不変の輝き、流れゆく彩
ウタテ ツムリ
不変の輝き満ちる世界
プロローグ
始まりは混沌だった。
あるものがなく、ないものがある。すべての矛盾を詰め込んだ混沌だけがそこにあった。
初めに生まれたものが何であったのか、そもそも本当に何もなかったのか。それすらわからない混沌の中から少しずつ、秩序に満ちた世界が生まれていった。
あるものは正義に、あるものは悪に。
あるものは命に、あるものは概念に。
多くの混沌は形を得、秩序の元に己を定義したために矛盾を内包した無限の何かではなくなってしまった。
そうして、混沌は消え失せた。残ったのは手をくわえられ終点を約束された可能性と、すべての事柄を支配し一定の方向へ定める秩序だけだった。
苔に覆われ、かつての面影など消え失せた大神殿の中心に、七つの大きな柱が立っている。
他の建造物は全て崩れて面影もないのに対し、この柱だけは時が止まったように美しくかつてのまま立っている。そこに刻まれた名を、多くの人々はすでに忘れ去りないものとして過ごしている。けれど、そこにある七つの名を冠していたものは今も形を変え、名を変え、この世に存在し続けているのだ。
そして、七つの柱に囲まれるようにして中央にそびえたつ大樹の根元にそれはいた。
大樹に打ち付けられた金具から伸びた鎖にからめとられ、力なく目を閉じているそれは、けれど命あるもの特有の気配をまとっていた。
人々の記憶から完全に忘れ去られ、朽ちた神殿の中にありながらそれを中心にして命が広がっているような気配。実際、それの繋がれた大樹を中心としてこの神殿は緑に覆われていた。
崩れた柱には苔が。大地には草花が。みずみずしく生えている。
けれど、七つの柱だけは別だった。それらの周囲では草の一本、苔のひとかけらも見当たらない。
そこだけ命という概念を根こそぎ刈り取ったかのような静寂が落ちている。
柱が醸し出している重厚な圧とも呼ぶべき何かに命が怯えて、必然的にそこに生きることを拒んでいるのだ。運悪くそこで命を芽生えさせても圧に耐え切れずに死に絶えてしまう。
異様な遺跡、忘れられた神殿。
かつてここにはいったい何が祀られていたというのか。
七つの柱が冠する名は一体誰のもので、何を示しているのか。それはもはやだれにもわからない。
それでも理解できることはただ一つ。この異常ともいうべき遺跡の中でつながれ、放置されてなお生き続けているそれは、この世の常識からかけ離れた存在であるということ。
七つの柱に守られているようにも、封じられているようにも見えるそれがいつか目を覚ます日が来たのなら、この神殿のことも明らかになるのかもしれない。
そして、その時は確実に近づいているのだった。
天文台の学者たちは天文台の長の命を受けて、〈始まりの神殿〉と名付けた謎の遺跡群の調査を行っていた。
おそらく神殿が建設された当時のまま残っているのだろう七つの柱と、それらの描く円の中心にある大樹。その大樹の根元につながれている何か。
謎の遺跡に眠るよくわからない何かを調べられる、という栄誉に学者たちは震えていた。
その何かは姿形こそ学者たちと変わらないが、明らかに学者たちとは違っていた。有機物と無機物の交じり合った、生物と呼んでいいのかすらわからない何か。
封じられているせいかあくまで肉体を持ったヒトのように見えるが、本質はずっと別の場所にあるのだろうことは想像に難くない。到底学者たちの持つ知識や常識では測れない存在なのは誰が言わずとも理解できるだろう。
「これは本当にここから動かしていいのだろうか」
古代の遺跡群を主に研究しているシータがビクビクとしながら眠っているそれを見つめる。その肩に腕を回すようにして星読みのクナーレが笑った。
「いまさら何を言ってるんだシータ。俺の星読みを信じろって」
「……つい最近見つかった謎の遺跡から訳の分からぬ眠り姫を連れ出せ、などという星読みを信じるくらいなら紫の占いを信じるな、俺は」
横から冷たい反応を返してきたラナイをクナーレが睨みつける。星読みをしたのは彼であり真っ向からそれを否定されるのは実に気分がよくない。
実力者の自負がある分、専門に研究している金属のように冷たい反応をするラナイの言動には傷つくものがあった。
そのラナイは矢のような視線を無視して夢の塊につながっている鎖をしげしげと眺めていた。
「しかし、経年劣化してもなおここまでの頑丈さを保つ鎖か。俺はこっちの方を研究してみたいな」
丁寧な仕草で鎖の表面をなで、材質がなんであるかを考え始めたラナイを植物学者のタイが止める。
「興味をそそられるのはわかるが、今はこっちに集中しろ。とにかくこの鎖をどうにかしてさっさとここから出るぞ。俺は早くこの遺跡の植物相を調べたいんだ」
きつい口調にせっつかれたようにシータが大樹に打ち付けられた金具から鎖を取り外そうと手を伸ばす。あっけなく金具に引っ掛けられていた鎖が取れたことに安堵したのもつかの間、ラナイが大きく悲鳴を上げた。
みると、鎖が細かな光の粒子となって空へ消えていくではないか。ラナイの懇願もむなしく極上の研究対象は呆気なく消え去った。がっくりと肩を落とすラナイを励ますようにタイが背中をさすっている。
当然、大樹の根元で眠るそれにつながっていた鎖も枷も崩れ去り、眠っている人形は重力に従って草の中に倒れこんだ。受け身もとらなかったため、かなりの衝撃があったはずだが起きる気配がない。死んでいるのではないかと学者たちは思いかけるが、生に満ちた気配にそれはないと思いなおす。
大樹の根元で倒れ伏しているそれを抱え上げて、学者たちはひとまず遺跡を後にした。
残された大樹と七つの柱は静かな旅立ちをただじっと見守る。
学者たちが去った後、大樹の根元には柱と同じ古代の文字で単語が刻まれていた。まるでここが、この場所こそがお前のいるべきたった一つの場所なのだと記すかのように。
冷たい風が吹いた。あとに残ったのは命なき静寂のみ。
どんなことにだって秩序は必要だ。ルールがなきゃ俺たちはまともに生きていけねぇ。
それは俺たち個人の生活でも、世界の運営でも変わらねぇ。誰がどうやって決めたのかすらわからねぇ、意識のない秩序の元に俺たちはこの世界で生きている。
だがな、行き過ぎた秩序はただの暴力だ。世界を縛り、俺たちを縛り、自由を根こそぎ奪う。あり得たかもしれない可能性すら殺しつくし、理不尽な未来を押し付けてくる。
俺たちの世界にはいつだって、秩序に支配された可能性しかなかった。
「何を考えているのか、だと? ハッ、そんなもの一つしかあるまいよ。私が望むのは
たった一人の狂人が憎悪と歓喜の歌を歌いながら文字通り世界へ宣戦布告をやってのけるまでは。
これは、世界が秩序によって支配されていた時代の物語。
数多の可能性が淘汰された箱庭の世界で起こった、一つの可能性の物語。
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