第3話 インド
期末テストを翌日に控え、一学期中最後の昼休みがある今日。
数日間の準備期間を経て迎えた、
「えーっと右近君。今日はなんと右近君がお昼をごちそうしてくれるっていうからなるべくお腹空かせてきたんだけど……」
「そうだね、準備は完璧だよ。すぐに用意するからそこで待っててね」
「うん、待つよ。待ってるけどその前に聞いていい?そのでっかいお鍋、なに?」
「真空保温調理鍋だよ櫻子さん」
例によって、教室内は「花見客」で満たされている。しかし、いつもならこちらを見て見ぬ振りする彼らも、流石に注目せざるを得ないようだ。それほどに、僕が持ち込んだこの一品はこの教室を支配している。
「ほら櫻子さんは今日はお客様なんだからちゃんと座って。テーブルクロスも用意したから。あとスプーンと水」
「ちょっとまってまって右近君、何用意したの?いや実は薄々わかりつつあるんだけど、マジで?」
「それなら話が早い。はい、じゃあまずはこれ」
そう言って僕が櫻子さんの机に置いたのは、専用の皿に盛り付けられた白米。
「えっ?ご飯をごちそうするって、そういうギャグ?や、やだなー右近君、いくら櫻子さんがごはん派でも白米オンリーは」
「もちろんそんなわけがないよ櫻子さん。そう、今日僕がごちそうするのは――」
保温鍋の蓋を開封する。
刮目せよ。これなるは汝らを告発する裁きの煮え湯。
この香りが、全ての隠蔽された罪を暴き立てる。
「カレーだよ。それも三日三晩煮込み、厳選された乾煎りスパイスで仕上げた特製スパイスカレーだ」
「ふわーーーーーーっ!!」
密閉された教室に、芳しいスパイスの香りが嵐の如く吹き荒れる。
本日に限り、ここは春の花見席ではなくネパール人経営のカレー屋に変貌する。
いいや、この数日僕があちこち駆けずり回って用意したこのカレーのクオリティは本場にだって負けやしない。そう、今この瞬間だけここはインドだ。
「まってまってまって右近君、ワタシちょっと事情があってあんまり香りが強いものは」
「知ってるよ櫻子さん。でも食べられない訳じゃない。むしろ我慢してきたんでしょ?だからこそ、このカレーには抗えないよ。本当はナンとサフランライスも用意したかったんだけど、好みが分かれるかと思ってね。今日のところは白米だよ。ほら食べて食べて」
白米の横にお玉でカレーをよそっていく。平均的な日本人好みに合わせてルウは汁気を多めに調整してある。
「あ、ああ、あああ」
「そう、まずは一口。一口だけでいいから櫻子さん」
ぱくっ。
次の瞬間
「ぴゃーーーーーーーーーっ!!」
櫻子さんの顔が瞬時に上気し、全身から凄まじい勢いでカレーの香りが噴出した。
予想通りだ。
「おいしい!これ物凄い美味しいよ右近君!一口だけでカレーの風味が全身を駆け巡るよ!」
「良かった、頑張って作った甲斐があったよ。ほらいっぱいあるからどんどん食べて、おかわりもいくらでもしていいからね。ほらターバンも用意したんだ、巻くと雰囲気出るよ」
「あわわわわわそれはやり過ぎだよ右近君、ワタシ、このままだとインド人になっちゃうよー!」
言葉とは裏腹に櫻子さんのカレーをかき込む手は止まらない。
一口食べるごとに櫻子さんから出るカレーの匂いは濃く、芳醇さを増してゆく。
事態を静観していた教室内は阿鼻叫喚のるつぼと化した。
「うわーーすっげーー!何だこのカレーの匂い、メチャクチャ腹減ってきたんだけど!?」
「イヤーッ!カップヌードルのシーフードが完全にカレー味になってる!久しぶりに食べたかったからわざわざ買ってきたのにー!あっでも凄い美味しい」
「もおおおおお、なんで私は今日に限ってフルーツサンドなのよ―!」
「クッソ駄目だもう耐えらんねえ、コンビニまでカレー弁当買いに行くぞ!」
「無駄だ、諦めろ!俺は今日カレーパンだったけどもうなんの味もしねえ!完全にカレーとして負けてやがる!」
「はいはい、皆落ち着いて。こんな事もあろうかと、カレーとごはんはちゃんと人数分用意してあるから。そこのお皿に各自でごはん盛って並んでね」
ぱんぱんと手を叩いて教室中の皆をなだめる。
ここで僕と櫻子さんだけカレーを食べてたら流石にヘイトが集中しかねない。
全て、僕の計画通りだ。
皆、山での虫取りから帰ってきた小学生みたいに目をキラキラ輝かせながらカレー皿を持って列を作る。
一人一人、公平にカレーを配膳しながら僕は横目で櫻子さんの席を見る。
案の定、櫻子さんはいつの間にかいなくなっていて、最初からそこには誰もいなかったように、ぽっかりと席が空いていた。カレーはしっかり食べつくされていたが。
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