ヴィントミューレはセピアに染まる
@haru_asa
序章 ふたりのはじまり
神殿の中庭のベンチにこどもがふたり座っていた。
背の高く、長い髪を下ろしている子供がエルブ。着ている生成色のワンピースは、目立つ飾りこそないけれど上品な作りなのが見て取れる。
背が低く、中途半端な長さの髪を小さく束ねているのがトキワ。質素なズボンはずいぶん長く使われてきたようで、継ぎ接ぎがあちこちにある。
ふと、エルブがため息をついた。大きなものではなかったけれど、特に会話のなかったふたりの間でそれはことさらに響いた。
「エルブ、どうかしたの?」
「大したことじゃないんだけど……」
首を傾げたトキワに、エルブは躊躇いがちに話し出す。
「昨日読んだ本が、恋愛のお話だったんだ。きらきらしていて、とっても素敵で……。だけど私はこれから先恋愛なんてすることないんだろうなって」
エルブは十四歳。そろそろ年頃と言ってもおかしくない年齢だ。
目を伏せるエルブに、トキワは困ったような顔をした。
「風神さまの塔に行くの、嫌になっちゃった?」
エルブが二十歳になってから務めることが決まっている風神の塔は、風神だけに仕えるため、伴侶を持つことを禁止されている。
そして、二十歳になるまでを過ごすこの神殿に、エルブと同じ年頃の子供は二つ下のトキワしかいなかった。
「そんなことないよ。私は音色の子として――霧音の民の英雄のあとを継ぐものとして生まれたことを、誇りに思ってる。竪琴も好き。将来、毎日風神さまのために演奏するのも苦じゃないよ」
そう語る瞳には大人びた光があった。
「でも、やっぱり少しは『普通』に憧れちゃうなあ……」
そうして、エルブは小さくため息を落とした。トキワもしばらく黙っていたが、ふと思いついたように尋ねた。
「恋愛って、何をするの?」
漠然とした疑問だったが、エルブは特に間を空けず答えた。
「好きな人と恋人になるの。そして一緒にお買い物をしたりお祭りに行ったり、たくさんの時間を一緒に過ごして、ゆくゆくは結婚するんだ」
トキワはエルブを見上げた。
「お買い物をしたり、お祭りに行くのは僕もできるよ」
エルブは瞬きを繰り返したあと、小さく笑った。
「トキワが私の恋人になってくれるってこと?」
「僕、エルブのこと好きだよ」
トキワの真面目な顔を見て、エルブは微笑む。
そうしてしばらく黙っていたが、ふと空を見上げて言った。
「そうだね、それもいいかもね。どちらにせよ、私の友達はあなただけだもの」
エルブは立ち上がって手を差し出した。
「じゃあ私たち、恋人ってことにする?それで、一緒に楽しいこといっぱいしようか。どっちかがやめようっていうか、私が風神の塔に行ってしまうまで」
「うん」
トキワは笑ってエルブの手をとった。
神殿の鐘が鳴る。礼拝が始まる時間だった。
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