春の香りの櫻子さん
不死身バンシィ
第1話 桜花
転校初日、初めて入った2年D組の教室には桜の樹が立っていた。
新生活を迎えるに当たって色々覚悟はしていたが、これは想定していなかった。
「えー、本日は転校生を紹介する」
いや落ち着け、有り得ない。何かの錯覚だ。教室に桜が生えている筈がないだろ。
今踏みしめている床はちゃんと木目の板張りだ。断じて栄養豊かな腐葉土じゃない。下に死体が埋まっていたりもしない。僕の感覚はいつも通りの正常だ。
今は6月末。夏の盛りを目の前にし、日々厳しさを増してゆく強い日差しが容赦なく室内を満たしている。にも関わらず、僕はどうしてもそこに春の暖かな空気を齎す桜の樹があるようにしか思えなかった。
「こんな時期に転校生かと皆思うだろうが、彼は少々事情が込み入っていてな。遠方から単身こちらに越してきて、学校近くのアパートで一人暮らしをしている。土地勘もまるで無いので、出来るだけ世話を焼いてやってほしい。それでは自己紹介を」
自己紹介。
ああ、そうだ。桜は一旦横に置いておいて、まずは自分がこの場に溶け込むための努力をしなければ。当分の間は学生としてこの教室で過ごさねばならないのだから。
「ええと、
パチパチとまばらな拍手が飛ぶ。どうやら程良く好印象を持ってもらえたようだ。
昔は加減が分からなくて、大喝采を浴びる事もあれば痛い程の沈黙で教室を満たしてしまうこともあった。何事もやりすぎは良くない。
「それじゃあ席は一番後ろの、窓際から二番目で頼む。黒板とかは大丈夫か?」
先生が指し示した席は、ちょうど桜の樹の隣にある席だった。
「はい、問題ありません」
そう、自分の席の横に桜の樹が生えていても授業に差し支えはないはずだ。
舞い散る桜の花びらが、黒板を書き写す時に多少邪魔になるかもしれないが。
机の横に鞄を引っ掛け席につく。
昨今の少子化故か、教室の最後列には自分と桜の樹以外は誰も座っていなかった。
桜の樹は、転校生への興味で
なんとも素っ気ないが、これからしばらくは隣人になるのだ。挨拶をしておくに越したことはあるまい。
「よろしく」
そう声を掛けると、桜の樹はふわりとこちらを振り向いた。
「こちらこそ」
桜の樹がそう告げた途端、僕の認識が瞬間に上書きされる。
柔らかく、それでいてどこか物憂げだった桜の香りは風に舞うように立ち消えて。
その代わりに、そこには――
「あたし、
どこにでもいるような。そして、努めてそうあろうとしているような。
ただ平穏な日々を懸命に生きる、一人の女の子が座っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます