断罪しますか?しませんか?

あひる隊長

第1話

「…ディルナルド・アルステファン様のご入場です」


 煌びやかなドレスの色彩の渦の中、一瞬の静寂。

先ぶれの美しい声とともに、アルステファン王国第一王子、ディルナルドが入場してきた。


 漆黒の髪に深いブルーの瞳、ともすれば冷酷にも見える端正な顔立ち。真っ白な第一騎士団の礼服に包まれたその出立ちに近くにいた令嬢たちは熱い吐息を漏らす。

 ふと、その手の先に華奢な白い手が乗せられていることに気付く。

 繊細なレースをたっぷり使った淡いピンクのドレスを着た、妖精のような少女…


「…マルシス男爵令嬢…」


 となると、あの噂は本当だったのか…


 人々の頭をよぎる噂…マルシス男爵令嬢、エリシア・マルシス。高等部の1年生だったはずだ


 アルステファン学院主催のダンスパーティーは卒業予定の生徒達の卒業式のようなものでもある。


 一応『貴族も平民も隔たりなく通う』というコンセプトではあるが、さすがにこのダンスパーティーの参加はハードルが高い。

 それなりに身分の高い者か、それなりに裕福な者、また、将来が約束された優秀な者が強力なパトロンが付いた事を証明するように、それなりの衣装一式を用意出来る者だけが参加できるのだ。

 位の低い貴族や、優秀であると自信のある平民は、学院に通い、このパーティーに参加する事が目標だったりするのだ。


 そのパーティーにディルナルドがエリシアをエスコートして来た。


 ディルナルドには婚約者が居る。国の宰相の娘であるフィリオラ・バスカルだ。

 豪奢な金髪の巻毛を肩から払い上げ、入場する2人をじっと見つめる真っ赤なドレスの美少女…

 本来ならディルナルドの婚約者である彼女が立っているべき位置に、ただの男爵令嬢がいるのだ。

 フィリオラは忌々しげにエリシアを睨みつける。


 アルステファン学院にはかような噂が飛び交っていた。


 『フィリオラ様はダンスパーティー後には学院をご卒業されるのではないか?』


 言い繕ってはいるが本来そのようなことはあり得ない。

 フィリオラは高等部2年なのだ。


 アルステファン学院は平民も受け入れている事もあり、年齢で入学を決めていない。

 一定の学力があり、ある程度の礼儀作法ができれば入学試験を受ける事ができる。そして基本の教科を修学すれば卒業する事もできる。

 しかし、貴族である彼女は、結婚でもない限り卒業ということはあり得ないのだ。


 それなのにその噂…


 『フィリオラ様はこのパーティーでディルナルド様から婚約破棄を言い渡され、学院に居られなくなるのではないか?』と言う事だ。


 学園生でエリシアの噂を聞いたことが無い者はいないだろう。

 天真爛漫な愛らしい彼女は、物おじしなく誰とでも仲良くなれる。困っている同級生には自ら手を差し伸べて元々友達であったかのように親身に付き合う。

 男爵令嬢ではあるが、平民の母親から生まれたらしい彼女は、幼少の頃は下町で育ったらしい。

 男爵の本妻が亡くなり、母親共々男爵家に入ったのだが、貴族としての立ち振る舞いを身に付けるためだろう。学院に入学したのは高等部からである。


 入学してから誰もが彼女の虜になった。貴族には無い明るさ、優しさ、素直さ…

 貴族からは愛らしく見え、平民からは天使のように見えた…


 そんな彼女は婚約者のいる男性の目からもとても魅力的であったようだ。

 貴族は子供であっても打算的な所がある。婚約者同士での腹の探り合いなどもあったりする。


 毎年パーティーの時期には婚約破棄イベントが横行する。

 澄ました令嬢より優しく笑う平民の女の子の方が良いと思う貴族男子も多いのだ。

 勿論ある程度の身分までだが。


 エリシアはたかが男爵令嬢ではあるが、貴族である。高位貴族が貴族の婚約者を捨て、平民を選ぶ事はあり得ないことではあるが、貴族であるならば別だ。


 誰もがエリシアに夢中になった。


 しかし、本来の婚約者が黙っている訳はない。低位の貴族と違い、高位貴族の令嬢の嫁ぎ先は限られている。もともと親同士が家の格を合わせて結婚を決めるのだ。子沢山の高位貴族 (あまりないが…)なら下位貴族との縁談もあり得るが、いくら能力があろうとも平民との結婚はありえない。

 そうなると、高位貴族女子にとってエリシアは恐怖の対象であった。


 フィリオラはある日、エリシアがディルナルドと親しくしているようだと聞いた。

 少ない友達から、取り巻きから、心配顔の同級生から、メイドから。


 フィリオラはエリシアに諭すように言った。


 『私がディルナルド様の婚約者である』と。


 第一王子には婚約者が居るのだぞ、と。


 それはこの国の宰相の娘である私なのだぞ、と。


 エリシアは

 「はい。よろしくお願いします」

 と、妖精のような笑みを浮かべて挨拶をしてきた。


 フィリオラはその日からエリシアに嫌がらせをしてきた。

 未来の后妃になるはずのフィリオラが冷たく接する男爵令嬢。取り巻きは勿論、明日は我が身の令嬢達もエリシアに嫌がらせをした。

 フィリオラの嫌がらせは可愛いものだったが、取り巻きの嫌がらせの中には嫌がらせの域を超えていたものもあったようだ。

 そのようなものはさすがにその時に然るべき処理や処罰を受けたが、多くの他愛もないものはそのままだった。


 徐々にディルナルドとフィリオラが学院で一緒にいる姿を見かけなくなっていった。

 その代わりにディルナルドの傍には隠す事なく幸せそうに王子を見上げる笑顔のエリシアを見るようになった。

 王子の周りにいる王子の未来の側近となるべき優秀な子息達とともに。


 静かな音楽が流れる中、ディルナルドはエリシアを睨むフィリオラを冷たく見ていた。

 フィリオラも勿論それには気付いている。陶磁器のような白い頬を朱を引いたように赤らめている。

 それは羞恥なのか…?


 「パーティーの開始の前に皆の者に報告をしたい」

 ディルナルドがよく通る声で言った。


 いよいよだ!


 会場のざわめきが一瞬でやみ、皆がディルナルドを見つめただろうか瞬間!


 …グラリ!


  ◆◆◆


 『…でね!舞踏会で悪役令嬢は王子様に断罪されるの!』

 『断罪?』

 『今までヒロインを虐めてた事をばらされて、袋叩きにあうのよ』


 袋叩き…?コワイ…((((;゜Д゜)))))))


 『その時の王子様がめっちゃカッコよくて、もうスカーってするんだ~!』


 妹がうっとりした顔で言う。重度の2次元の世界の住人だ。

 彼女の部屋にはまつ毛ばさばさの宝塚ばりのイケメンポスターが貼りまくられてる。(勿論イラスト)


 『だからヒロインはいかに攻略対象の好感度を上げられるかなのよ。1番攻略したい攻略対象の好感度を上げるのはもちろん、周りの攻略対象もね、こう、上手くまんべんなくね』

 『え~?なにそれ、めんどくさい』

 『1番攻略したい攻略対象より好感度を上げちゃったらより好感度の高い方とエンドするし~、満遍なく上げすぎるとみんなでお別れって』

 『なんじゃそれ⁉︎』

 『僕たちは君を悩ませるわけにはいかないってやつじゃない?』


 なにそのクソゲー((((;゜Д゜)))))))

 まぁ、実際にそんな子いたらドン引きだわな。


 楽しげに乙女ゲーの説明をする妹を若干の呆れ顔で見る…


  ◆◆◆


 アレ?これ…過去?

 なにこの状況?


 人々に見つめられる自分。心配するようは視線もあれば何かを期待するような目もある。

 『イモウト』が言ってた『ダンザイ』


 なんかそんな状況っぽくない??


 じっとりとした汗が出る。

 何故このタイミング?

 いやいや、なんなのコレ?


 無言で見つめていた人々がざわざわしだす。


 見つめ合う婚約者…


 「マリオス、エリシアのエスコートお願い~」


 ん?なんかちょっと前世の俺入っちゃった?

 フィルの目が点になってるけど…

 そんな所もイイ(♢ω♢)キラン


 「フィル、ごめんね。君を蔑ろにして。今日の君は特別かわいいよ」


 周りがなんだかざわついている気がする。

 普段笑わない俺ができる限りのとびっきりの笑顔をむけているからかな?

 婚約破棄間近とか言われてたフィルに。


 フィルは大きな瞳に溢れそうな涙を浮かべて花のように笑った。


 …カワイイ。好き!


 後ろではメガテンの男爵令嬢エリシアとそのエリシアを任されたディルナルドの友人の高位貴族のマリオス。

 マリオス、お前婚約者がいるだろう?

 頬を染めるな。後で後悔するぞ?


 振りながらチラリと思うディルナルド。


 「待たせたがアルステファン学院、ダンスパーティーをはじめよう!今期卒業の者もいる。みな楽しんでくれ」


 突然の開催の言葉であったがみな喝采し、ダンスパーティーを始めてくれた。進行役は『ハテ?あんな所で王子のお言葉なんぞあったかしらん?』と思ったかもしれないが楽団が音楽を鳴らし始めたので笑顔になった。


 戸惑うフィルに手を差し出す。フィルがおずおずとそれに手を重ねると、俺はすべるようにダンスの中心に誘い出した。


 「わ、わたくし、エリシア様に随分嫌がらせをしましたのよ?」

 「うん」

 「他の方がエリシア様に嫌がらせしていても知らないふりもしましたわ」

 「うん」


 いずれ皇后になるであろうその立場では止めるべきだったかもしれないが、所詮同じ学生。目の前で行われていた事ならいざ知らず、陰でされていた事にまでフィルに責任はないだろう。

 フィルに託けて自分の恨みや僻みを晴らした令嬢もいるだろうし。


 …何より、婚約者がいながら彼女を不安にさせていたのは俺なんだ。


 「僕こそごめんね。君を不安にさせて。謝って許してもらえるかわからないけど、僕はずっと君の事が好きだよ」


 フィルは真っ赤になった。今まで俺が彼女にこんな言葉を言った事は無かった。

 あまりの衝撃に口調の砕け具合にも気づかないみたいだった。ふぅ…


 そして俺はとろけるような微笑みをフィルに向ける。思わずふらりとするフィル(チートイケメンバンザイ)をしっかりホールドするとするするとダンスの中心から離れて行く。


 『ディルナルド君は人生経験がまだまだだなぁ…』


 俺は他人事のように思った。


 『すべての男子に平等にって…フラグかよ。そして女子の評判は最悪…あー、フィル、ディルナルドの事、許してくれるかなぁ…』


 俺はディルナルドの顔で苦笑する。


 こんなに可愛い婚約者がいるのに、バカなやつだよね。

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