第09話 決別②

「皇女殿下!!」


 ラフィーヌの私室に専属侍女のアルマが飛び込んできた。いつものアルマは仮面を着けているような無表情であるのに、表情が強張っている


「どうしたの?」


 ラフィーヌはアルマの行動を窘めるわけでもなく、ただ静かに問いかけると、アルマは自分が取り乱していた事を恥じたようであった。


「はっ、ギエル卿が失敗したとの事です」

「失敗ですって?」


 アルマの報告にラフィーヌは目を細める。その冷たすぎる眼差しにアルマはゾクリとした感覚を得る。


「はい。ギエル卿は左目を失い、右腕を骨折。補助のために付けた騎士二人は死亡とのことです」

「あの者には祝福ギフトはなかった……にも関わらずギエルがしくじったというの?」

「はい……信じられぬことではありますが」

「ギエルは?」

「ギエル卿はただいま治癒術士によって治療を受けております」

「意識はあるのね?」

「はい」

「そう……今からギエルの元へいくわ」

「承知いたしました」


 ラフィーヌの言葉にアルマは一礼する。ラフィーヌは想定外の事が起こった場合、伝聞ではなく、直に事情を聞くことを望む事は骨身にしみて理解しているからだ。


 アルマの返答に満足気にラフィーヌは頷くと私室を出た。アルマはラフィーヌにそのままついていく。


「ノルトマイヤーは?」


 ラフィーヌは振り返ることなくアルマに尋ねる。


「はっ、おそらく今頃ギエル卿の元へ向かわれていると思われます。

「そう」


 ラフィーヌはそう答えるとギエルの元へと急いだ。

  

 *  *  *  *  *


「ギエル」


 治癒室へと入室したラフィーヌを見たギエルは立ち上がりそうになるのを治癒術士達が制止する。

 いかにラフィーヌが来室したとは言え、治癒行為を優先することはエルガルドの慣習上許されていることであった。


「まさか、あなたが仕損じるとは思わなかったわ」

「弁解のしようもございません」


 ラフィーヌの言葉を受けてギエルは悔しそうな表情を浮かべた。


「皇女殿下、ギエルの件、誠に面目ございません」

「ノルトマイヤー、ギエルの腕は私も知っているわ。そのギエルが仕損じるということはあの者は祝福・・を持っていたという事に他ならない。私はそれを確かめに来たのよ」


 ラフィーヌの言葉にノルトマイヤーと呼ばれた壮年の男性は静かに頭を下げる。


 ノルトマイヤーの爵位は伯爵であり、エルガルド帝国皇室直属の諜報機関である『八つ足アラスベイム』の八人の幹部の一人である。

 八つ足アラスベイムは、諜報活動のみならず、暗殺、破壊工作、世論誘導などを行う組織であり、エルガルド帝国を影から支えている。


 ラフィーヌはギエルに視線を向けるとギエルはポツポツと話し始めた。


「まず、あの者が祝福ギルドがあるかは確認できませんでした」

「どういうこと?」

「はい。あのとき私は振り向きざまにやつの首を刎ねようとしたのですが、肘を抑えられると同時に目を潰されました」

「純粋な体術というわけね」

「はい。私よりも速く動いたわけではありません。まるで心を読んでいたかのような……そんな感覚でした」

「それで?」

「イドスとライネルが襲いかかりましたが、難なく二人をあしらい、指に魔力を込めて二人の胸を貫きました」

「……つまり、あの者には魔術と武術の心得があるということね」

「おそらくは……」

「そう……よくわかったわ」


 ラフィーヌはそう言うと踵を返す。聞くべき事は聞いたという事だ。


「お待ちください!!」


 しかし、ギエルはラフィーヌを呼び止めた。


「どうしたの?」

「ご無礼をお許しください。もう一つお耳に入れておくべきことがございます」

「何?」

「はっ!!あの者はこう言いました」


 ギエルは飛び上がると袖口に隠していたナイフを取り出すとラフィーヌえ襲いかかった。

 ギエルのナイフがラフィーヌの喉を切り裂こうとした瞬間、三者が動く。

 一人目はラフィーヌ本人だ。皇女という高貴な身分とは思えぬほど機敏な動きで後ろに跳んでギエルのナイフを躱す。


 二人目はアルマ。アルマはスカーフを外し、魔力を通して刃とするとギエルの右手の指をナイフごと切り落とした。手首から切り落とすことも出来たのだが、ラフィーヌに血がかかることを避けたのだ。


 そして三人目はノルトマイヤーだ。ノルトマイヤーは懐からナイフを投擲する。放たれたナイフはギエルの喉を貫いた。ノルトマイヤーの投擲したナイフの柄には鎖がつながれており、そのまま鎖を首に引っかけると背負い投げの要領で地面に頭から落とした。


 頭から落ちたギエルは、ピクピクと痙攣を起こしていた。


「ギエルがなぜ私を……」


 ラフィーヌにとっても流石にギエルが襲いかかると思っていなかったので、怪訝な表情を浮かべている。


「いずれにせよ。御身にケガがなくて……ぐぅ!!」


 ノルトマイヤーがラフィーヌの無事を喜んだ瞬間に苦痛の声が上がった。ギエルがノルトマイヤーの背中を刺していたのだ。


「ノルトマイヤー!!」

「ノルトマイヤー様!!」

「きゃああああああ!!」

「そ、そんな」


 ギエルがノルトマイヤーを刺した事は、もちろん大事件だったが、ギエルのとった方法が常軌をを逸していたのだ。ノルトマイヤーを刺したナイフは先ほどまで自らの首に刺さっていたナイフだったのだ。

 それをためらいなく引き抜き傷口から大量の血が噴き出している姿は、事態の異常さを際立たせていた。


「駄目だったか……ま、こいつだけでも殺っておくかな」


 ギエルはそう言ってノルトマイヤーの背中からナイフを抜くと、ノルトマイヤーの喉を掻き切った。


「とどめ……」


 ギエルは生気のない目をノルトマイヤーへ向けると延髄にナイフを突き立てた。


 ノルトマイヤーの目がグルンと白目となり崩れ落ちる。


「ギエルではないわね」


 ラフィーヌの嫌悪の籠もった声にギエルは生気のない目を向けた。


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