ゆかりちゃんが世界を三秒で変えられれば良かったけどね
いりこんぶ
第1話
「わたしパフェならいくらでも食べれるよー」
あっけらかんと言い放った西宮の顔があまりにも快活だったから、わたしは少しむっとする。
夏の午後五時半。やっと学校が終わって、まだまだ明るいのに家に帰らなきゃいけなくて、寄り道なんかいくらでもしたいし多分出来るけどそんなにお金もないし、帰った途端お母さんに「なにしてたの?」と訊かれるのを想像するだけでダルい。そういう帰り道。
帰りたくはないけど、昼間さんざん日焼け止めと制汗剤を塗りたくった肌はうっすら汗ばんでて一刻も早くシャワーを浴びたい。髪の毛もくくっているのにうなじはやけにぬるんでる感じがして夕方な筈なのに空は青くて雲はどっしり白くて世界にはたっぷり暑さがまとわりついていてとにかくわたしはなにもかもに腹を立てていた。
じゃ、証明してよ。
言い張るわたしは何時何分何秒地球が何回回った時にか尋ねる男子小学生みたいだったけど、西宮は少しだけ変な間を開けたあと「いいよぉ」と間延びした声とそれに反した機敏な足取りでこっちを振り向いた。
西宮はローファーを履かない。それこそ男子みたいなニューバランスの白いスニーカーと白のソックスは西宮の筋肉質のくせに細いふくらはぎにぴったり合っていた。
でもわたしは、運動部でもないくせにスニーカー丈のソックスを履く女は信用しない。それってなんか、誠実じゃない感じがする。
「沿いのファミレスでいーい? マンゴーフェアやってたかもぉ。やってたらいいなー」
「わたしクーポンあるしポテト」
「ウケる、芋ぉー」
ふっと良いタイミングで風が西宮の髪とスカートを斜めに跳ね上げた。西宮の鎖骨くらいまであるのに年中下ろしたまんまの髪はところどころ――特に毛先はひどく――痛んでいて、薄茶色で、それが透けて見えるのがすごく夏っぽくて、わたしをますますイライラさせた。
アニメちっくで清楚っぽいのにここらへんでは馬鹿の象徴である薄灰色のジャンパースカートと白の丸襟ブラウス。
白の丸襟ブラウスなんか制服じゃなきゃ絶対に袖を通したくない化石みたいなものだけど、不思議と西宮には似合っていた。
わたしは自分が西宮に嫉妬してるみたいに思えて、まだ馴染みきらない左耳のファーストピアスを弄る。早くこんないかにも初心者用ってモサいデザインのじゃなくて、可愛いのに付け替えたい。せっかくだから強そうなくらい可愛いのがいい。すぐパチものってわかるラインストーンでバチバチのブランドロゴが揺れてるやつとか、痛そうなトゲっぽいのとか。
わたしは一刻も早く今のわたしじゃないわたしになりたかった。
「風強しだね」
西宮はわたしの気持ちなんか知らないから、ぐにゃぐにゃと身体を揺らしながら笑った。全然今風じゃない細い目がくしゃくしゃになってやたら大きな口がきれいな逆三角形になると小さな前歯が覗く。
西宮はぜんぶ西宮で、逆光が眩しくて、思わず目を細めると睨みつけるみたいになる。
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