような印象だ。


「ルゼス!!」


 キラトが一人の男に声をかける。先ほどの話から考えて侍従長であることは間違いなかった。


「殿下……」


 ルゼスは項垂れながら一礼する。


「何があった?」

「わかりません。陛下は殿下達が出られた後に魔煌殿にいくと……そして立ち入りも……禁止されました」

「この結界は親父殿が?」

「おそらくは……」

「入れないのか?」

「はい、物理的にも……魔術でも破ることはできません」


 ルゼスは明らかに憔悴した様子だ。ルキナのことを信じてはいる。だが、ルキナがこれほどの結界を張らねばならないとは記憶になく、もしやという悪い予感を消すことができないのだ。


「てぇい!!」


 ヴェルティアが突如突進し魔力を込めた拳を思い切り叩きつけた。


 ドゴォォォォ!!


 凄まじい破壊音が周囲に響く。


 しかし、ヴェルティアの拳の一撃であっても結界を砕くことができない。


「く……ダメです」

「どうやらこの結界は自己修復するし、仕込まれた術式が次々と攻撃した箇所に現れて衝撃を吸収するな。込められてる術式の数が恐ろしいレベルだ。破壊してもそれがすぐに自己修復するから結界を破れない」

「う〜何とかならないんですか?」

「何とか……できないか……」


 シルヴィスが考え込むとキラトが肩に手を置くと静かに首を横に振った。


「おそらく……親父はこの中で相手と戦っているんだろう。そして、親父が恐れたのは自分とその相手が戦うことで生じる周辺の被害だ」

「逆に言えば魔王ルキナが周囲に気を配る余裕がないほどの相手か……」

「ああ……」


 キラトが魔煌殿へ鋭い視線を向けた。


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