第53話 閑話 ~竜帝国の激震~

『シルヴィス様と合流いたしました』


 ディアーネから定期的に送られてくる通信はヴェルティアとシルヴィスの状況を竜皇国へ伝えていた。

 ディアーネの送る通信術は、魔道具マジックアイテムである神の声ガラン神の耳ゴラムによるものだ。

 神の声ガランはブレスレッド、そのブレスレッドに話しかけることで神の耳ゴラムの鏡に文字が浮かび上がるようになっているのだ。


 ディアーネが渡されたのは神の声ガラン。ディアーネは異世界に渡る際に竜帝シャリアスより直接手渡されたものだ。さすがに異世界に娘がいくのを心配しない父親はいない。

 シャリアスはディアーネに密命でヴェルティアとシルヴィスの仲を報告するようになっていたのである。


『ヴェルティア様とシルヴィス様を夫婦ということにしました』


 ディアーネの報告に竜皇国の首脳陣は激震が走った。


 ヴェルティアはアインゼス竜皇国において、人気は群を抜いている。その美しさもだが、その天真爛漫さ、弱きを助け強きを挫くというわかりやすい価値観に魅力を感じない者達はほとんどいないのだ。

 しかし、その人気に対して浮いた話が皆無なのは、相手の男達が気後れしてしまうのに加え、ヴェルティアの爆走についてこれないからだ。


 そこにディアーネの報告の『夫婦ということにした』という言葉にシャリアスを始め、竜皇国の首脳陣にとってどれほど力づけられたか。


『魔族と手を組みました』


 しかし、次の報告に竜皇国の首脳陣に困惑が浮かんだ。


 ディアーネの報告の『手を組んだ』という表現は、何かしらのトラブルに巻き込まれているのではと思わされる者だったからだ。何もトラブルに巻き込まれてなければその表現を使うのではなく『仲良くなった』という表現を使うからだ。


「陛下、援軍を送るべきではないでしょうか?」


 宰相のゼイセアス公爵が竜帝シャリアスへの進言を行った。ゼイセアスは長年、シャリアスに仕えた優秀な宰相である。

 当然、ヴェルティアとも面識があり、自分の娘のように思っていた。ゼイセアスには娘しかいない。それがなければ自分の子と結婚させたいと思っていたかもしれない。


「そうだ!! 皇女殿下をお救い申し上げなければ!!」

「陛下!! ご決断を!!」


 竜帝国の重鎮達の言葉にシャリアスは片手をあげて制した。


「落ち着け……卿等が心配しているのは誰だ? ヴェルティアだぞ?」


 シャリアスの言葉に重鎮達は思い出したように静かになった。ヴェルティアという歩く暴風を心配している事の矛盾に気づいたのだ。

 ヴェルティアは自分達よりも遙かに強い。増してそのヴェルティアと互角の実力を持つという皇配候補第一位のシルヴィスと行動を共にし、ディアーネとユリシュナというヴェルティアには劣るが、一軍を投じる必要があるほどの猛者が護衛についていることを思い出したのだ。

 むしろ援軍の方が足手まといとなり、ヴェルティア達が危険となる可能性があるのだ。


「も、申しわけございません。取り乱しました」

「よい。卿らがヴェルティアを大切に思っていてくれている証拠だ」


 シャリアスの言葉に重鎮達はかしこまった。


『ヴェルティア様とシルヴィス様の仲は順調に進んでおります』


 その時、ディアーネから報告が入った。


「な……」

「おおっ!!」

「な、なんと!!」


 ディアーネの報告に首脳部達は色めき立った。シルヴィスという名前とヴェルティアと互角の実力を持っているという事は知っているが、ディアーネの報告からヴェルティアの暴走をも受け止めることの出来る器量を有している可能性があるということだ。


「陛下!! シルヴィス殿……いえ、シルヴィスならば、皇女殿下と」

「ああ、合流から三週間ほど経っても、まだ関係が続いている」

「いや、ディアーネ殿の報告では仲が進展してるとあったぞ」

「ひょっとして、これは……これは……ひょっとするぞ」


 重鎮達の声に興奮が含まれている。その興奮はある意味ヴェルティアに対して失礼極まるモノであるのだが、重鎮達にはそのことで罰せられても構わないという覚悟すらあったのだ。


「皆の者!! この機会を逃すわけにはいかぬ!! 今我々が手を出せばせっかくの好機を逃してしまうやもしれん!! あの・・ヴェルティアのストッパーとなる可能性のある逸材を逃して良いのか? 答えは断じて否だ!!」


 シャリアスの言葉に重鎮達は頷いた。


「陛下!! 我々が出来る事といえば皇女殿下が戻られたときに、シルヴィス様を決して逃さぬようにするための準備ですな!!」


 重鎮の力強い言葉に全員が頷く。いつの間にかシルヴィスの事を様付けしているのだが、まったくそこには誰も触れない。


「そうだ。シルヴィス君には何が何でもヴェルティアの夫として手綱を握ってもらわねばならない!!」


 シャリアスの言葉に全員が頷いた。


「全員、これは戦と心得よ!! 我らに敗北は許されていない!!」

『おう!!』


 重鎮達の心強い応答にシャリアスは満足気に頷いた。


 竜皇国に謎の激震が走っていることをまだシルヴィスは知らなかった。

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