第83話 仕込み⑦
「いや~まさかあんな方がいるとは思っていませんでしたねぇ~」
「おい」
「あれ?どうしたんです?」
シルヴィスの声にヴェルティアは首を傾げながら返す。
「いや、お前なんで俺を押したの?」
「ああ、シルヴィスが見とけとか言ったから前フリだと思ったんですよ」
「お前はあれか? 空気読めと言われない限りは読めない女なのか?」
「ふ、何言ってるんですか。私は空気を読んだからこそシルヴィスを押したのです!!」
ヴェルティアの自信たっぷりな言葉にシルヴィスはため息をついた。
「そんなに感嘆の息をつかれると嬉しいものですね」
「見事に俺の意図を曲解してるな」
「やはり複数の評価の基準を持っている私ってすばらしいですね。うんうん」
「お前……」
「それに、シルヴィスだって立場が逆なら私を押したんじゃないですか?」
「……そんなことはしないよ……?」
「そこは即答すべきでしたね~。つまり私のやったことは最善の手だったというわけです!! エッヘン!!」
「……くやしいが反論できん」
「はっはっはっ!!」
ヴェルティアの勝ち誇った高笑いにシルヴィスは悔しそうな表情をした。ヴェルティアが言ったようにシルヴィスも立ち位置が逆ならヴェルティアと同じ事をしたはずだった。
「お二人の世界を形成しておられるところ申し訳ありませんが、状況の説明をお願いしてもよろしいでしょうか?」
ディアーネの言葉にユリもキラト達もうんうんと頷いている。ディアーネ達は先にシュレンに斬り捨てられたために、状況が把握できなくなってるし、キラト達に至ってはそもそも状況がわからない。シルヴィス達が分身体を操作している間にキラト達に護衛を頼んでおいたのである。
「二人の世界……って……」
「う~ん、二人の世界がどんなものかよく分からないですけど、報告はすべきですよね」
シルヴィスとヴェルティアはやや引っかかりを覚えながら何があったかを話した。シルヴィス達からの情報を全員が静かに聞いていた。
「というわけだ」
「なるほどな。シュレンか。確か絶対神ヴォルゼイスの息子だったな」
「ほう。あいつは神の元締めの息子か」
「元締めか」
シルヴィスの言葉にキラトは苦笑を漏らす。何となく元締めという言葉を使うと悪の組織っぽく聞こえるというものだ。
「演技の可能性もあるが、魔族の虐殺については知らない様子だったな」
「……そうか。神達も一枚岩ではないのかもな」
キラトの言葉にシルヴィスは頷く。
「その辺のところを利用すれば有利に事を進めることが出来る可能性はあるな」
「だな」
「神も魔族も人間も結局は同じというわけだ。同じ組織に属していても色々な考えを持つ者の集合さ。個性の集合体であることを忘れちゃいかんな」
「そのことをトップがどう捉えてるかだな」
「ああ、親父様もその辺は苦労してるよ」
「組織の長って本当に大変だな」
シルヴィスがしみじみ言うとユリが口を開く。
「大丈夫だって!! シルヴィス様は統治者となるわけじゃないし、補佐だけしてくれればいいからさ」
「は?」
「そうですよ。シルヴィス様には手綱を握ってくれれば大丈夫です。小難しい事は我々がやりますよ」
ユリとディアーネの力説にシルヴィスは二人の言葉の意味することを図りかねており、首を傾げて仲間達を見るとヴェルティアも同様のようで首を傾げている。ちなみにキラト達はニヤニヤと意味深な笑みを浮かべていた。
「なんだよ?」
「べっつにぃぃ~」
「よし、キラト一度拳で語ろうか!!」
シルヴィスの言葉にキラトは笑顔を浮かべっぱなしだ。
「キラト、止めなさいよ。あんまりシルヴィスさんをからかうものじゃないわよ」
「そうじゃぞ。こういうのは過程を楽しむものじゃ」
「そうそう。キラト様ったらこれからが楽しいんだから茶々をいれちゃだめだよ」
「シルヴィスさん、気の毒に……」
キラト達は意味ありげな会話を交わした。
「まぁシルヴィス様をからかうのはこの辺りにして、今回のシルヴィス様発案の嫌が……いえ、攻撃は成功と言うことでよろしいですね?」
ディアーネが笑いをかみ殺しながらまとめに入る。
「そう判断して良いと思うよ。お嬢の行動には若干引いたけどさ。相手の考えてる安全地帯がまやかしと知らしめたし、神の情報も手に入った。他にも諸々とした布石も打てた。これ以上を求めるのはさすがに欲張りだと思うよ」
「そうですね。私もヴェルティア様の行動には少々引きましたが十分な成果を上げたと思いますよ。特に一方的に殴れるという傲りが誤りであることを教えて上げたのですからむしろ天界の者達には感謝して欲しいものです」
ユリとディアーネの言葉に全員が頷いた。神と天使達は天界に侵入を許した経験がほとんどない。だから、いざとなれば天界に逃げ込めば安全という意識があり、一方的に殴れると思っているのだ。ところが今回のシルヴィス達が天界で暴れた事で自分達も侵略を受ける可能性があるという意識を持つことになる。その意識は警戒や防御に一定の戦力を割くことになるのだ。
神達の実力を探るという目的もあるが、天界が一方的に殴れる相手でないという意識を植え付け、攻撃に全力を振ることを出来なくしたのである。
「ちょっと待ってください。私の行動の何がいけなかったというのですか!!」
そこにヴェルティアがユリとディアーネの意見に抗議の声をあげた。シルヴィスの背を押したことに二人が引いた事に不満なのだ。
「いや、普通に引くだろ」
「そんなこと言ってもシルヴィスだってさっきやると言ったじゃないですか」
「いや……イッテナイヨ?」
「大丈夫です!! 私はシルヴィスがどんな外道であっても見捨てるような事はしませんから!!」
「いや、さりげなく俺がやったことにするな。今回やったのはお前だからな」
「では次回はシルヴィスがやりますね!! うんうん外道ですねぇ~」
シルヴィスとヴェルティアのやりとりを仲間達は楽しそうにみていた。
(さて、天界のやつらの危機意識がまともなら攻め方を変えてくるはず……そしてエルガルド帝国もそろそろ動き出すかもな……)
シルヴィスは心の中で神と人間の一手を潰すためにどうすべきかを考える。だが不安はない。相手がどのような手段を使おうがたたきつぶすだけだ。この仲間達となら絶対に可能である事を理屈抜きに信じることが出来た。
(お師匠様……まさか俺にもこんな仲間が出来るなんて思ってませんでしたよ)
シルヴィスは自分の中に生じた変化に少しばかり驚いていた。
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