第55話 八戦神②

 シルヴィス達一行は魔族の領域フェインバイスを大きなトラブルもなく進んでいた。

 キラト達が本来の姿に戻っているために、領内の魔族達が警戒することもなかったことが大きい。むしろキラト達は魔族の領域フェインバイスで英雄的立場にあり、歓迎を受けたほどである。


「魔族と言っても文化風習が異なるだけで、基本変わらないですよね」


 ヴェルティアの言葉にシルヴィスは頷いた。


「魔族は国家組織をきちんと構築してるからな。文化的な違いがあるけどそこに優劣はないさ」

「むしろ人間の方が心が狭い気がするんですよね~」

「まぁ、環境のせいだな。親から子へ、子から孫へと教え込まれたものがいつの間にか真理ということになるのさ」

「あ~でも、それってうちもですねぇ~」

「知性があればそうなるさ」

「しかし、シルヴィスがまともなことを言ってますね~うんうん」

「お前から言われると何かイラッとするんだが……」

「まったく~シルヴィスは素直じゃありませんね~私のような超絶美しょ……いた!!」


 シルヴィスがヴェルティアの額をペチッとはたいた。


「何するんですか!! いくら私がウザいとはいえ、いきなり暴力を振るうなんて酷いですよ!!」

「お前、自分で自分のことをウザいとか言うなよ……。お前をはたいたのは蚊がいたからだよ。お前が妙な病気になったら可哀想だから心を鬼にしてはたいたんだ」

「あ、そうなんですか。それなら仕方ないですね~うんうん。ありがとうございます!!」

「お前……」

「なんですか? ひょっとして私の美しさに見とれてしまいましたか? はっはっはっ!!」

(こいつ……そうだ)


 ヴェルティアの屈託のない高笑いにシルヴィスは何となく負けた気になってしまい、少しばかり意趣返しをすることにした。


「ああ、見とれてしまう」

「へぁ!!」


 シルヴィスがニコッと微笑んで言うとヴェルティアが明らかに狼狽えた反応を示した。


(けけけ、びっくりしてやがる)


 シルヴィスは心の中でニヤッと嗤うとさらに続けることにする。


「ヴェルティア、お前はどうして俺の気持ちに気づかない?」

「へぁ!!ななな……」


 シルヴィスの言葉にヴェルティアの頬は真っ赤になりそれが顔全体、耳まで広がるのに僅かな時間も掛からなかった。


「俺が最も気になってるのはヴェルティアお前なんだ……」

「はわわ」

「何しろお前は何をしでかすかわかったものじゃないからな」

「え?」


 シルヴィスの言葉にヴェルティアは呆けた声を出してしまった。そして、シルヴィスにからかわれた事を理解すると顔を真っ赤にした。

 しかし、次にポロリと目から大粒の涙が落ちる。


「ひ、ひどいです。シルヴィス……」


 ヴェルティアが涙したことに今度はシルヴィスが動揺する番であった。


「あ、ああ。ご、ごめん。まさかお前が泣くなんて、ど、どうしよう」


 戦いにおいてシルヴィスは男女で攻撃に差をもうけるような事はしない。命のやり取りにおいて手心を加えることの危険性・・・を痛いほどわかっているために容赦など一切しないのだ。

 だが、これは戦いの場ではない。ヴェルティアをからかった結果、彼女を傷つけたというのはシルヴィスの戦いの容赦の無さとは一線を画すものだからだ。


「ご、ごめん。ヴェルティア許してくれ」

「本当に悪いと思ってます?」

「ああ、本当にごめん」

「言葉だけならなんとでも言えますよ」

「うう、俺にできることならなんでもするよ」

「本当ですか?」

「ああ、約束する」


 ヴェルティアはシルヴィスの言葉を聞くとニヤリと口角を上げた。


「よーし!!言質は取りましたよ!! はっはっはっ!!」


 ヴェルティアが突如高笑いしたことに今度はシルヴィスが呆けてしまった。


「ディアーネ、聞きましたね。シルヴィスがお詫びとして何でもすると言いましたよね」

「はい。もちろんでございます」

「え?」


 ディアーネは神の小部屋グルメルから素早く紙とペンを取り出すとササッと何やら文章を書き出すとシルヴィスに差し出してきた。


「シルヴィス様、内容をご確認の上、サインをお願いいたします。なお、シルヴィス様は約束を反故にするような卑劣なことはしないと信じております」


 ディアーネはニッコリと笑いながらシルヴィスにサインを迫る。


「わ、わかりましたよ」


 シルヴィスは文書を受け取ると内容を確認する。


(なになに? シルヴィスはヴェルティアの願いを一つ全力を持ってかなえなければならない。なお、ヴェルティアの願いは犯罪行為は含まれないものとする……か)


 シルヴィスの視線を受けてディアーネは笑顔で圧をかけてくる。正直、とても怖い。

 シルヴィスは文書にサインするとディアーネはニッコリと微笑んで、文書を神の小部屋グルメルへと保管した。


「ヴェルティア様、文書の保管は完了しました。あとはお任せください」

「え? ちょっと大袈裟じゃないですか? 何もそこまでする必要はないと思うのですが?」


 ディアーネの大げさな行動にさすがにヴェルティアも戸惑ったようであった。


「いえ、必要な処置でございます!!」


 ディアーネの力強い言葉にシルヴィスもヴェルティアも何も言えなくなってしまった。


「シルヴィス様、ヴェルティア様は皇女。涙の演技など基本でございます。存外シルヴィス様も脇が甘いのですね」

「気をつけます」

「いえいえ、こちらとすれば願ったり叶ったりでございます」


 ディアーネはそう言ってニッコリと笑った。


 ガラッ


 そこに御者台の座席の窓が開き、ユリが声をかけてきた。


「今日の宿泊の村に着いたみたいですよ」

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