第65話 シルヴィス②
「ギオル、こっちおいで」
「おとうちゃん!!」
二十代後半の男性がギオルと呼んだ六歳程の男の子が嬉しそうに駆け寄るとヒシッと抱きついた。
「あ~ギオル!! ずるいぞ!!」
「えへへ~」
そこにもう一人の男の子が口を尖らせてギオルへ文句を言うが、ギオルは父親の足にしがみついて嬉しそうに微笑んだ。
「ふふふ、ミリムもギオルも喧嘩しないの」
ニコニコしながら優しそうな女性が二人の男の子を窘めた。しかし、ニコニコとしながらなので窘められたので効果はなくニコニコとしていた。
「アルマ、ただいま。ラディア、元気にしていたかい」
男性がアルマと呼ばれた女性の抱く赤ん坊の頬をつっつきながら言う。その様子はとても幸せそうだ。
「ゼイル、お帰りなさい。畑の様子はどう?」
「ああ、今年は豊作間違いなしだ」
「本当。良かったわ」
アルマがニコニコしながら言うとゼイルも嬉しそうに頷いた。
「さ、夕飯にしましょう」
「わ~い」
「ああ、腹減ったから、楽しみだ」
一家は室内に入り、すぐに食事が始まった。家族団欒の時間は本当に幸せを体現したものであった。
「そうそう、ハンスさんから聞いたんだが、この近辺で見慣れない連中がうろちょろしてるらしい」
「あらやだ。なんだか怖いわ」
アルマの怯えた声にミリムが胸を張って言った。
「大丈夫だよ。悪い奴なんてボクがやっつけてやる」
「ボクも!! ボクも!!」
ミリムに続いて弟のギオルも手を上げる。それをみて両親は顔を綻ばせた。
「頼もしいな。我が家には頼もしい二人の騎士がいる」
「ええ、本当に頼もしいわ」
両親はニコニコしながら兄妹の頭を撫でた。撫でられた兄妹は嬉しそうに顔を綻ばせた。
そして……数日後
* * * * *
その日はいつもの通りだった。朝に仕事にでかけたゼイルが夕方に戻ってきて、家族団欒の夕食を終えたところで、それは起こった。
突如、扉を蹴破って三人の男達が入ってきたのだ。
「おい、金を出せ!!」
「食料もだ!!」
男達は下卑た嗤いを浮かべながら言い放った。
「なんだお前ら!!」
ゼイルが立ち上がったところで、男の一人がゼイルに斬りかかり、ゼイルの方をザックリと切り裂いた。
「あなた!!」
「おとうさん!!」
「おとうちゃん!! おとうちゃん!!」
「うわ~ん!!」
ゼイルの肩を切り裂いた男はニヤニヤとしながら、剣についた血を舐める。
「なんだぁ~恵まれない俺たちに金と食料恵んでくれってだけなのによぉ~」
「ああ、ガキ共を刻んでやるか」
「ひゃはは、そりゃいいな」
男達はニヤニヤとしながら言う。自分達が絶対的な立場にある事を確認した上で、下の者を嬲ろうという醜い意識が見える。
「へぇ、この女は中々いい女じゃねぇか。おい、俺たちの相手をしろよ」
「ひっ」
男は舌なめずりしながら、アルマに近づいてきた。
「やめろ!! 金も食料もやる!! だから家族に手を出さないでくれ!!」
ゼイルの願いは男達の嗜虐心を増しただけであったようだ。
「あ~ん? お前はなんで偉そうに言ってんだよ」
男がゼイルの腹を蹴りつけるとゼイルは壁にぶつかりうずくまった。
「おとうさん!!」
「邪魔だよガキぃ!!」
男がゼイルに駆け寄ろうとしたミリムを蹴りつけると、ミリムは吹っ飛び壁にぶつかった。
「ひゃははは!! ひでぇな!!」
「おい、クソガキ生きてっか? ひゃはははは!!」
「おい、アマ俺が相手してやっからよ。……あん?」
アルマに近づこうとした男が機嫌を急降下させた声を出した。その理由はギオルが両手を広げて守ろうと立ちはだかったからだ。
「ギオル!! 止めなさい!!」
アルマがギオルを引き寄せるよりも早く男が動いた。
「はぁ、なんですか~このガキは~?」
男はギオルを蹴り飛ばそうとニヤニヤとして蹴りを繰り出そうといたところで異変に気づく。ギオルの左半身に黒い紋様、右半身に赤い紋様が浮かんだのだ。
「あっちいけぇぇぇぇぇぇ!!」
ギオルが叫んだ瞬間に蹴りを繰り出した男の右半身が爆ぜた。
「へ?」
右半身が爆ぜた男は呆然とした顔を浮かべ床に崩れ落ちたとき、自分の置かれた状況に気づくと苦痛を感じ顔を大きく歪めたが、すぐに表情が消えた。
「え……え?」
ギオルは自分についた返り血に呆然とした声を無意識に発していた。
「てめぇ!! 何しやがった!!」
仲間が突然爆ぜた事に混乱した二人の男がギオルに斬りかかった。
「くるなぁぁぁぁ!!」
ギオルが絶叫すると男達は胸部を中心に砕け散った。頭部が床に落ち、絶望の表情を浮かべた。
「え?え?」
ギオルは自分が男達三人を殺したことを理解してガタガタと震えだした。ギオルは救いを求めて母アルマを見る。
「あ……おかあ……ちゃ……」
ギオルは目に涙をためながら一歩一歩近づいていく。いつものように優しく抱きしめて欲しかったのだ。
「ひっ!! こないで……」
「……え?」
アルマが自分を見る目がはっきりとした恐れを含み、そして拒絶の意思をはっきりと感じたギオルは足を前に踏み出すことが出来なくなった。
ギオルの歯がガチガチと鳴り、眼にたまった涙があふれ出した。ギオルは希望を込めてゼイルを見るとゼイルは気絶したミリムを庇っていた。もう、脅威は去ったはずなのにゼイルはミリムを未だに庇っていたのだ。
それは誰から庇っているのか?
自分だ。
父が自分から兄を庇っていることを理解したとき、ギオルの中の何かが弾けた。
「あ……うっうわぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
ギオルは泣きながら外に飛び出した。
「ギオル!!」
「ギオル!! 待って!! 違うの!!」
背後でギオルを呼び止める声がするが、ギオルは足を止めることはしなかった。
(ボクは捨てられた!!)
ギオルの心にはこの思いだけが満ちていた。
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