第11話 閑話 ~ヴェルティア吼える~

「もう!! 一体どこいったんですかぁぁぁぁ!!」


 ヴェルティアの絶叫が部屋を揺らしている。


「皇女様、落ち着いてください」

「だって、ディアーネ」

「"だって"ではございません。アインゼス帝国の皇女として相応しい……申し訳ありません。皇女様にとって無理な注文でした」

「なっ!! 私は皇女として常日頃から相応しい行動をしていますよ!!」


 ディアーネと呼ばれた侍女の言葉に、ヴェルティアは口を尖らせて反論する。


「確かに弱きを助け、強きを挫くという行動はアインゼス国を束ねるお方として頼もしい限りでございます」

「ほら、見なさい!! はっはっはっ!!」


 ディアーネの言葉にヴェルティアは鼻高々という感じで、腰に手をあて高笑いを始めた。


「皇女様の場合はやりすぎです」

「はっはっ……え?」

「強きを挫くというよりも強きを砕くです」

「何言ってるのよ」

「事実です」

「うっ……」

「まさか、エミュルデン侯爵領での事を忘れている。いえ……なかったことにしているとは思いませんでした」

「あ、あれは大丈夫です。エミュルデン侯爵領の方々も喜んでくれてたじゃないですか!!」

「あれは笑顔ではありません。引きつっていたのです」

「はっはっはっ!! ディアーネは斜に構えすぎです!! 私には皆が喜んでいる姿しか見えませんでしたよ」


 ヴェルティアの高笑いにディアーネは小さくため息をつく。


 確かにヴェルティアの言う通り、彼女の行動は基本的に善意に基づいて行われている。ただ、その実力があまりにも規格外のために、その被害も甚大になるのだ。弱きを助けるために強きを蹴散らすなど日常茶飯事。

 エミュルデン侯爵という悪徳貴族がおり、領民の訴えに応じたヴェルティアはエミュルデン侯爵を成敗した。その成敗の際にエミュルデン侯爵軍最強の剣士であるラーゼンという剣士と戦ったのだが、ヴェルティアはその圧倒的な戦闘力で文字通り蹴散らしたのだ。

 最強の剣士が文字通り蹴散らされる様子を見たエミュルデン侯爵軍は戦意を喪失というよりも、マイナス方面に振り切れてしまった。別の言い方をすれば一斉に降参し、命乞いに走ってしまったのだ。

 ちなみに、ラーゼンの持つオリハルコン製の長剣をヴェルティアは拳で打ち砕き、その余波でエミュルデン城の城門が消し飛んでしまったのだ。

 侯爵領に住む者達にとって、ある意味エミュルデン城は自分達の誇りの一面があったのだ。それを消し飛ばされてしまったとなれば、喜ぶべきか悲しむべきか判断に迷うのも当然であった。

 幸いにもエミュルデン侯爵が心を入れ替え(心折れたとも言う)、今は善政をおこなっているそうだ。


 確実に「また来ます」というヴェルティアの言葉をエミュルデン侯爵は『今度来たとき善政敷いてなかったらどうなるか解ってんのか?ああん』という脅しにとった結果だろう。

 領民達も今回は侯爵が悪かったからだが、自分達が悪ければヴェルティアの災害がこちらに向かうことは、本能で解ってたので侯爵を侮るようなことはせずに日常に戻ったのだ。


 普通であればヴェルティアの行動は足をすくわれまくるものだが、ヴェルティアにはそれがなかった。


 ヴェルティアはアインゼス竜皇国の第一皇女であり、皇室は竜神族という竜神の血を引いた一族で、その戦闘力は他種族を圧倒する。ヴェルティアはその竜神族のなかでも頭一つ抜きんでる実力の持ち主である。

 もはや、ヴェルティアと互角に戦えるのは父である竜帝シャリアスくらいのものなのだ。


 世界最高レベルの戦闘力を有するヴェルティアだが、悩みがないわけではない。そして、それはアインゼス帝国の悩みでもあった。

 ヴェルティアは性格の良さ、その美しさ、戦闘力で国民の人気は高い。いや、高すぎると言って良いだろう。だが、それ故に婚約者が決まらないのだ。ヴェルティアの実力、カリスマ性に気後れする男達が続出し、ヴェルティアの方も卑屈になる男達しかいないことにすっかり呆れきっており、開き直って『自分よりも強い男となら結婚する』と言ってはばからないのだ。


「それにしても皇女殿下と互角に戦ったというその人物は今どこにいるのでしょうね?」


 ディアーネの言葉にヴェルティアは思い出したというようにムキーというように吼えた。


「そうなんですよ!! シルヴィスは私と互角に戦えるほどの猛者!! しかも勝負の途中で消えるなんてあんまりじゃないですか!! そうは思いませんか? そう思いますよね!! うんうん!! ディアーネはやっぱり私の友ですね~!!」

「私は一言もそんなこと言ってないんですけどね」

「大丈夫です。ディアーネの言いたいことは私は完全にわかってますから!! はっはっはっ!!」

「はぁ……まぁそれはそれでいいです。既にそのシルヴィス殿の件は陛下も聞き及んでおりますので、全力で探しているところでございます」

「え? お父様がですか?」

「はい。ですので少々お待ちください」

「さすがはお父様ですねぇ~かわいい娘のために忙しいのに手を割いてくれるなんて、あとで肩でももんで上げることにします!!」


 ディアーネの言葉にヴェルティアは嬉しそうに笑う。


(あら? ヴェルティア様にしてみれば珍しい表情だわ)


 ヴェルティアに仕えることになって十年ほど経つが、いつものヴェルティアの笑顔とは少しばかり違うようにディアーネは感じていた。


(これは……陛下達にお知らせしなければ……会ったことはありませんがシルヴィス殿これから大変でしょうけど頑張ってくださいね)


 ディアーネはシルヴィスに心の中でエールを送る。


 ヴェルティアとシルヴィスの戦いは多くの者が知るところであり、特に竜帝シャリアスはシルヴィスの存在に藁をもすがる思いで期待していた。


 そう、ヴェルティアの配偶者となれる可能性のある逸材を、アインゼス竜皇国がこぞって捜索を始めているのだ。


 それは例え異世界に逃げたとしても逃げ切れるものではない。


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